〜 しあわせの日 〜

 この時期になると嫌な夢を見る。
 たった1人で過ごした誕生日のことが何故か夢に出てくる。
 まわりの友達は誕生日に買ってもらったゲームやおもちゃを自慢しているのに、ボクは何ももらえなかった。
 おっきなケーキに年の数だけろうそくを立てて、ふぅって消す友達がうらやましかった。
 誕生日なんて来なければいいのにと思っていた。

◇ ◇ ◇

「何してんの?」
「えっ?」
 声をかけられて顔をあげると、見知らぬ少女が立っていた。
 長い黒髪を左右に別けて縛り、ちょっと気の強そうな瞳を向けている少女。
 雰囲気がちょっと吹雪ちゃんに似ているかな、と大和は思った。
 しかし、吹雪よりも少し年上の感じがする。
「こんなところでうずくまって何してんのよ?」
「え、えっと……」
 再び問われるが、大和は答えに詰まった。
 自分がどこにいるのかわからなかった。
 ふわふわとした雲のような床、まわりは何もなくて、見上げればうっすらとした青色が広がっていた。
 見覚えのない場所で大和は考え込む。
 確か、まだ学校にいたはずだ。教室で吹雪ちゃんと千尋クンと一緒にいて……。
「まったく。身体は大きくなったけど、いつまで経っても頭はぼんやりしてるんだから。そんなことじゃ大人になれないわよ」
 少女はくすくすと笑いながら、大和の額をピンッと指で弾いた。
「あの……、お姉さん、誰?」
 弾かれた額をさすりながら、大和は恐る恐る訊いてみた。
「私? う〜ん、今はちょっと名前は言えないんだな。だからお姉ちゃんって呼んで」
「え、でも……」
「細かいこと気にしないの。で、どうしてそんな暗い顔をしているか、お姉ちゃんに言ってごらんなさい?」
 人懐っこい笑顔。どこか見覚えのある感じがして、安心できそうな心地になる。
 大和は心の底にしまってあった思いを話し出した。
「ボク、誕生日が嫌いなんだ」
「どうして?」
「誕生日っていっつも1人で過ごしてたから。お父さんとお母さんとお姉ちゃんがいてくれた時はすっごく楽しかったけど、……いなくなってからはずっとひとりぼっちだったの」
「ふうん。でも今は違うんだ」
「えっ?」
「だって『1人で過ごしてた』って過去形で言ったから。今は誰かお祝いしてくれる人いるんでしょ?」
「いる……のかなぁ」
 大和は曖昧に答える。
 去年は吹雪ちゃんや千尋クン、健吾クンやクラスのみんなに祝ってもらえたけれど、今年もそうとは限らない。
「じゃあ、キミは誕生日をお祝いしたい人いないの?」
「ボクがお祝いしたい人? そうだなぁ、吹雪ちゃんとか、千尋クンとか、健吾クンとか。燕センセもあげはちゃんもかな。ううん、クラスのみんなのお誕生日にはおめでとうって言いたいな」
 みんな、みんな大好きだから、みんなに誕生日おめでとうって言いたい。
「キミがそういう気持ちでいるなら、その吹雪ちゃんや千尋クン、健吾クン、他のみんなもキミにおめでとうって言いたいって思ってるんじゃないかな」
「そう……思う?」
 大和が恐る恐るそう訊くと、少女はにっこりと笑ってうなずいた。
「キミがね、本当にその人達の事が好きでしあわせになって欲しいって思っていたら、きっとそれはみんなにも届いてる。そして、みんなも同じようにキミの事が好きでしあわせになって欲しいって思っているよ、きっと」
「みんながボクにしあわせになって欲しいって、思ってる?」
「そう」
「でも、ボク……」
 何故か大和の表情が暗くなる。
「何よ、どうしてそんな顔するの?」
「ボク、しあわせになっていいのかな?」
「えっ?」
「だって、お父さんもお母さんも、お姉ちゃんもいなくなって、ボク1人だけしあわせにはなれないよ」
「ばか大和」
 そう呼ばれた瞬間、どこか懐かしい感じがした。
「変なこと気にしてんじゃないわよ。大和には誰よりもしあわせになって欲しいって私達思ってるんだから」
「私達?」
「そうよ。大和に一番近くて、一番遠いところにいる私達」
「???」
 少女の言っている意味がよくわからなくて、大和は首を傾げる。
「わかんなくてもいいよ。ただ、大和のしあわせを願っている人はたくさんいるんだってこと覚えていて欲しい」
「ボクのしあわせ……」

『小林クン』

「えっ」
 突然大和は名前が呼ばれた気がした。まわりを見てみるが、お姉ちゃんと呼ぶその少女しかそこにはいない。
「呼んだ?」
「ううん、私じゃないよ」 
 少女は首を横に振る。
 
