木々の緑が一層濃くなり、さわやかで心地よい風が通り過ぎて行く季節。
吹雪は窓の向うから差し込むやわらかな陽射しを受けながら、1冊の本を眺めていた。
待合せの時間に遅れるから、と連絡があったのは30分前のことだった。来るまでには1時間はかかるという言葉に、吹雪はそれならと、待合せ場所近くのこの喫茶店に入ってそこで待っているからと告げた。
時間をつぶすためにたまたま入った喫茶店。そこで吹雪は1冊の本に目をとめた。
かわいいイラストと、短い文章。
大人向けの絵本といった感じだろうか。
吹雪は注文したアールグレーのアイスティーを飲みながら、ページをめくり始めた。
『あなたのこんなところがスキ』というタイトルのその本には、主人公の女のコの好きな人への気持ちがつづられていた。
あなたのこんなところがスキ
『いつも味方でいてくれるところ』
『いつもそばにいてくれるところ』
『私を好きでいてくれるところ』
その本を読み終えた時、吹雪は考えた。
アイツの好きなところってどこだろう?
いつの間にか一緒にいるのが当たり前で、好きになっていた。
えっと、と吹雪は考え込む。
改めて考えてみるとすぐには思いつかない。
逆に、キライなところならすぐに思いつく。
罠をしかけるところ。
真面目なシーンで軽口を叩いてはぐらかすところ。
どんな時でも慌てずに、1人わかった顔をするところ。
わかってて人の弱味をからかうところ。
それから……。
考えれば考えるだけキライなところが浮かんでくる。
でも。
罠をしかけるのはリバーシブルな愛情表現。
軽口をたたくのは照れ隠し。
ポーカーフェースなところは、時として頼りになる。
からかうのも、周りを、その人のことを考えてからしていることだ。
何も考えずに人を傷つけたりはしない。
よくよく考えてみたら、大人ぶっているようで子供みたいなところもたくさんある。
そんなふうに思うと、いつも振り回されてかなわない、なんて思っていたアイツがなんだか可愛い気がしてきた。
吹雪は思わず、小さく微笑む。
アイツのことを考えているだけで、なんだか心があたたかくなるような感じがする。
スキなところではなくキライなとことを考えていたというのに。
「おまたせ」
ふいに聞こえてきた声。
「1時間も待たせてゴメン」
吹雪は席についたまま、その顔を見上げていた。窓から差し込む陽光が薄茶の髪を照らしてまぶしく見えた。
「吹雪ちゃん?」
「えっ、あ、千尋。遅い」
「だから謝ったんだけど、聞こえなかった?」
「1時間、正確には58分ね。こんなに待ったんだから、ここの紅茶代はアンタのおごりよ」
「それで許してくれるならおごるけど。それにしても吹雪ちゃん」
「何?」
「さっき何考えてたの?」
「さっき?」
「ちょうどそこの窓から吹雪ちゃんが見えたんだよね。その時の顔がね、なんか楽しそうだった。だから楽しい事でも考えていたのかなぁと思ったんだけど?」
「そんなに楽しそうな顔してた?」
「うん、してた。何考えてた?」
千尋の質問に吹雪は答えない
そのかわり小さく微笑む。
「別に楽しい事なんて、ないわよ」
そう言って吹雪は立ち上がる。
伝票に伸ばしかけた吹雪の手よりも先に千尋が伝票を手に取った。
「俺がおごるんでしょ?」
口元に笑みを浮かべてウインクをする。
そんな千尋を見て、吹雪はドキリとする。
その表情も反則だよね。
罠ではない、その笑顔。
そんなふうに微笑まれると、ドキドキして仕方がない。
少し前には考えられなかったことだ。
千尋のそばにいて、自分も変わってきているのかもしれない。きっと良い方へと私は変わった。
今の自分が自分でも好き。
そう思えるようにしてくれたのが千尋で良かったと思う。
千尋のことを考えていたから、楽しい顔になっていたなんて知ったら、どんな顔をするかしら。
嬉しそうな顔になる?
それとも、照れて真っ赤な顔になる?
普段は見せる事のないだろうその顔に興味がないわけじゃないけれど、自分が千尋の事を考えていたから楽しかったなんて知られるのは悔しい。
だから何を考えていたかなんて、教えない。
千尋のことをスキだと考えていたことなんて教えない。
キライだと思っていても、そんなとこもいつの間にかスキに変わっている。
言わないけれど、スキがたくさん。
「今日も良い天気だなぁ。ね、吹雪ちゃん」
「そうだね 。すっごい良い天気」
まぶしさに目を細めて、青空と千尋の顔を見る。
私を呼ぶ、声がスキ。
私を見る、瞳がスキ。
私のそばにいてくれる、あなたがスキ。
Fin
<ちょっとフリートーク>
恋をするとその人のキライだと思う部分も好きに見えちゃったりする、なんて(笑)
『あなたのこんなところがスキ』という本はタイトルはちょっと違いますが実在します。
本屋さんでたまたま立ち読みして、なんだか気に入ってしまったので衝動買いしました。
恋してる女のコの吹雪ちゃんを書いてみました。
いかがだったでしょう?
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