Scene41 魔法の言葉
(『おまけの小林クン』より)


「吹雪ちゃん、がんばってね」
 大和の大きな瞳が吹雪を見上げている。
「うん、がんばる! 小林クン、応援ありがと」
 吹雪は大和のぷっくりとした手を握りしめながらうなずいた。
「じゃあ、ボク客席に行くね」
「俺も行く。じゃあ委員長、がんばれ」
 そうして大和と健吾はロビーから客席へと向かっていった。
 吹雪は笑顔で2人を見ていたが、その姿が見えなくなるとふぅとため息をついた。
 今日は市内の高校の代表が集まる弁論大会の日である。向日葵高校からは吹雪が代表として参加することになり、朝から吹雪は会場へ赴き、出番を待っていた。
 よくイベントの開催の場として使用される施設の小ホール。小とはいえ、客席もそれなりの人数分の席がある場所である。日曜日の開催のせいか、思った以上に入場者数も多いようであった。
 吹雪はもう一度ため息をついた。
 いつになく緊張しているのが自分でもわかる。
 弁論大会は今回が初めてじゃない。なのにどうしてこんなに緊張するのだろう。
 変にまとわりつく不快感とともに、落ち着けなかった。
 控え室に戻ってからも、落ち着きは取り戻せなかった。しかもこれまで以上に不快感は大きくなっているような気がする。
 吹雪はじっとしていられなくて、狭くて息苦しい控え室からロビーの広い空間へと出た。
 弁論大会がすでに始まっているせいか、ロビーには泣き出した子供をあやす母親と喫煙所でタバコを吸っている数人しかいなかった。
 吹雪は姿を隠すように柱のかげに入り、訳のわからない不快感から気を紛らわすために、大きく深呼吸しようとした時だった。
「ふっぶきちゃん♪」
 急に耳元で名を呼ばれた。
「ち、千尋?!」
 振り返って見れば、いつもの笑顔がそこにあった。
「何、怖い顔してんの?」
「怖い顔なんてしてないわよ! もともとこんな顔よ! 悪い?!」
 半ば怒鳴るように吹雪は答える。そしてすぐに『しまった』と思う。千尋に緊張していることを知られたくなくて、つい口調が強くなってしまった。これではケンカを売っているような感じである。
「機嫌悪そうだなぁ」
「別に機嫌悪くはないわよ!」
 吹雪はプイッと横を向く。そんな吹雪の顔を横から覗き込むように千尋は顔を近づける。
「そう言うわりにはなんかいつもの吹雪ちゃんと違うよなぁ。俺が来るの遅くなって怒ってるとか?」
「べ、別にアンタが来なくたって怒る理由はないわよ!」
 そう言いながらも、ほんの少し怒ってはいた。大和や健吾は大会が始まる前から来ていたのに、千尋はのんきに今頃来たのだ。自分から何時に開催されるかを聞いていたのにもかかわらず。
 いつもマイペースな千尋なのだから、こういうこともよくあることで、本気で怒るつもりはないけれど、本当はもっと早くに来て欲しかったと思う。
 千尋の顔を見た瞬間、どこかホッとしたのを感じていたから。
 でも、そんなことは口には出さない。
「ふぅん、怒っていないっていうなら……。あ、わかった」
「わ。わかったって、何が?」
 何やら楽しそうににやりと笑う千尋に、吹雪は何か嫌な予感がよぎる。
「吹雪ちゃん、緊張してるんでしょ?」
「だ、誰が緊張なんか!」
 慌てて吹雪は否定しようとした。けれど、あっさり図星をさされただけにうまくごまかす言葉が思いつかなかった。
「1人で不安?」
「!」
 千尋の一言にドキリとした。
 たぶん、千尋の言ったことは正しいのだろう。
 自分ではよくわからなかった緊張の原因は、1人で舞台にあがるせいだったのだ。
 昔は1人でも平気だった。でも最近は誰かと一緒に何かをすることが多い。たぶんそのせいで1人でいることに不安や緊張を感じているのかもしれない。
 思えば、いつもそばには千尋がいてくれた。訳のわからない不快感は、見に来ると言っていた千尋がギリギリまで来なかったことにあるのかもしれない。
 千尋がそばにいることは当たり前で、それが自然だったから、1人になることはこんなにも不安になるのだと、吹雪は知った。
「一緒にステージに立つわけにはいかないしなぁ」
「あ、あたりまえよ! それに、こ、これくらいの弁論大会なんて簡単なんだから」
 そばにいて欲しいなんて言えない。これ以上甘える自分も見せたくない。
 不安でも、1人でやらなければならない時もあるのだから。
「吹雪ちゃんが平気ならそれでいいけど」
「へ、平気よ! 大丈夫なんだから。アンタは客席で大人しく見ていればいいのよ。じゃあね!」
 吹雪は千尋に弱気な自分を見せたくなかったため、なんとか虚勢を張ったままで控え室へと戻ろうとした。
 そんな吹雪を千尋は呼び止める。
「あ、吹雪ちゃん」
「えっ?」
 千尋は吹雪の正面に回り、ポンッと吹雪の肩に左手を置いたかと思うと軽く自分の方へと引き寄せ、そして耳元に顔を寄せてささやいた。
「だいじょうぶだよ。いつだって俺がそばについているから」
「!」
「終わったら何か食べに行こうね。うまくできたら俺のおごり、失敗したら吹雪ちゃんのおごりだからね♪」
 見事なウインクを決め、千尋は微笑む。そんな目も心も奪われるほどの笑顔を残し、千尋は客席へのドア開けて中に入った。 
 その場に残された吹雪は少しの間立ち尽くしていた。やがて、顔を真っ赤にしながらその場にへなへなとしゃがみ込んだ。
 やられた。
 そんな気分だった。
 どうしていつも千尋には自分のことがわかるのだろう。
 どんなに気持ちを隠そうとしても、必ず見透かされる。 
『だいじょうぶだよ』
 その一言は心を軽くする。
『いつだって俺がそばについてるから』
 それはどんなにか心強い言葉だろう。
 自分は1人でがんばっているわけじゃない。
 離れていても、心はそばにあるのだ。
 千尋の一言は、今の吹雪が一番欲しい言葉だった。
「小林吹雪さん、こんなところにいたんですか! そろそろ準備をしていただかないと……」
 ふいに名前を呼ばれてハッとする。見上げれば、係員の名札を胸に付けた女性が心配そうに吹雪を見ていた。
「気分でも悪いですか?」
「あ、いえ、大丈夫です。今行きます」
 吹雪はスッと立ち上がって、係員の女性の後について行った。  
 もう不快感も緊張もまったくない。
 自分の出番はもうすぐだった。 
 舞台袖で吹雪はもう一度心の中でくり返す。

『だいじょうぶだよ。いつだって俺がそばについているから』

 それは何よりも嬉しい言葉であり、特別な魔法のような言葉だった。



                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

 とある方よりいただいたメッセージを元に、できたお話です。
 いただいたメッセージそのまま使おうかと思ったのですが、やっぱりちーさんぽい台詞に
してみました。
 設定が弁論大会だったのは、11/3の文化の日に、ふいにネタを思いついたからです。
 文化っぽい感じで、弁論の発表の場にしてみました。
 ふと思ったんですが、弁論のテーマは何だったのでしょうね?
 久々に大和クン、けんさんご出演だったのですが、台詞少なくてごめんね〜(^^;)

    

   

  


 

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