Scene4 伝言−dengon−
(『おまけの小林クン』より)

 

忘れないで。
あなたと過ごしたあの時間。
長いようで短かったひととき。
でもとってもとっても楽しかったから。
だから、あなたも忘れないで。

 
 

それは快晴の朝の登校時のことだった。
「吹雪ちゃん、おはよっ」
 テケテケ走りながら追いついた大和が吹雪の隣に並ぶ。
 これは朝からラッキー、などと考えながら吹雪はにっこりと微笑む。
「大和クン! おはよぉ。」
「今日も1日よろしくね」
 朝からまぶしいほどの笑顔が吹雪に向けられる。その笑顔にドキドキしながら、吹雪は頬を染める。
「あ、そういえば、古文の宿題やってきた? もしわかんないところあったら……」
「ねぇ、吹雪ちゃん。あれなんだろう?」
 吹雪の言葉をさえぎるように、大和がつぶやく。それから向日葵高校の校門前の人だかりを指差した。
 何かを囲むように群がる人だかりが気になった二人はそばに寄ってみた。
 人だかりの中、大和は健吾の姿を見つけ近づく。
「あ、健吾クン。おはよう。何かあったの?」
「ああ、おはよう、小林、委員長。なんだか校門前に見知らぬ女のコがいるらしいんだ」
 別段興味なさそうな感じで健吾は人の輪を指差す。
 吹雪と大和は顔を見合わせた後、人をかきわけ、輪の中心を見てみた。
 二人の瞳に入ってきたのは、健吾の言うように向日葵高校の生徒ではない見知らぬ女のコだった。
 栗色の、見ようによっては陽に透けて金にも見える長い髪。さらさらと流れるその髪は、まるで長い時の吹雪の髪のようだった。
 白いワンピースを着た、かなりの美少女。
 そのコがふと顔をあげた。
 薄い茶の瞳と吹雪の瞳が合う。
 一瞬ドキリとする。なんだか嫌な予感。
 瞳が合った途端、待ってましたとばかりに少女は吹雪の方へと近づいてきた。
 どうも吹雪を見るその瞳には力がこもっている。睨んでいるといってもよかった。
 どんどん近づいて……。
 てっきり吹雪に向かっていると思っていたのに、少女は何を思ったのか、吹雪の横を通り過ぎてしまった。
「あなたが、小林吹雪って女?」
 こともあろうにそう少女が聞いたのは、吹雪本人ではなかった。
「ボクは吹雪ちゃんじゃないし、男のコだよぉ」
 突然怒ったような顔の少女に問い詰められた大和はびくびくとしながら、吹雪の背中に隠れる。
「小林吹雪は私だけど?」
 大和を背にかばいながら、吹雪は少女に負けじと腕を組みながら言う。
「あら、失礼。ふぅん、あなたが小林吹雪なんだ」
 少女は吹雪の頭からつま先までゆっくりと見る。そしてそれから一言。
「ねぇ、千尋とはどんな関係? つきあっているの?」
 ど真ん中の直球のようなその衝撃的な言葉にまわりがざわめく。
「わ、私が小林千尋と?!」 
 思いもかけない言葉に、吹雪は慌てて口どもる。
 どんな関係と問われても、ただのクラスメートとしか言いようがない。
 そう言いたかったのだが、見知らぬ人からそんなことを言われたショックで混乱し、それ以上の言葉を失っていた。
「高校に入って少したった頃から、千尋はあなたの話をするようになったわ。だから一度聞いておきたかったの。千尋とあなたの関係」
 再びまわりが大きくざわめく。
 はたから見たら、三角関係のもつれとでも見えるだろう。
 大勢の視線が2人にそそがれる。
「ここ、落ち着かないわね。もっとゆっくり話せるところない? 2人っきりでゆっくりと話せるところ」
 挑戦的な少女に、吹雪はなんだか負けたくないと思わずにはいられなかった。
 そっちがそうならこっちだって受けてたつ、そんな気持ちが吹雪の中にあった。
「じゃあ、こっち」
 首をくいっと曲げて指示をする
「ふ、吹雪ちゃん……」
 心配そうな顔で大和が吹雪の袖を引っ張る。
「大丈夫。心配しないで。あんなコには負けないから」
 そう言い残して、吹雪と少女は校舎裏のほうへと歩いていった。
「吹雪ちゃん……、一体何に勝つ気なの〜?」
 校門の前に取り残された大和はそう言って、健吾の顔を見た。

   

