Scene45 ある日、天使が訪れて
(『おまけの小林クン』より)


 「チヒロ!」
 来訪者は突然やって来た。
 ちょうど学校からの帰宅途中、チューリップが咲き乱れる公園を千尋と吹雪が並んで歩いているの時だった。
「会いたかったよ! 元気にしていたかい?」
 突然の来訪者はがばっと千尋に抱きついた。
「暑ッ苦しいなぁ。放してよ」
 振り向きざまのいきなりの抱擁に、千尋は眉根を寄せる。
「なんだ、照れているのかい? 1ヵ月ぶりの再会なんだから甘えていいんだぞ!」
 突然現れ、千尋に抱きついたのは仕立ての良さそうなスーツを着た紳士だった。吹雪からはその紳士の顔は見えなかったが、やわらかそうな髪が千尋と似ていると思った。
 紳士は子供のような笑顔で千尋の髪をぐりぐりと撫でる。
「もう子供じゃないんだから、いい加減にしてよ。吹雪ちゃんだって呆れてる」
「フブキ?」
 ふいに紳士は千尋から離れると、千尋の少し後ろの方にいた吹雪に視線を向けた。
「チヒロ、こちらはどなただい?」
「彼女は俺の大切な人。吹雪ちゃん、これ、俺の父親」
 千尋は素っ気無く吹雪に紳士を紹介した。
 そこで、それまでぼーっとその状況を眺めていた吹雪がハッとする。
「こ、小林吹雪です。ち、千尋、くんとは同じクラスで……。そ、その、はじめまして!」
 慌てて自分の名前を告げて頭を下げた。
「コバヤシ、フブキ?」
 千尋の父は吹雪の名前を繰り返し言った後、視線を千尋へと戻した。そして、もう一度吹雪を見てから千尋の肩に両手を置くと、淋しそうに目を伏せた。
「チヒロ、パパは悲しいよ」
「何が?」
「どうしてパパに黙っていたんだい?」
「だから何が?」
 突然真面目な顔つきになった父を、千尋はいぶかし気に見る。
「チヒロが好きになったお嬢さんだ。パパはチヒロを信頼しているからそのことについて何も言うつもりはない。けれど、どうして一言言ってくれなかったんだ? やっぱり1ヵ月も離れているとダメなのかい?」
「言ってる意味がわかんないんだけど。言いたいことがあるならはっきり言ってよ」
 少しイライラしながら千尋は軽くにらむ。
「チヒロ、お嫁さんをもらったのなら、どうしてパパに言ってくれなかったんだい?」
「お、お嫁さん?!」
 驚きの声をあげたのは、千尋と吹雪、同時だった。
「パパに黙って入籍しなくてもいいじゃないか。家族が1人増えるんだ。パパに一言あっても良いだろう? いや、チヒロは息子として父親の私に報告する義務がある。違うかい?」
 千尋は父の言葉に驚き、立ちすくんでいる。そして、千尋以上に衝撃を受けている吹雪は口をぱくぱくさせるだけで、言葉を発する事もできずにいた。
 珍しく呆然としてしまった千尋はしばらく目を見開いて黙っていたが、ふいに口を開いた。
「そうだね、パパの言う通りだ。俺が悪かった。大事なお嫁さんのことを報告していなくて」
「チヒロ、わかってくれたんだね。素敵なお嫁さんじゃないか。幸せになるんだよ」
「ありがとう、パパ」
 ひしっと抱き合う2人。吹雪はただ呆然とそれを見ていた。
 その時、抱き合いながらも千尋の視線が吹雪の方に向けられた。
 瞳がいたずらっぽく細められ、口元にも小さな笑みが浮かんでいる。
 明らかにその表情は罠を考えて、あるいは仕掛けている時のそれだった。
 それに気づいた吹雪は、ベリッと音が聞こえそうな勢いで2人を離れさせた。
「何遊んでんのよ!」
「やだなぁ。何怒ってるんだい、吹雪?」
「そんなふうに呼ばない! まったく、何がお嫁さんよ!」
「いいじゃないか。どうせそのうちホントのことになるんだし」
「そんなのまだわかんないじゃない!」
「吹雪ったら、照れちゃって♪」
「千尋!」
 吹雪は千尋の襟元をつかみ、そして殴りそうな勢いだった。
 その時。
「フブキさん」
「は、はい!」
 ケンカごしのやりとりの最中、突然千尋の父が声をかけてきたので、吹雪は思わず千尋から手を放し、背筋をスッと伸ばす。
 にっこりと笑うその表情は、やはり千尋と良く似ていた。とはいえ、その笑みは罠めいた千尋のものとは違い、まるで天使のようなおだやかさがあった。
