dish 1 ミモザで乾杯
(『ミモザでサラダ』より)


「何を運んでいるの?」
 図書室を出たミモザは、ちょうどこちらに向かって歩いてきたメイドに声をかけた。
「お嬢様、これはカイルさんの食事でございます」
「えっ、カイル、帰ってるの?!」
 幅広の廊下にある年代物の柱時計が、ちょうど16時の鐘を鳴らした。
 今日の午後、3時間ほどカイルは屋敷から外出する予定になっていた。ミモザ専任のボディーガードであるカイルがミモザのそばを離れるのはあり得ないことだったが、ミモザの叔父からどうしてもカイルの力をを借りたいとの申し出があり、ミモザは渋々ながらも了承したのだった。
 その貸し出し時間の終了まではあと1時間はあった。
「予定より早く終わったと言っておられましたわ」
「ふうん」
 カイルが予定よりも早く帰宅したことに喜んだものの、一番に自分のところに来てもらえなかったことにミモザは不服に思った。
 ほんの少し頬を膨らませて、メイドの持っていたカイルの食事を軽くにらんだ。
「……これ、綺麗な色の飲み物ね」
 ふいにミモザはトレイの上に乗ったフルートグラスに顔を近づけた。
 淡いオレンジ色で、小さな泡がポツポツと浮かんでははじけている。
「最近カイルさんが特に気に入って飲まれているカクテルですわ」
「へぇ。ね、カイルは今どこに?」
「通信室でエヴァンズ様へご報告のメールをされているところです」
「これ、通信室へ持って行けば良いのね? 私が持って行ってあげる」
「いいえ、これは私が運びますので」
 主人であるミモザに運ばせるなど、立場上了承することはできなかったので、メイドは即座に断わる。
「いいの、いいの。どうせカイルに会いに行くついでだから」
 
 帰ってきているならどうして私のところに来てくれなかったのか問いつめなきゃ。
 ちゃんと答えるまでこの食事はお預けなんだから。
 
 そんなことを考えながらミモザはメイドの持っていたトレイに手を伸ばした。
 メイドは戸惑いを見せながらも、にっこりと微笑んだミモザを前にしてはそれ以上逆らうことはできず、トレイをミモザに渡した。
「じゃあ、行ってくるわ」
 春の花がほころんだかのような明るい笑顔を残して、ミモザは歩き出した。
 細いフルートグラスの中身が歩くたびに静かに揺らめく。
 そのゆらゆらと揺れる感じは、金色の花が風に揺れる様を思い起こされた。
 ふいにミモザは足を止めた。

 カイルが好きだというこの飲み物、一体どんな味がするのかしら?

 突然、グラスの中身が気になり始めた。
 けれど、これはカイルの食事なのだ。手をつけたりなどしてはいけない。
 けれど……。                               
 立ち止まったまま、しばらくグラスを眺めていた。しかし、ほんの少しだった好奇心はやがてミモザの心いっぱいに満たされてしまった。

 

「……様、……ザ様」
 まどろみの中、自分の名前を呼ぶ声が聴こえ、ミモザは目を覚ました。
「ミモザ様、こんなところで何をなさっているのですか?」
「……かい……る?」
 ミモザの瞳に映った人物の名をつぶやいてみる。
「お休みになられるのでしたら、ご自分のお部屋へお戻りください」
「はれ〜、ろうしてわらしは、ほんなところでねへるのかしら?」
「ミモザ様?」
 とろんとした瞳にろれつのはっきりとしない話し方。カイルは不審に思ってミモザの様子を確かめた。
 ミモザが眠っていた場所は、厨房から通信室へと続く廊下の途中にある小さな談話室だった。
 椅子に座ったままの姿勢で眠っていたミモザ。
 そのそばにある小さなテーブルには、チョコレートの入った小皿がトレイに乗ったまま置いてある。さきほどカイルがメイドに頼んだチョコレートボンボンだろう。
 ミモザの様子はどう見ても酔った状態である。チョコレートボンボンのせいかと考えたものの、それに手をつけた様子はなかった。
 だとすると。
 良く見ればミモザの手にフルートグラスがある。
 あるはずの中身は何もなかった。
「ミモザ様、これを飲まれたのですか?」
「あのね、これ、とぉってもおいしかったのぉ♪」
 グラスを高らかに上げ、にっこりと笑うミモザにカイルはため息をつく。
「これはまだミモザ様には早過ぎのようです」
「え〜、らって、かいるはのんでいるのれひょう? ひろりでのむのはるるい〜」
「ずるいではありません」
「らってね、とぉってもひれいないろだったのぉ。ほれに〜……」
「それに?」
「かいるのおひにいりだっていうはら、わらしものんでみたかったのぉ。わらしだってもう17さいなんだから、かいるとおなひものがのみたかったのぉ」
 そう言って、ミモザはカイルの腕の中にもたれていった。 
 そして子猫のようにカイルの腕に頬をすり寄せる。
 春の花の色をした髪が、カイルの胸元でふわりと揺れる。カイルはまばゆく光るそれに触れようとして手を伸ばしかけた。
 その時。
 ミモザはパッとカイルから離れたのだった。
「かいるはぁ、わらしよりもこれがすきなのぉ?!」
 突然ミモザはグラスをカイルの目の前に差し出して詰め寄った。
「かえってきたなら、ろぉしてぇ、わらしのところにいちばんにきてくれないのぉ? わらしよりもこれがらいじなのぉ?! 」
 カイルにとって大事なものはミモザ以外にあるはずがない。
「かいる、はっきりこひゃえなさい!」
 勢い良くミモザは立ち上がったが、おぼつかない足下のため、ふらりと身体横に傾げた。
「ミモザ様っ」
 再びミモザの身体がカイルの腕の中に倒れ込む。
「みもざがいちばんじゃないとイヤなのぉ〜」
 ギュッとミモザはカイルの腕にしがみついた。
 その様子に、カイルは一瞬呆気に取られたものの、すぐに口元がフッとゆるむ。
「ミモザ様、このカクテルが何であるかご存知ですか?」
「ひらない!」
「これは、シャンパンとオレンジジュースで作ったカクテルです。名前は……」
 カイルがそう言いかけた時、ふいに腕にかかる重みが増した。
「ミモザ様?」
 いつの間に寝入ったのか、カイルの腕の中にいたミモザは静かな寝息を立てていた。
 眠ってまでもカイルの服にしがみつくミモザの手は離れないままである。
 カイルは小さくため息をもらした後、ミモザを抱き上げた。
「かいるのいちばんはぁ、『みもざ』なのぉ……」
 ミモザの口から寝言がこぼれる。
 それを聞いたカイルはククっと小さく一度だけ笑う。
 好んで飲んでいるこのカクテルの名前を彼女知ったら何と思うだろうか。
「私にとっての一番は、いつだってあなたです」
 眠るミモザの耳もとでカイルはささやく。

 

 カクテルの名は、カイルが一番大切にしている、腕の中で眠る彼女の名と同じものだった。


                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

 シャンパンとオレンジジュース、同量をステアした(混ぜた)カクテルを『ミモザ』
と言います(美味しいですよ〜)。
 サラダもあればカクテルもあるということで、今回のSSのネタにしてみました。
 ミモザ嬢、カクテル1杯で酔ってしまいましたね〜。お酒には弱いようです(^^;)
 ところで、カイルが飲むアルコールはなんでもOKなのかしら? 
 

    

   

  


 

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