Scene51 クリスマスイブまで待っていて 2
(『おまけの小林クン』より)


 

 12月24日・クリスマスイブ。

 17:00

 ローテーブルの上の飾り時計から、オルゴールの音色が鳴り始めた。
「♪ We wish a Merry Cristmas……」
 綺麗な音色につられ、吹雪は口ずさむ。
「……& Happy New Year。ってどうしてこの曲ってクリスマスとお正月が一緒なんだろう? ま、いいけど〜」
 学校にいる時からは想像つかないくらいに、機嫌良く吹雪はテーブルの上に持って来たものを次々と並べていった。
「こんな感じでいいかな。あとはアイツが帰って来たらスープあたためればいいし」
 テーブルいっぱいに並べられた料理の数々を眺めつつ、吹雪は満足げにうなずいた。
 並べられたのは2人分のお皿とグラスと吹雪手づくりの料理。
 朝から準備した料理は、手頃な器がなかったのか何故かお重に入れられていた。
「ちょっと作り過ぎたかなぁ」
 お重の数は3つ。その中には何人分なのかというくらいに、サンドイッチ、ミートローフ、おにぎり、お煮染め、卵焼きなどなど、クリスマス用なのか行楽用なのかわからないようなメニューが入り交じっている。そしてお重の他には卵の黄身の黄色が鮮やかなミモザサラダと、クリスマスケーキとして吹雪が焼いて飾り付けしたブッシュドノエルもあった。
「あ、これも冷やしておかないと」
 吹雪は鞄のどこからかシャンパンを取り出した。
「アルコール抜きだけど、ま、気分だけね」
 シャンパンを冷蔵庫へ入れると、吹雪は全体を見渡してうなずいた。
「準備はもう大丈夫だね。あとはアイツが帰って来るのを待つだけ。17:30頃には着くって言ってたから、あと少しかな」
 今日はクリスマスイブ。そして、カナダへ行っていた千尋が帰国する日でもある。
 イブには一緒に過ごそうと言った千尋。それを承諾し、待っていると言った吹雪。
『どうせ待つならうちで待ってて』
 千尋はそう言って自宅のカギを渡してくれた。
 一度は受け取るのをためらった。つきあっているとはいえ、この家の住人がいないのに入り込むのにはやはり抵抗があった。けれど、ここで千尋を待ちたい気持ちの方が大きかった。
 必ず帰って来る人を待つのは、それだけでどこかしあわせな気分になれる。
「早く帰ってこないかなぁ」
 ゆっくりと動く時計の秒針を眺めながら、吹雪はつぶやいた。

 

 19:00。

 吹雪が千尋の家に来て、3回目のオルゴールの音色が流れた。
 遅い。
 予定からすでに2時間半が経っていた。
 何度も携帯へコールしているのに、出る事もなければ折り返しもない。
 テレビやラジオをつけてみても、特に飛行機の事故などのニュースは流れていない。
 ならば、千尋自身に何かあったのだろうか。
 何もわからないまま時間だけが過ぎていき、不安だけが心につのった。
  

 