「何があったかわかりませんが、ケンカはダメですよ」
「えっ?! あ、あの……」
「良いですか。運命の糸に導かれ、出逢い、そして結ばれた二人です。言い争う前に 心穏やかにして話し合いなさい」
「あの、だから私達はまだ……」
「いいね、チヒロ」
「わかったよ」
 戸惑う吹雪をよそに、千尋はあっさりと頷く。
 そして、自分の言ったことを息子がすぐが承知してくれたことに、満足げに頷く父だった。
「よろしい。では、あとは二人で話し合いなさい。私は先に家に帰っているからね」
「あの、私の話を……」
 完全に存在を忘れられているかのような会話に、吹雪は一人おろおろしていた。
「チヒロ、今日はママは仕事かい?」
「いや、定休日だから家にいるって言ってたけど」
「そうか! じゃ、フブキさん、チヒロをよろしく!」
「は、はぁ」
 そして、千尋の父は嬉し気な笑顔を残し、背中に羽があるような感じの軽い足取りで去って行った。 
 そんな後ろ姿を眺めながら、吹雪はぼそりとつぶやいた。
「……アンタってお母さん似ね」
「そう? 母さんには父さんに良く似ているって言われるけど?」
「外見じゃなくて性格の話よ」
 吹雪は思わず深いため息をついた。
「ところで、どう? 俺のパパは」
 クスクスと楽し気に笑いながら、千尋は吹雪に聞いた。
「想像してた感じとはちょっと違ってたから驚いた」
「だろうね。名字が同じくらいでお嫁さんと勘違いするくらいだからね。よく考えればまだ結婚できる歳じゃないってわかるもんなんだけど、あんなだから。なんか難しい仕事してるわりには、どこか抜けてるっていうか」
「でも、とっても素敵な感じがするわよ?」
「そう? ま、俺の父親だからね」
 にやりと笑う千尋と目があった吹雪も、思わず小さな笑みを浮かべた。
「ということで、吹雪ちゃんはいつでもお父さんって呼んでも良いよ」
「はぁ? なんで私がそんなふうに呼ぶのよ?」
「じゃあ、パパでもいいけど」
「調子に乗らない!」
 吹雪は勢いよく千尋の肩を叩いた。
「いたたた。乱暴だなぁ、吹雪ちゃんは」
「アンタが変なこと言うからでしょ!」
「だって、ホントのことだし」
「えっ?」
「どうせ近い未来そう呼ぶことになるんだから、今からそう呼んでも同じだと思わない?」
 それは、聞こえようによってはまるでプロポーズのような言葉だった。
 吹雪の頬がうっすらと赤くなる。
「ち、近い未来って、わ、わかんないわよ、そんなこと! 冗談もいい加減にしないとホントに怒るわよ!」
 赤くなった顔を見られないように、吹雪はスタスタと歩き出した。
「冗談じゃないんだけどなぁ。あ、吹雪ちゃん、どこ行くの? 吹雪ちゃんの家はこっちだけど?」
「い、いいのよ! 買い物して帰るのよ!」
 買い物など本当はする必要はないのだが、振り返ると赤い顔を見られるため、吹雪はそのまままっすぐ歩いた。
「しかたないなぁ」
 どんどん先を行く吹雪のあとを、千尋は追う。
「ついて来ないでよ!」
「いいじゃないか、父公認の夫婦なんだし♪」
「もう、しつこい!」
 口ではそんなふに拒絶して怒鳴る。けれど内心では思いっきり照れていて、どんどんと顔が真っ赤になる吹雪だった。

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

 ちーさんパパ初登場♪
 いや、なんかぼけぼけさんになってしまったかしら(笑)
 ちーさんパパ、素直というかだましがいがあるというか。
 きっと帰国するたびにこうしてちーさんに遊ばれちゃってるのね(笑)
 そんなちーさんパパ好きです〜vvv
 今回は吹雪ちゃんもちーさんに遊ばれたって感じでしょうか。
 いや、いつもこんな調子かな、うちのちーさんは。
 両親公認ということで、これからの展開が早くなるかもしれませんね(笑)

    

   

  


 

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