Scene53 count down
(『おまけの小林クン』より)


「このスカートはちょっと短過ぎかなぁ。でもこっちのサンダルと合うし。それとも涼しい感じの水色のワンピの方が良いかなぁ」
 ベッドの上に広げられた洋服の数々を眺めては身体に当て、吹雪は何度も鏡を覗き込んでいた。
「やっぱりこの間のバーゲンで白いスカート買っておけば良かった」
 服選びに満足できず、吹雪は鏡に向かって眉間にしわを寄せた。
 そんな時、吹雪の携帯電話の着信音が鳴り響く。
 吹雪は時計を見る。針は23時58分を示していた。
 こんな時間に誰だろうと考えつつ画面を見て表示された名前を確かめる。
 それから吹雪は携帯電話に出た。
「もしもし」
『あ、吹雪ちゃん、俺、千尋』
 聴き慣れた声が聴こえて来た。
「うん、どうしたの、こんな時間に?」
『いや、どうした、ってほどの事はないんだけど』
「こんな時間に電話かけてきて、用事ないの?」
『う〜ん、今、はね』
 千尋は、『今』を強調して言った。
「変な千尋。そうだ。明日の待合せ、遅れないでよ。時々アンタって時間にルーズになるんだから。このあいだの待合せの時だって……」
『吹雪ちゃん、黙って』
「えっ? 何で……」
『10、9、8……』
「千尋?」
 突然カウントダウンを始める千尋に、吹雪は戸惑う。しかし千尋は吹雪には応えずにカウントダウンを続ける。
『5、4、3……』
 千尋が何を考えているのかわからないまま、吹雪はカウントダウンの数を聞いていた。
 やがて、0になるところで、千尋は吹雪の名前を呼んだ。
「吹雪ちゃん」
「何よ?」
 千尋が一方的に話を止めて会話にならないことに、吹雪は少し機嫌を損ねていた。
『誕生日おめでと』
「えっ?!」
 思いがけない一言に、吹雪は驚く。
『ほら、今0時過ぎたじゃないか。今日は吹雪ちゃんの誕生日だろ』
 慌てて時計を見ると、確かに0時を過ぎており、8月15日に日付は変わっていた。
『今日の誕生日、一緒に過ごすことになっているからその時に言っても良かったんだけど、一番先に、おめでと、を言いたかったんだよね』
「千尋ったら、何よ、こんなことでわざわざこの時間に電話してくれたの?」
 言葉とはうらはらに、嬉しさと照れくささが胸に広がって行く。
『そ。こんなこと、でね』
 『こんなこと』と言われても千尋は気にしない。そんなふうに言われても、それは吹雪の照れ隠しなのだとわかっているから。
『じゃ、用も済んだし、また、あとでね』
「えっ、もう切っちゃうの?!」
 言いたい事だけ言って、電話と切ろうとした千尋に吹雪は慌ててそう言った。
『何、もっと俺と話していたいって? でも寝不足は肌に悪いんじゃない? 俺、やだよ。目の下にクマ作った吹雪ちゃんに会うのは』
 ついさっき、感動的な言葉を言ってくれたと思えば、こんなふうにすぐにはぐらかす。これが千尋の照れ隠しなのだとわからなくはないけれど、もう少し余韻というものがあっても良いのではないかと思う。
 吹雪は小さくため息をつく。
「そうね。私もそんな顔で外出歩きたくないし。じゃ、またあとで。いい? くれぐれも時間には遅れないでよ。遅れて来たら許さないからね」
『了解。あ、吹雪ちゃん』
「ん?」
『愛してるよ♪』
「!!!!!」
 吹雪は考えもしなかった千尋の言葉に驚いて、思わず携帯電話の電源を切ってしまった。
 心臓がかなりの早さでドキドキしている。
「何でそんなこと言う訳?! 恥ずかしげもなく、さらりと言うなんて信じられない!」
 吹雪は携帯に向かって怒鳴る。しかし、すでに切れている電話なので、相手には届かない。
 今頃、その相手は電話の向こうできっと、こんな吹雪の反応を想像して笑っているに違いない。それがわかるだけに悔しい気持ちになる。
「明日……っていうか今日のデートは、全部千尋におごらせてやる〜!」
 そう言いながらも、顔の紅潮は怒りではなく嬉しさのそれであり、胸の鼓動は高鳴り続けるのだった。


                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

 そういえば、8月って吹雪ちゃんの誕生日だったのでは?!と思い出したら
神様が降りて来ました。
 誕生日に間に合うようにUPできて良かったです。
 時間にすると10分程度のストーリー。
 誕生日、やっぱり好きな人が一番最初におめでとうを言ってくれたら嬉しいですね。

    

   

  


 

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