すっかり陽も落ちて真っ暗になった時刻、吹雪と千尋は2人揃って学校を出た。
「ごめんね、千尋。つきあわせちゃって」
「別にプリントコピーして冊子作るくらいラクなもんでしょ」
「日影が風邪で休んでるっていうのに、あの量1人でできるわけないじゃない? それなのに燕センセは……」
放課後、クラス全員に配らなければならない複数のプリントをまとめ、一人分ずつホッチキス留めをするという作業を、委員長である吹雪は担任の燕から言い渡された。クラス内の作業なら副委員長の日影と共にやるのだが、今日に限って日影は夏風邪をひいたために学校を休んでいた。
作業は一人でできなくもなかったのだが、量が量だけに時間がかかるのは必至。地道にやるしかないか、と思っていたところに声をかけたのが千尋だった。
手際の良い千尋のおかげで、作業は思ったよりも早く片付いたのだが、それでもあたりはすでに真っ暗だった。
「まぁまぁ、ちゃんと終わったんだし、そろそろ機嫌直しても良いんじゃない? 怒った顔もかわいいけど、俺と一緒の時は笑ってて欲しいんだけど?」
照れるようなことをさらりと千尋は言った。
確かに機嫌が悪い原因は急な燕の頼まれ事であって千尋のせいではない。いつまでも愚痴を言うのは間違っている。吹雪はその事に気づき、機嫌を直そうと思った。とはいえ、すぐに千尋に微笑みかけられるほど、気持ちの切り替えを簡単にはできなかった。
千尋は吹雪の次の言葉を待つかのように何も言わずに微笑んでいた。
覗き込むように見つめる千尋の視線。心地よくはあるけれど、今だ千尋に見つめられると照れくささの方が大きい。次第に頬が赤くなっていくような感じだった。
なんとか話題を変えようと思いつつも、吹雪の口からはなかなか話題は出てこなかった。
そんな時。
ドーン。
突然大きな音が耳に飛び込んで来た。
「今の音、何?」
「何だろ?」
千尋にもそれが何の音なのかわからないようである。
あたりを見回す2人の瞳に、夜空に浮かぶ花が映った。
「あっ! あれ、花火!」
彩りの良いきれいな色が夜空に浮かんでは消えていく。
「きれい……」
吹雪は楽しげな表情を浮かべて花火を見ていた。
「でも、どうして今時期に花火なんてあがってるんだろ? 今日って花火大会なんてなかったわよね?」
「そういえば、近くの中学校で文化祭始まるんじゃなかったかな。確か前夜祭と後夜祭でそれぞれ花火があがるはずだ。たぶん、それだね。でもそんなにたくさんあがらないはずだから、もう終わるんじゃないかな」
「え、もう終わっちゃうの? きれいな花火、まだ見てたいのにね」
吹雪は千尋に笑いかけた。その笑みにはもうさきほどの不機嫌な感じはない。それどころか、思いがけずに見る事のできた花火で、かなりの上機嫌になっている。
「あ、またあがった! ねぇ、千尋、見てる? 花火、きれ……い……」
ふいに吹雪の言葉が途切れた。
あっと思う間もなく千尋の顔が近づいたかと思うと、唇にぬくもりを感じる。
吹雪は一瞬何が起こったのかわからず、まばたきも忘れて大きく目を見開いていた。
「吹雪ちゃんの笑顔の方が綺麗だと、俺は思うけど?」
何事もなかったかのように千尋は微笑んでそう言った。
「あ、あんたは……」
「あれ? 怒った?」
「あ、当たり前でしょう?! 誰か見てたらどうすんのよ?!」
「誰もいないよ?」
悪びれる様子もなく、千尋はさらりと言う。
「そ、それに、急に、何で、あんたは!」
余裕のある千尋とは反対に、突然の出来事に混乱した吹雪はもう自分でも何を言っていいのかわからなくなってきていた。
「俺とのKissは嫌だった?」
「そういうことを言ってるんじゃなくて……」
「嫌、じゃないんだ?」
念を押すように、千尋はもう一度訊く。
「だ、だから、そ、それは……」
はっきりと嫌だと言い切れないのは、惚れた弱味というものだろうか。
「うん、わかった」
何を納得したのか、千尋はひとつうなずいた。
「吹雪ちゃん」
急に真顔になって千尋は吹雪の名前を呼んだ。
「な、何よ?」
「Kissしていい?」
「?!!!!!!」
「急にしたのが嫌なんでしょ? だから今度からはちゃんと言ってからすることにする」
「そ、そんなの言わなくてもいい! もう何考えてんのよ?!」
「吹雪ちゃんのことしか考えてないよ?」
まっすぐな視線が吹雪に向けられる。
ここまで言われては、もう吹雪に勝ち目はなく、千尋に抵抗できる術はなかった。
「もう、勝手にすれば?!」
突き放すようにそう強く言うのが精一杯だった。そして吹雪は千尋に背中を向ける。
顔を真っ赤にして照れる吹雪の背後で、千尋が一言つぶやく。
「わかった」
「えっ?」
千尋は吹雪が振り返ろうとしたのよりも一瞬早く、首の後ろあたりに軽く口づけた。
「今日はこれで我慢しとく」
そうして、いたずらっぽい瞳で軽くウインクをした。
「ち、千尋! アンタ、何てとこに?!」
まさかこんなところにKissされるとは思いもしなかった。千尋の唇が触れた部分だけが熱く感じる。
吹雪は急に恥ずかしくなって、髪を結い上げて止めていたピンをはずして、髪を下ろした。
「何で髪下ろしちゃうの?」
「いいでしょ! ホントに、あんたと一緒だと驚くような事ばっかりだわ」
高鳴る鼓動を何とか押さえつつ、吹雪は少しあきれたようにため息をついた。
「なかなかスリリングでしょ?」
見事なウインクを千尋は吹雪に向けた。
本気なのかふざけているのかわからないような態度。でも決して悪ふざけしているわけではないのを吹雪はわかっていた。
こういうところがあるのも千尋なのであって、それを知っていて好きになったのだから仕方がない。きっとこの先もドキドキさせられるような事がたくさんあるのかもしれない。照れくさくて恥ずかしくて、でもちょっと嬉しいような、そんな今まで知らなかった感情が、どこか心地よく感じたりもする。
自分ばかりがドキドキさせられるのは悔しいけれど。
「あ〜ぁ。あんたが変なこと言ってるから、花火、終わっちゃったじゃない」
「大丈夫。来週ホントの花火大会があるから。行くよね?」
「……」
ほんの少しだけ吹雪の返事に間があく。
「吹雪ちゃん?」
「ちゃんと花火を見せてくれるなら、行ってもいいけど?」
「……了解」
一瞬の間がちょっと気にはなったけれど、吹雪はあえてそれには触れずに空を見上げた。
見上げれば、花火はなくても煌々と輝く星の光りが2人に降り注ぐようだった。
Fin
<ちょっとフリートーク>
ちーさんと一緒にいると、思ってもみないことがたくさん起こりそうだと思いません?
ずっとドキドキされっぱなしのような気がします。
2003.8月現在、本誌では吹雪ちゃんとけんさんが良い雰囲気になりつつあるようですが、
そんなことは気にせず、いや、むしろそれに対抗して(笑)こんな感じでちーさんとのらぶらぶなシーンを書いていこうと思います。
それにしても、いきなり首にkissじゃびっくりするよなぁ(^^;)
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