Scene42 your color
(『おまけの小林クン』より)


 冷たい風が吹き、息が白くなる。今年も残すところあと1ヶ月と少しとなった頃だった。
 吹雪は寒さから早く逃れたいかのように駆け足でその店に入って行った。
 そこは街で一番大きな手芸関係の店だった。1階は、赤と緑を主にクリスマスカラーにディスプレイされ、クリスマス柄のパッチワークや小物などがセットで売られている。布で作った大きなクリスマスツリーが壁に飾られ、手作りの可愛らしいオーナメントもところ狭しと並べられていた。
 吹雪はそれを横目で見ながら、目的の2階へと向かった。
 2階に着くと、その整然とした様子に一瞬圧倒された。 
 棚には目移りするくらいの色とりどり毛糸が並んでいた。専門店だけあって、色1つとっても薄い色から濃い色へと何色もある。そのグラデーションは絵を描いたようにきれいだった。
「毛糸ってこんなに色があるんだぁ」
 吹雪は感心したようにつぶやいた。今まで足を踏み入れた事のない場所である。これだけの毛糸を見たのは初めてであった。
 毛糸の棚の近くでは、吹雪と同じ年頃の女のコ達がいろいろな毛糸を手に取ってみては品定めしていた。何色が似合うかな、こっちの方がいいよ、でもあっちも素敵な色だよ、とキャーキャー言いながら楽しそうにしている。
 これだけあると確かに選ぶのに一苦労というところなのだが、決められずに迷っているその女のコ達とは違って、吹雪はある色を見つけてその前に立ち止まった。そして、目当ての毛糸を1つ手に取った。
 よし、とひとつうなずいた後、近くにあった買い物かごを持つとその中に毛糸を入れようとした。
「そのボルドー色は二枚目の小林クンに似合う色ですねぇ」
 ひょいと横から顔を覗かせて来たのは、クラス担任の燕だった。
「つ、燕センセ?! ど、どうして?!」
 突然現れた燕に、吹雪は驚いた。そして慌てて手に持っていた毛糸を棚に戻す。
「もうすぐサイトーさんの誕生日なんですよ。手袋に穴があいたからどうしようとか、白いマフラーに紅茶をこぼしたとかなんとか言われましてねぇ。毛糸を買いに来たんですよ」
 吹雪の『どうして?』の質問に燕はそう答えた。
 一瞬吹雪はその返事の意味がわからず、ぼぅとなった。
「吹雪サン?」
 呆けていた吹雪に、燕は不思議そうに訊いた。
「あ、いえ。そ、そうですか、あげはの誕生日……」
 燕の予想外の返事に、吹雪は慌ててそう答えた。
 吹雪の『どうして?』の意味は、燕がここにいることに対してのものではなかった。ボルドー色と千尋を結び付けたことに対しての『どうして?』であった。けれど、だからと言ってわざわざそれに聞くことはしなかった。
 吹雪は動揺したのを隠し、そのまま会話を続ける。  
「要するに催促されたわけですか。あげはも遠慮なしというか」
「手袋やマフラーくらいならすぐできますからね。それはそれでラクですよ」
 直接的ではないにしろ、そういう意味を含んだあげはの言葉に対して、燕は特に気にしているふうではなかった。それどころか、的確にあげはに似合う色の毛糸を選びだした。
 ふわふわ感のあるモヘアのオフホワイト。
 それは燕の手によって、あげはだけに似合う可愛い手袋とマフラーになるのだろう。
「吹雪サンは何を編むんですか? セーターですか?」
 ほんの少しうらやましげに見ていた吹雪は、急に話しかけられてハッとする。
「わ、私ですか?! え、えっと、そう、『自分用』のセーターです!」
 何故か吹雪は『自分用』というところを強調して言った。
「そう、『自分用』ですか」
 何故か燕は楽し気に微笑む。
 千尋ほどではないにしろ、その微笑みは何かの意味を含んだようにも見えた。
「吹雪サン用ならこれくらい必要でしょうねぇ」
 そう言って燕は吹雪が持っていた買い物かごに、さきほど吹雪が手にしたボルドー色の毛糸を必要だと思われる個数分入れていく。
「わからないところがあったら遠慮なく聞きに来てください」
「は、はあ」
「では、お先に」
 そう言って、燕はレジの方へと歩き出した。 
「あ、吹雪サン」
 燕が途中で振り返った。
「はい?」
「二枚目の小林クン用なら、この毛糸玉だとあと3コ足したくらい必要ですよ」
「!」
 そう言われた瞬間、パッと吹雪の頬が朱色に染まる。
「明日の朝のホームルームは頼みましたよ。プリント配っておいてくださいね」
 燕はそれだけ言うと、再び歩き出して行った。
 吹雪は返事もできずに、燕の後ろ姿を見つめて立ち尽くしていた。やがて、思い出したかのようにつぶやいた。
「だ、誰も千尋用だなんて言ってないのに……」
 そのつぶやきも、燕の姿はとうに見えなくなっていて、聞く者は誰もいなかった。
「あれ、そう言えば最後に何か言ってなかったっけ? ホームルームはまかせた、とかなんとか。もしかしてまたさぼるつもり?! まったく燕センセは……」
 吹雪はぶつぶつと文句を言いながらも、あと少しに迫ったあげはの誕生日に間に合うように編む時間になるのならと、今回は見逃そうかと考える。
 ふぅとため息をついた後、吹雪は気を取り直して、ボルドー色の毛糸をさらに3コかごの中に入れた。
 

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

 吹雪ちゃんの作ったボルドー色のセーターは、Chihiro同盟にいるちーさんが着ています(笑)
 同盟のBBSに『あのセーターは贈り物(手編み)ですか』とあったので、ふと考えてみたらこんなのができました。
 吹雪ちゃんと燕センセ……。
 意外な組合せです(笑)
 私も編みかけのセーターあるんですよね、自分用の。
 ワインレッドに白の雪模様。いつになったら完成するのやら(^^;)

    

   

  


 

●感想はこちらからでもOKです。ひとことどーぞ♪     

お名前(省略可)            

感想