Scene40 待合せ 〜 Chihiro's side 〜
(『おまけの小林クン』より)


 腕時計を覗き込むのはもう何度目だろう。
 待合せの時刻からもうすぐ20分となろうとしている。
『遅れないでね♪』
 そう言ったのにまだ来ない。
 時間には正確なところがある彼女だから、理由も無しに遅れてくるはずがない。
 何かあれば携帯電話に連絡が入るはずだ。けれど、携帯電話には着信もなく、メールも来ていない。
 だとしたら、考えられることはひとつ。
「結構しっかり者に見えてそうでもないからなぁ、吹雪ちゃんは」
 そう小さくつぶやいて、千尋は駆け出した。
 待合せの場所に来ない吹雪の居場所にアテがあるのか、千尋はまっすぐにその場所を目指していた。
「ちょ、ちょっと放しなさいよ!」
 耳に飛び込んで来た大きな声。
 やっぱりいた。
 そう思うのと同時に、言葉の意味が気になる。見れば、ガラの悪そうな見た事のない男に吹雪がからまれていた。
 いい度胸だよな。
 千尋はフッと静かに笑うと、吹雪のところへと歩き出した。
 吹雪の手首を握る男の手を軽く捻りあげる。
「勝手にさわらないでくれる? コレ、俺のだから」
 吹雪を背にかばうように、千尋は吹雪と男の間に入り込んだ。
 一見穏やかそうな笑顔を男に向ける。
「千尋!」
 吹雪の声は明らかに安堵しているように聴こえる。強がるような素振りでいても内心は怖かったのだろう。
「なんだ、邪魔すんなよ!」
 突然間に割り込んで来た千尋を、男は当然邪魔に思い、千尋の襟元をつかみ、右手を振り上げる。
 今にも殴り掛かろうとしている瞬間なのだけれど、千尋は慌てる様子をまったく見せなかった。
「邪魔? 俺が?」
 どこまでもおだやかそうな口調。けれど、その視線は穏やかではない。
 口元に笑みは浮かべていても、目は笑っていない。にらんでいるわけでもないのけれど、そんな視線を向けられたら、どこか背筋に冷たいものが走るような気がした。
 彼女に何かしようものなら絶対に許さない。
 俺が大人しくしているうちに去れ。
 視線にはそんな意味が含まれているようだった。
 男も見かけほどバカではないようで、そんな千尋の強い視線に何かを感じる。
「ちっ、覚えておけ」
 乱暴に千尋から手を離すと、男はありきたりな台詞を残して立ち去って行った。 
「覚えておいて欲しいなら覚えておくけど、もう一度会ったらその時どうなるか知らないよ♪」
 どこまでもマイペースな千尋は、遠ざかる男に一瞬だけ視線を向けた後、吹雪に向き直った。
「吹雪ちゃん、大丈夫?」
 一瞬呆けた感じでぼんやりしていた吹雪に、千尋は声をかける。
「……い」
「吹雪ちゃん?」
「遅い!」
 もっと違う返事が来ると思っていた千尋は虚を突かれ、一瞬呆然とする。
「遅いって……」
「何してたのよ! アンタが遅いからこんなことになるのよ! 私があの変な男に連れてかれたらどうするつもりだったのよ! なんで時間通りに来ない……」
「ストップ」
 一気にまくしたてる吹雪に、千尋は最後まで言わさないよう強引に止められた。
 吹雪が何を怒っているのか、千尋は理解した。
「あのね、吹雪ちゃん。俺は時間通り、いや10分前には待合せ場所に来てた」
「だったらどうして私のところに来ないのよ! どっかで私が困るのを見てたってこと?!」
 吹雪の勢いは止まらない。いつの間にか襟元をつかまれていた。
「落ち着いてってば、吹雪ちゃん。俺達が待合せした場所はどこ?」
「向日葵公園駅の東口」
「ここはどこ?」
「はぁ? どこって向日葵公園駅の東……」
 今さら何を言うのだと、吹雪は当然のように答えようとした。しかし言葉は途中で途切れる。「中央口?!」
「そ。吹雪ちゃん、待合せ場所、間違ったんだよ」
「だ、だってこの駅に中央口なんてなかったじゃない?!」
 吹雪は千尋の顔と駅の表示を何度も見直す。しかし何度見ても表示は『中央口』であり、『東口』ではないので、驚きの表情のままである。
「先週まで改築してたでしょうが。東口は新しくできたビルと直結する形で新しく出来たって、知らなかった?」
「あっ……」
 何かを思い出したような表情に変わった。
「時間に正確な吹雪ちゃんが待合せ時刻になっても来ないから、場所間違ったんだろなって思ったんだよね」
「……」
「で、こっちに来てみれば、やっぱりいるし。しかも訳のわからない男に連れて行かれそうになってるし」
「そ、それは私のせいじゃないし……」
「じゃ、俺のせい?」
 にっこりと笑顔で顔を覗き込まれ、吹雪は何も言えなくなる。
「もう、いい!」 
 吹雪はぷいっと横を向いて話を切り上げた。
 もう言い返す言葉がないことが悔しいのか、少しだけ拗ねたように見える。
「怒った?」
「別に怒ってないわよ。あれはあの男が悪いんだから」
 たしかにナンパしてきた男に問題はある。
 けれど。 
「でも、ナンパされたのはやっぱり吹雪ちゃんのせいだよ」
 突然千尋がそう言った。
「どうしてよ?」
「教えない♪」
「何よ、教えなさいよ!」
「自分で考えなよ♪」
 意地悪するつもりはないけれど、この答えは教えられない。そして、きっと彼女にはその答えはわからないだろう。
「あ、ほら、もう時間。早く行かないと映画始まる」
 千尋は話題を変える。
「嘘、もうそんな時間?! 早く行かなきゃ」
 腕時計で時間を確認した吹雪は、スカートをひるがえして歩き出した。
 先を急ぐ吹雪の後ろ姿を、千尋は見つめる。
 ナンパされたの彼女自身のせい。
 普段よりも凝った髪型、学校には着て来ないだろう少し大人びたワンピース。
 そしてほんのりと色付いた唇。
 あんなに可愛く着飾った彼女なのだから、声もかけたくなるだろう。
 それはわからなくもない。
 けれど。
 彼女に触れて良いのは自分だけだから。
 彼女の隣に並んで良いのは自分だけだから。 
 誰であっても彼女に近づくものは許さない。
 もう外で待合せするのは止めよう。
 誰にも話し掛けられたりしないように、デートの時は必ず家まで迎えに行こう。
「千尋? 何してんの?」
 先を歩いていた吹雪がくるりと振り返る。
 そんな何気ない仕種でも、千尋は吹雪を可愛く思う。
「なんでもないよ」
 軽く微笑んで、吹雪のところへ駆け寄る。
 手を伸ばせば、自然と絡まる指先。
 誰よりも大切な彼女がすぐそこにいる。


                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

待合せのシーンでちーさんサイドです。
いつものごとく視線だけで男を撃退(笑)
再度会ったら、この男はどうなるのでしょうね。
ちーさんの事だから、それはもう大変なことに……?
ところで、なんだか独占欲の強いちーさんになってしまった気がします。
ナンパされた理由……好きになったが故に、ではないでしょうが、ちーさんの瞳には
吹雪ちゃんはいつも以上に可愛く映るようです♪

    

   

  


 

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