 22:00

 何も出来ずに吹雪は部屋の中で待っていた。立ったり座ったり、ベランダに出て千尋が歩いてこないかと探してみたり。
 いくら何でも遅すぎる。
 しかし、連絡を取ろうにもカナダの両親の連絡先も知らない。なす術もないまま、心配で爆発しそうだった。
 その時だった。
 ガチャッと玄関のドアの開く音が聞こえて来た。
 吹雪は慌てて玄関へ向う。
「千尋?!」
 まさしく玄関に入って来ていたのは待ちわびていた相手である千尋だった。
 予定より4時間以上の遅れである。
「こんなに遅れてどうしたの?! 何かあったの?!」
 千尋は吹雪の問いには答えなかった。黙ったまま中型のスーツケースを玄関の脇に置き、そしてリビングへと向おうとする。
「ちょっと、千尋?」
「……帰ってくれる?」
「えっ?」
 5日ぶりに聞く声は明らかに不機嫌そうで、吹雪は耳を疑った。
「今、何て言ったの?」
「悪いけど、今日は帰って」
 感情さえ読み取れない短い言葉。
 あれだけ心配させておいて、なんの説明もなく帰れと言われても、吹雪は納得できなかった。それどころか怒りがわいてくる。
「こんなに待たせておいて帰れってどういうことよ?! 何があって遅れたのか説明くらいしなさいよ!」
 吹雪は千尋の腕を捕まえて振り向かせる。そして、千尋の顔を見て、驚いた。
 蒼白という言葉の通り、千尋の顔には血の気がなく、疲れ切った顔をしていた。
「千尋? ホントにどうしたの?」
「……」
 何かを言いかけて口を開こうとしたその時、千尋の身体が傾いた。そして、そのまま吹雪を押し倒すように倒れ込んだ。
「ち、千尋?!」
 力なく崩れ落ちる千尋の身体を受けつつも、その体重を支え切れずに吹雪も倒れ込む。
「千尋! 千尋!」
 名前を何度も呼んでも、千尋は気を失っていて返事をしなかった。

 

 22:40

 額にひんやりと冷たいものを感じて、千尋は目を冷ました。ゆっくりと目を開け、瞳に映ったのは吹雪の顔だった。
「気がついた?」
「吹雪ちゃん? 俺……」
 ゆっくりと視線を動かしてみると、そこは見慣れた部屋、自分の部屋だった。いつの間にか自室のベッドに横になっていたのだった。
 記憶をたどろうとしても、頭がボーッとして考えがまとまらなかった。
「帰って来た途端に倒れるんだもん、びっくりした」
「倒れたんだ……」
 千尋はふぅとつらそうに息を吐く。
「水でも持ってこようか?」
「いや、大丈夫」
 千尋はそれだけ言うと再び瞳を閉じ、そしてしばらく無言でいた。
「ねぇ、何があったの?」
 横たわる千尋の顔を心配そうに覗き込みながら吹雪は聞いた。
「……どこから話そうかな。まずカナダで足留めくらってそこで2時間待ち。それから飛行機乗ったは良いけど、うるさいおばさんがいて全然眠れなくて。日本に着いたら着いたで、スーツケースが見つからなくて。電話しようにも、いきなり子供がぶつかって来てその拍子に携帯落として踏まれて壊れるし、公衆電話もなかなか見つからなくて、見つかっても誰かが使っていて……」
「なんか、すごいことになってたみたいね……」
 吹雪の予想外の説明に、少し驚く。
「そ、吹雪ちゃんの想像以上にすごかった」
「でも、だからってせっかく帰って来て、待ってた私にいきなり『帰れ』はないんじゃない?」
「……ごめん」
 千尋は目を伏せてつぶやいた。
「ホントに疲れてて、吹雪ちゃんに何もできないから。話す事さえもね。こんな状態だったら逆に気を使わせる事になるから悪いなぁと思って……」
「私がどれだけ心配したかわかってる?」
「心配、してくれたんだ?」
「当たり前じゃない! あ、ゴメン、大きな声出したりして。でも、ホントに本気で心配したんだから」
「吹雪ちゃん」
 千尋は何気なく、布団の端に置いていた吹雪の手を見た。そして、布団を握り締めるその手がわずかに震えているのに気がついた。
 その仕種だけで、吹雪の心のうちが読み取れる。
「心配かけて、ゴメン」
 千尋は布団から手だけを出して、そっと吹雪の手に重ねた。

 

