ショートショート


 事件 

「動かないで!」
 駅のホームで、制服を着た少女が突然叫んだ。
 その一声に、誰もが動きを止める。
 それは朝のラッシュ時。
 大勢の通学、通勤者がホームで列を為している。その一番前に少女は立っていた。
「みんな、これ以上私に近づかないで!」
 少女は線路の先、もうすぐ電車が見えてくるであろう方向を、目を細めながら見る。
「おい、君。いいかい、落ち着いて……」
 初老の男性が慌てて声をかける。
「お願い、誰もそこから動かないで」
 少女は視線を地面に落とす。
 もうすぐ列車がホームに入ってくる。
 そうすればもうおしまい。おしまいだか……。
 少女は白線ギリギリのところで静かにしゃがみ込む。
「ね、ねぇ、あなた。私達にできることはない?」
 淡いオレンジ色のスーツを着た若い女性が、親切そうな笑顔で声をかける。
「動かないで! それだけでいいから」
 答えながら、少女の視線は地面を泳いでいる。
「どうしてそんなことを言うんだい? ただ『動かないで』と言われても、こっちは困るだけだ。一体どうしたんだ? 何をそんなに焦っているんだ?」
 最初に声をかけてきた初老の男性が一歩足を踏み出した。
「ダメ! 私に近づかないでって言っているでしょう!」
 キッと少女は男性を睨み付ける。そしてすぐに再び足下に視線を戻す。
「落としたコンタクト探しているのよ!」
 間もなく、列車がゆっくりとホームに入ってきた。

 

      
●ちょっと一言
管理人もコンタクトを使用しています。
洗面所で流したことが2回あります。
レンズは値段も高いから、なくすとかなりショック
です(^^;)