「で、どうなの?」
 人気のない校舎裏の一角で、少女は改めて吹雪に聞く。
 吹雪は大きく息を吸い、そしてはっきりと言った。
「私は小林千尋とつきあった憶えはない」
 ずきん……。
 自分で千尋との関係を否定したのに、何故か吹雪の心に痛みが走る。
 それは今の自分ではわからない感情だった。
「ホントに?」
 吹雪の言葉に疑いを持つ少女は、とても信じられないといった表情をする。
「じゃ、じゃあ聞くけど、あなたこそ小林千尋の何なの?!」
「何って……」
 少女はくすりと小さく笑う。
「どうしてそんなこと知りたがるの?」
「そ、それは……」
 簡単にあしらわれている吹雪は、再び戸惑う。主導権は完全に少女にあった。
「私は千尋のことが大好き。いつだってどんな時だって千尋が一番。吹雪はそうじゃないの?」
「わ、私は……」
「もう時間がないから、これだけは教えて。吹雪は千尋のことが好き?」
「……」
「好き?」
 少女は真面目な面持ちでもう一度聞いた。
「好きかどうかなんて、考えたことない。けど……」
「気になっている?」
 少女の問いに吹雪は答えなかった。顔がほてって赤くなっているのが自分でもわかる。
「ふぅん、そっか、そうなんだ」
 少女はにっこりと笑う。
「な、何?」
 少女の意味ありげな笑みを見て、吹雪はもうどうしたらいいのかわからなかった。
「あなたにだったらまかせられるかも。私はもうここにはいられないから、心配だったの。
千尋、ああ見えても結構弱いところあるから。新しくあのコが来たけど、それだけじゃ安心できなかったから。じゃ、千尋のこと、よろしくね」
 少女は吹雪の首に手をまわして抱き着いた後、軽く吹雪の頬に口付ける。
「な、なっ?!」
 いくら相手が女のコとはいえ、吹雪は焦る。
「これ、千尋に渡して。それから『今までありがとう。しあわせにね』って伝えて」
 少女が吹雪に渡したのは、色褪せ、ところどころ切れた古びたリボン。
「あとはよろしく頼むわ、吹雪」
 少女は手をひらひらさせ、長い髪をふわりと揺らめかせながら走っていった。
 途中で一度振り返り、微笑む。そして木立の向こうへと消えていった。

   

 しばらく、吹雪はその場に立ちすくんでいた。
 今の会話が一体なんだったのか、よくわからない。彼女は何を頼んでいったのだろうか。
「吹雪ちゃん?!」
 背後から聞き慣れた声が呼び掛けてきた。走ってきたのか、千尋の息が少し乱れている。
「あ、ああ……」
「ぽけっとしてどうかしたの? 美少女に誘拐されたって聞いたけど?」
「あ、いや、別に……」
 自分でもよくわからない状況だけに、今のやりとりを説明できるはずはなかった。
 千尋の顔を見た後、ふと思い出したかのように、吹雪は自分の右手に持っていたリボンを差し出した。
「あ、これ預かった」
 千尋の大きな手のひらにのせられたリボン。それをじっと見ていた千尋が、突然大きな声を出した。
「吹雪ちゃん、コレ! どうして吹雪ちゃんが持っているんだ?!」
「あ、さっきの長い茶髪の女のコがアンタに渡してくれって。それから伝言『今までありがとう。しあわせにね』。って小林千尋?!」
 吹雪は千尋が一瞬泣くのかと思った。それくらい、吹雪の伝言を聞いた瞬間の千尋の表情はいつものものではなかった。
「ラッシー……」
 小さくそうつぶやく。
「ラッシーって、亡くなった犬の?」
 突然で出てきた今はもういない千尋の飼い犬の名前。それが今の状況にどんな関係があるのか吹雪にはわからなかった。
 少し呆然としたあと、千尋は小さな声でつぶやくように説明しだした。
「……これは俺が初めてラッシーに買ったリボンなんだ。とっても気に入ってくれて、古くなっても捨てるに捨てられなかったものだった。それで子供の頃ラッシーと一緒に埋めたんだ。埋めた場所は俺とラッシーしかしらない筈なのに……」
「じゃあ、さっきの彼女……?」
 2人は顔を見合わせる。
 まさか、そんな事が……?
 言葉には出さない疑問が視線で交わされる。
「……大好きだ、って言ってた。いつだってどんな時だって一番だって」
 これも伝えておいたほうが良いと思った。
 まっすぐに吹雪を見つめながらそう言った言葉は、本当は千尋本人に伝えたい言葉だと感じたからだった。
「そっか……」
 千尋は目を細め、かすかに微笑む。
「ありがとう、吹雪ちゃん」
 そう言ったかと思うと、突然、千尋はコツンと吹雪の肩に頭を乗せた。
「ちょ、ちょっと?!」
「……悪い。ちょっとだけ肩、貸してくれ」
 その声があまりにも切なくて、吹雪は何も言えなかった。
 顔のすぐ横にあるやわらかそうな髪。それにそっと手を伸ばす。
 そして、一度だけ、吹雪は千尋の髪を撫でた。
 

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

第4作目、いかがでしたでしょう?
少々遊んでしまいました。
人形師につかの間の身体を借りたというところでしょうか?(笑/わからない人ごめんなさい)
でもちーさんにはちょっと切なかったかな?
ラッシーがらみの話を書きたいなぁと思っていたら、なんだかすんなり出来上がってしまいました。
ちーさんを『千尋』と呼び捨てにするところも気に入っています(まわりの女のコはできないでしょう)。
途中に出てきた「新しく来たあのコ」。はい、小ラッシーのことです(笑)
LaLa4月号を読んで、つい入れてしまいました(読んでいない人ネタバレしてごめんなさい)。
妙に気に入ってしまった小ラッシー。そのうち小ラッシーがらみのお話、書きたいと思います。
最後に、けんさん派の皆様には申し訳ありません!
今年はもう少しけんさんにちゃんと登場してもらう筈だったのです……(^^;) 
次作はもっと……、たぶん……?