Scene52 春・桜色
(『おまけの小林クン』より)

 通り過ぎていく風が冷たく感じなくなり、陽射しがまぶしくなり始めた頃。
 その日は久々に雲ひとつない快晴で、気分も晴れ渡るように気持ちの良い感じだった。
 休日の午後、麗らかな陽射しが電車の中にも差し込んで来る。うっかりしていると居眠りでもしてしまいそうになるほどに穏やかな雰囲気が流れていた。
 吹雪はまぶたが閉じかけるのを我慢しようとして視線をあげる。その時、薄紅色の風景が目に映った。
「ねぇ、再来週『桜まつり』開催だって」
 電車の中吊り広告を見つめながらつぶやく。
「もう桜まつりの時期か」
 吹雪の隣に座っていた千尋も、吹雪が見つけた広告に目を向ける。
 そこには薄紅色の満開の桜の写真があり、祭りの詳細が書かれていた。
「『桜餅早食い競争』なんて去年あった?」
「今年からでしょ。吹雪ちゃん、まさか出る気?」
「まさか」
「だよね。吹雪ちゃんなら食べるより『つく』だよね」
 千尋は以前の紫陽花村での一件を思い出して笑い出す。
「賞品出るなら出ても良いけど。その時はアンタ手伝いなさいよ」
「それだけはイヤ。吹雪ちゃんは杵持つと人が変わるから」
「え〜、私についてこられるのってアンタしかいないのに……」
 あっさりと千尋に断られた吹雪は、頬をふくらませて不満をもらす。
「賞品によっては出てあげない事もないけど?」
「賞品って、たとえば?」
「そうだなぁ……」
 考え込んだ千尋は吹雪の顔を見てニヤリと笑う。
「あ、また何かとんでもないようなこと考えてる」
 見慣れたその千尋の表情から、吹雪は千尋が何かよからぬ事を考えているのがわかる。
「何考えてたのよ?」
「別に〜♪」
 千尋はひとり楽しげに笑いをもらす。
 その時、ふいに窓の向こうの景色が千尋の目に飛び込んで来た。流れていく景色を追うように千尋の視線が流れる。
「次で降りよう、吹雪ちゃん」
 突然、千尋は立ち上がった。
「え?! だって映画館への駅はまだ……」
「いいから、降りるよ!」
 やがてゆっくりとスピードをゆるめて電車は止まる。扉が開くと千尋はすぐに電車から降りた。
「ち、千尋!」
 慌てて吹雪はその後を追う。
 改札を抜け、千尋は辺りを見回し何かを確認しながら先を急ぐ。
「あの角度からするとこっちか」
「待ちなさいよ! どこ行くのよ?!」
「いいから、こっち!」
 おもしろいおもちゃでも見つけた子供のように、どこか楽しげな様子の千尋に、吹雪は止めるのをあきらめる。仕方なく先を進む千尋の後を遅れないようについて行った。
 降りたことのない駅。
 横断歩道を渡り、高架下を通る。
 見慣れない景色は何か不思議な感じがする。
 千尋はどんどんと先を進む。振り返りもせずに。
 そんな後ろ姿を見つめながら吹雪は後を追う。
 千尋がたまに子供のように何かに夢中になるのを吹雪は知っている。千尋が楽しんでいるならそれで良いといつもは思うのだが、今は何故か自分がいるのを忘れているのではないかと思え、思わず吹雪は声を大きくした。
「千尋!」   
 吹雪の呼びかけに応えるかのように足を止めて千尋はやっと振り向いた。
「吹雪ちゃん、ほら、見てみなよ」
「えっ? 何……」
 千尋の後ろ姿しか見ていなかった吹雪は、改めて周りの景色に視線を移して驚いた。
 吹雪の目の前に広がった光景は、薄紅色の世界だった。
「さ……くら?」
「電車の窓からうっすらとピンク色が見えたんだよね。たぶん桜だと思ってさ」
 2人がたどり着いたところは小さな自然公園の一角だった。
 遊歩道の片側にだけ桜の樹が数本並んでいる。
 まだ満開には一歩早いくらいだったが、それでもかなりの薄紅色の花びらを開かせている。
「綺麗」
 時折吹く風にひらりと花びらが舞い踊る。
 電車の広告にあった景色には程遠いけれど、まぎれもなく本当の春がそこにあった。
「桜見つけたんなら教えてくれても良かったのに!」
「う〜ん、もしかすると見間違いだったかもしれないし。ぬか喜びさせるわけにはいかないでしょ?」
「それはそうだけど……」
 一言話してくれていれば、余計な不安を抱く事はなかったのに。
 そう思いながら、横目で千尋に軽くにらむ。
「ほら、そんな顔しないで。桜、綺麗だよ」
 千尋が指差す方へ、再び視線を移す。
 目の前の幻想的な光景を見ていると、不思議と心が落ち着く気がした。
 少し強い風が通り過ぎていく。
 風にあおられた薄紅色の小さな花びらが舞う。
「桜吹雪、綺麗……」
 ふわりと風に乗る花びらを、吹雪は楽しげに見ていた。
 ふいに、吹雪は千尋の視線が自分に向けられていた事に気づく。
「何? 桜見ないの?」
「桜吹雪よりもこっちの『吹雪』の方が見てて楽しい」
「何よ、それ?」
 吹雪はなんだかからかわれたような気分になる。
 しかし。
「桜吹雪よりも、吹雪ちゃんの方が綺麗だってことだよ」
 突然の千尋のその言葉に、吹雪の頬は桜よりもほんのり濃く染まった。


 
 

 Fin  


<ちょっとフリートーク>

桜色に頬を染めた吹雪ちゃん、これも桜吹雪〜(笑)
さて、5月の北海道は花盛り♪
あちこちでピンク色の桜を見る事ができます。
やっと春が来たって感じです。
道外の方だともう桜なんてとうに散ったよ、なんてことになっているかもしれませんけれど。
さて、窓からピンク色と見つけて電車を降りたちーさん。
実は私も同じ事をしました。
今年(2004年)の3月に東京へ行った時、桜が咲いているとは聞いていたのですが
実際どこで咲いているのかはわかりませんでした。
桜、どこかに咲いていないかなぁと思っていたところ、ふと電車の窓からピンク色が
見えたのです。
すぐに飛び下りたりはしませんでしたが、用事を済ませた後、折り返しの電車で途中下車。
たぶんこっちだろうと、少しの不安とたくさんのわくわくした気持ちを抱えて知らない道を
歩きました。
そして見つけた春。
今年最初に見た桜。本当に綺麗でした。
しばらくひとりでほけ〜っと桜を眺めていました。
皆さんは、今年どんな桜を見たでしょうか?

 

 

  


 

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