『小林クン』

「ほら、やっぱり聞こえる。誰かボクを呼んでるよ」
「それはね、大和を必要としている人が呼んでいるんだよ。いい? 大和にはね、お父さんやお母さんやお姉ちゃん以外にも誕生日を祝ってくれる人がいるんだよ。だから忘れちゃダメだよ。大和はもう1人じゃないんだから。もう淋しくないんだから」
「お姉ちゃん? お姉ちゃんって誰なの? そうだ、どうしてボクの名前知ってるの? ボク、名前教えてないよ?」
「そろそろ時間だから行かなくちゃ」
 そう言った途端、少女の表情に淋し気な影が浮かぶ。
「待って、どこ行くの?!」
 大和は引き止めようと服の端をつかむ。
 少女は一瞬驚いた顔をしたけれど、そっとその手を離す。かと思うと、大和のぷっくりとした両方のほっぺをぷにっとつまんだ。
「い、いひゃいよぉ」
「いい? 誕生日はしあわせの日なんだよ。自分もまわりのみんなもしあわせな気持ちになれる日。大和がこの世に生まれた大切な日だから、大和の誕生日はみんなだって嬉しいんだよ。この日があるからみんな大和と出会えたの。だから誕生日には大和にしあわせな気持ちでいて欲しい」
 目線を同じ高さに持っていき、少女は微笑みながら大和に言い聞かせた。
「元気でがんばりな。ばか大和」
 少女はそう言いながらもう一度にっこりと笑うと、大和の身体をトンッと後ろへ押した。
 その拍子に大和はバランスを崩して後ろに倒れ込む。ふわふわした白い雲のような床に倒れ込むかと思ったが、大和の身体はそのままスポッと雲の床を通り抜けて落下していった。
「う、わぁ〜〜〜」
 大和の叫ぶ声がその場に響き、やがて小さくなって消えていった。
 少女はそれを見届けて、ほぅと安心して息をつく。
 吹雪と同じくらいの背の高さだったその少女は、いつの間にか本来の小さな女のコの姿になっていた。

 大和、誕生日、おめでと。
 ホントは毎年一番最初に言いたかったんだよ。
 ごめんね、言えなくて。
 でも、もう大丈夫でしょ。
 たくさんの友達が大和にはいるんだから。
 私やお父さんやお母さんは、これからも遠くからずっと見ているからね。

 

◇ ◇ ◇

 

「……クン、……しクン」
「う〜ん」
 大和は大きな瞳をゆっくりと開けた。
 最初に瞳に飛び込んできたのは心配そうな表情の女のコ。
「……お姉……ちゃん?」
「小林クン、大丈夫?! 私よ、吹雪よ?」
「吹雪ちゃん? あ、ホント、吹雪ちゃんだ」
「大丈夫?」
「う……ん、ちょっとほっぺが痛いけど、大丈夫だよ。吹雪ちゃん、ボク、どうしたの?」
「眠ってたのよ。コイツのせいで……」
「やぁ、小林クン♪ お目覚めの気分はいかがかな?」 
 声のする方を見てみると、いつもの楽しそうな笑みを浮かべた千尋がいた。
「何が気分はいかがかな、よ! アンタが変な薬を嗅がせたせいで最悪よ!」
「俺が訊いたのは吹雪ちゃんの気分じゃないって」
「へ? 薬?」
「そうよ、コイツったらちょっと準備するその間を小林クンに待っててもらうのに、薬使って眠らせたのよ。もっと違う方法あるっていうのに」
「薬っていっても身体に害はないって。なんなら吹雪ちゃんも試してみる? こんなふうに膝枕してあげるよ♪」
「膝枕……?」
 よくまわりを見てみれば、大和の頭は千尋の膝の上にあった。
「ボ、ボク、千尋クンの膝枕で寝てたの?!」
 大和は勢い良く起き上がった。
「そうだよ。イイ夢見られたかな?」
「イイ夢……。そうなのかな。とっても心があったかくなるような夢だったような気がする」
「それは良かった」
 千尋はにっこりと微笑みかけた。
「おい、準備できたぞ」
 教室の出入り口に健吾が立っていた。3人を別の場所に呼びにきたようである。
「わかった、今行く」
「吹雪ちゃん、準備って?」
「決まっているじゃない、バースデーパーティーだよ」
「バースデーパーティー?」
「忘れてたの? 今日は小林クンの誕生日じゃない。みんなで準備したんだから。今年は調理室使っていいって燕センセが言うから、女子みんなでケーキとかクッキーとか作ったのよ」
「ボクのバースデーパーティー……」
「そうよ。今年もクラスみんなでお祝いしてあげるね」
「そ。罠プレゼントもたくさんあるよ♪」
「罠は余計よ!」
 吹雪は千尋をじろりとにらむ。しかしそれ以上は何も言わず、吹雪は笑顔を大和へと向けた。
「さ、小林クン、みんな待ってるから行こ」
 吹雪と同じように千尋もあたたかい笑みを大和に向ける。
 大和はそれを見て嬉しくなる。
 ちゃんとボクの誕生日を祝ってくれる人はいたんだ。
 そうだ、夢の中であのお姉ちゃんの言った通りだった。
 そういえば、あのお姉ちゃん、結局誰だったんだろう。
 懐かしい感じのするあのお姉ちゃん。
 口調もどこか聞いたことがある感じがする。
 ボクのこと、『ばか大和』なんて呼ぶ人はひとりしかいない。
 じゃぁ、もしかして、もしかして……?
 少しだけぼんやりと考え込んでいた大和に吹雪は声をかける。
「小林クン、早く!」
「うん!」
 大和は大きくうなずいた。
 吹雪と千尋にはさまれて、大和はみんなが待っている場所へと向かって行った。

 

お姉ちゃん、ボクはとってもしあわせです。

 

 Fin  


<ちょっとフリートーク>

2002年の罠企画参加作品その2です。
記念SSということで、ゲストをお呼びしました。
お姉ちゃんとしてはちょっと心配になったのでしょうか。
大和クンにはいつでもしあわせな気持ちでいて欲しいなぁと思いながら書きました。
さて、私が書く大和クン、どうしても子供っぽくなってしまいます。
とても高校生の男のコには思えません。
でも、いいんです。可愛い子供な大和クンで(^_^)
そして、ちーさんに膝枕♪ 私がしてもらいたいです〜(笑)
ところで、ちーさんと吹雪ちゃんにはさまれた大和クン、なんだか親子みたいだと思ってしまいました(笑)

 

 

  


 

●感想はこちらからでもOKです。ひとことどーぞ♪     

お名前(省略可)            

感想