 23:00

 吹雪がこの場所に来てから7回目のオルゴールが鳴った。
「もうこんな時間か。こんな夜中まで悪かったね。送るよ」
 千尋はベッドか身体を起こそうとした。それを吹雪は慌てて止める。
「そんなのいいから! 具合悪いんだから寝てなさい」
「だけどこんな時間に吹雪ちゃん1人で帰す訳にはいかない」
「あのね、こんな状態の千尋放って帰れると思う?」
「俺はただ寝てれば回復するって。ただの疲労なんだし」
「このまま帰ったって気になるのよ。だったらそばで見てた方がまだまし」
「だけど……」
「何よ、そんなに私を追い出したい訳?」
「追い出したいとは言ってない」
 千尋はベッドから出ようとし、吹雪はそれを止めようとする。何度か押し問答し、その勝負は強引に千尋を横倒しにすることで吹雪が勝った。
「意外に吹雪ちゃん力あるんだ」
「アンタが疲れて体力ないだけでしょ。いいから、寝てなさい。私の事は気にしなくていいから。それにね」
「それに?」
「……あげはのところに泊まるって言って来たから。だから、アンタがこれ以上具合悪くならないように、ついててあげられるから」
「吹雪ちゃん……」
「だから! 私がそばにいるから、だから千尋はゆっくり休んで」
 吹雪は少し頬を赤く染めながら微笑んだ。
「ありがと、吹雪ちゃん」
「この埋め合わせは明日きっちりしてもらうわよ?」
「埋め合わせか……。それはそれで恐いな」
「大量に作った料理もケーキもみんな残っているんだから。せっかく作ったサンドイッチだって乾いちゃったんだからね。アンタに全部責任取ってもらうわよ」
「乾いたサンドイッチは遠慮しておきたいな」
「それは明日になったら考えるわよ。さ、もう寝た方がいいよ。私は向こう少し片付けてくるね」 
 吹雪は千尋の額に冷たい水で絞ったタオルを乗せて、そして立ち上がった。
「ねぇ、吹雪ちゃん」
「何?」
「おやすみのKissは?」
 千尋は左目を薄く閉じてウインクし、にやりと笑う。
「は、はぁ?! な、何、突然バカな事言ってるのよ!」
「えー、してくれないの〜? 吹雪ちゃんのケチ」
「ケチって、アンタねぇ……」
「5日も逢えなかったのに、それくらいしてくれたって良いと思うけど? ねぇ、吹雪ちゃん、おやすみのKiss〜」
 子供が欲しいおもちゃをねだるような口調で千尋は楽しげに言う。それに対して、吹雪は焦ったようにオロオロしていた。
「ふっ、ぶ、きちゃん♪」
「あぁ! もう、うるさい!」
 怒鳴った吹雪の様子を見て、本気で怒らせたかな、と千尋は思った。
 吹雪がそばにいてくれるのが嬉しくて、その嬉しさの照れ隠しについからかうようなことをしてしまった。言い過ぎた事を素直に謝ろうかと思った時だった。
 少し甘い香りが鼻先に届いたかと思うと、ふわりとやわらかい感触を唇に感じた。
「クリスマスイブだから特別よ! もう良いでしょ! ほら、大人しくして寝てなさい!」
 そう言い残すと、吹雪は真っ赤な顔で千尋の部屋を出て行った。
 千尋はしばらく呆然と吹雪が出て行ったドアの方を見つめていた。
「まいったな」
 まさか本当にしてくれるとは思っていなかった。
「吹雪ちゃんからのKissか。最高のクリスマスプレゼントだな」
 自然と口元がゆるんでいる気がする。
 千尋は今の表情を隠すように掛け布団に顔を埋めた。

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

一応『朝まで一緒』です(笑)
まぁ、私にあだるてぃな話を期待してもねぇ(え、期待してた?)
あげはちゃんを口実に使ってしまったので、のちのち吹雪ちゃんはあげはちゃんから
いろいろと聞かれる事でしょう。
あげはちゃんの期待(笑)に答えられるのはいつになるやら。

さて、ラストは吹雪ちゃんからKiss。ケンカ腰ですけど……(^^;)
ちーさん、クリスマスプレゼントもらえて良かったね〜(笑)
 

    

   

  


 

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