Scene47 キミに会えてよかった
(『おまけの小林クン』より)


 放課後、実験室の掃除をしていた時だった。
 出席番号で区切られた班は、いつものように男こばやしーずの3人が一緒だった。
 掃除もほぼ終わり、あとはゴミ捨てに行った健吾を待って掃除終了の報告をするだけだった。
 その時間を持て余していた千尋が窓の外を見ていると、ツンツンと上着を引っ張られた。
「ねぇ、ねぇ、千尋くん」
 振り向くと、どこか沈んだような表情の大和がそこにいた。
「なんだい? 小林クン」
「千尋くん、吹雪ちゃんとケンカでもした?」
「?!」
 一瞬千尋は驚いたように目を見開いた。
「……どうしてそんなこと思ったのかな?」
「だって、今日の千尋くんも吹雪ちゃんもいつもと様子が全然違ったよ? 2人ともお互いに見ようとしていないし、近くを通っただけなのに、なんかピリピリしているみたいな感じがするの」
「それで、ケンカかって?」
「うん、違う?」
 心配の色を含んだ大和の瞳に見上げられた。
 ここでごまかしたとして、大和は深くは追求してこないだろうと千尋は考える。けれど、この沈んだような顔は、ちゃんと理由を話さなければ変わらないだろう。こんな瞳をさせたまま放っておくには、どこか罪悪感が感じられた。
 少しだけ無言でいた千尋はため息をついた。
「小林クンにはかなわないなぁ」
 千尋は小さくつぶやいた。
「やっぱりケンカしたのね?」
「ケンカっていうほどのものじゃないよ。ちょっとした行き違いがあっただけだよ」
 その説明は嘘じゃない。ただちょっとした誤解の説明をちゃんとしなかっただけだ。
 自分に言い聞かすように心の中で千尋はそう思う。
「ホントにケンカじゃないの? でも、ダメだよ、女のコ泣かしちゃ」
「泣いてた?」
「あ、ホントに泣いてたわけじゃないけど、吹雪ちゃん、泣きそうなくらいのすっごく悲しい顔してたよ」
「そう、か……」
 千尋は吹雪がそんな悲し気な表情をしていたことにまったく気づかなかった。
 顔を合わせればプイッと怒った顔で視線をそらされる。話しかけようとしてもタイミングをはずされ、話しかけることもできない。
 『そっちがその気なら、こっちだって』ついそんなふうに考えて、千尋は吹雪を無視していた。
 その結果、大和に気づかれるくらいの悲し気な表情をさせてしまったのだ。
 吹雪にそんな悲しい思いをさせるつもりは、千尋にはなかった。
「それに……」
 大和は少しためらいながらも言葉を続けた。
「千尋くんも悲しそうよ?」
「俺、が?」
 意外な大和の言葉に千尋は驚いた。
「うん。それに、千尋クン、吹雪ちゃんとお話できないから淋しいでしょ?」
「淋しい?」
 大和の言葉を確認するように、同じ言葉をくり返す。
 この、心に穴があいたような空疎な感じが淋しさなのだろうか。
 自分で見て見ぬふりをしていた感情。
 それをあっさりと大和に見破られ、千尋は小さく口元に笑みを浮かべる。
 自分の方が大和のことを見ていたつもりだったのに、それ以上に大和の方がもっと深いところまで見ていてくれたのだ、ということに気がついたのだった。
「小林クンには何でもお見通しなんだね」
「千尋くん、仲直りは早い方が良いよ?」
「そうだね。吹雪ちゃんが悲しい顔をしていたのなら、俺が謝らないといけないな」
「そうだよ! 男のコは女のコがいつでも笑顔でいられるようにしてあげなきゃ。だからね、謝るのは早い方が良いよ?」
 にっこりと笑う大和を前にしては、それに対する返事はひとつだった。

 
 「小林クンの言う通りにするよ」 
 気がつくと俺はそう言っていた。
 誰の言葉も受け入れようとしなかった俺が、不思議なことにキミの言葉だけは心に届く感じがする。
 素直に聞き入れることができる。
 どうしてだろう。
 こんな自分を少しでも気にかけてくれる存在がここにいる。
 それが心地良いのは何故だろう。
 もしも、キミと出会わなかったなら、彼女との関係も今のようにはなっていなかったはずだ。
 きっと彼女は俺のことなど好きにはならなかった。
 俺も彼女を好きにはならなかっただろう。
 今までとは違う自分になれたこと、違う気持ちになれたこと、そんなふうに感じる事ができた自分が、どこか心地良い。
 そう思えるようになれたのは、キミがここにいてくれたから。
 出会わせてくれたことは神様にでも感謝すべきことかな。
 言うのは照れくさいから言葉にはしないけれど。

 キミに会えてよかった。

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

 いろいろな意味でちーさんの人生に影響を与えた人は大和クンだと思うので、
ちーさんにとって会えて良かった人を大和クンにしてみました。
 出会いって突然で、不思議だなぁと思います。
 ところで、ちーさんと吹雪ちゃんのケンカの原因は何だったのでしょうね?

2003.サイト開設4周年記念作品
 

    

   

  


 

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