ショートショート


 言いたい言葉 

「何か言いたそうだね。いいよ、僕は気にしないから言ってごらん」
 彼は思い詰めた顔で私を見つめた。
「でも……」
 私はどうしてもそれを言葉にすることができない。
「隠し事はなしにしようって、約束したじゃないか?」
「それはわかっているけど……」
 彼の真剣なまなざしから目をそらす。
「最近、君の様子が変だったから気にはなっていたんだ」
「あなたこそ、何かつらいことがあったんじゃない? ストレスがたまるようなこととか……」
「僕が悪いって言うのかい? 君がそんなふうに僕のことを思っていたなんて知らなかったよ」
「あなたが悪いなんて言ってないわ。ただ、私はあなたのことが心配で……」
「だったら君の言いたいことを聞かせてくれないか? 君は僕に何を言いたいんだ?」
「……」
「今日も何も言ってくれないんだね」
「もう少し待って。ちゃんと言うから」
「わかったよ。でも、僕にとってつらくなるようなことなら早く言ってくれ」
「わかったわ……」
「じゃあ」
 彼は残っていたコーヒーを一気に飲み干し、席を立った。
 私は彼の後ろ姿を見て、目を伏せた。
 やっぱり言えない。早く言わなくちゃいけないと思っているけど、そんなこと、
私の口からは言えない。
 あなたの後頭部に10円ハゲがあるなんて……。

 

      
●ちょっと一言
『あなたのために』で味をしめ(笑)、続けて某雑誌に応募したものです。これはもう一歩の作品止まりでした。