突然決まって、突然出発した修学旅行。
たくさんの思い出を持ち帰ったその旅行からしばらく経ったある日のことである。
昼休み、昼食のお手製弁当を食べ終えた吹雪のところに大和がてけてけと走ってきた。
「吹雪ちゃん、吹雪ちゃん、見た?」
「何を? 小林クン」
「廊下にね、修学旅行の写真が貼られてるの。一緒に見に行かない?」
「うん、行く♪」
大和の誘いに二つ返事で吹雪は答えると、急いで食べ終わったお弁当箱を巾着にしまった。
2人が廊下に出てみると、壁一面にたくさんの写真がはり出されていた。日程を追うように順番に並べられている。写真の横には番号が書かれてあり、欲しい写真があれば申込み用紙にそれを書いて写真申込みBoxに入れるという仕組みになっていた。
「うわぁ、いっぱいあるね。あ、ボク写ってる。こっちにも!」
大和はたくさんある写真を1枚ずつ丁寧に眺めていた。クラスのみんなと大勢で写っているのが嬉しい様子である。
はしゃぐ大和を吹雪は笑顔で見つめていた。
大和の嬉しい顔を見ていると、自分も嬉しくなるような気がする。
「吹雪ちゃん、どうかした? 写真見ないの?」
吹雪の視線に気づいた大和が不思議そうな顔で吹雪に訊いた。
「えっ? う、うん、写真ね。見てるわよ。あ、ほら見て、健吾がつらそうな顔してる」
「うわぁ、ホントだ。健吾クンつらそうだ。辛いの食べた時の顔だね」
くすくすと楽しそうに2人は笑った。
それから2人は別々に壁の写真を眺めた。
吹雪もたくさんの写真の中から自分が写っているのを探し始める。
1枚、また1枚と眺めているうちに、その時を思い出す。
楽しかったけれど、いろいろとあった修学旅行だった、と。
ふいに、とある1枚に吹雪の目が止まった。
いつ撮られたのだろうか。それは、吹雪と千尋の2人だけで写っているものだった。
人通りの多い街中で騒音がうるさかったせいか、少しだけ顔を寄せて会話している2人。
千尋は笑っていた。その笑顔は、吹雪が、吹雪だけが知っている笑顔であった。罠を考えている時のではない、特別な笑顔。心があたたかくなるような、思わずドキドキしてしまう笑顔だった。
そして、吹雪は自分を見て驚いた。
千尋の前で自分はこんな笑顔を見せていたのか、と。
写真の中の自分は笑顔だった。けれど、どこか雰囲気が違う。自分で言うのも変なのだが、どこか女のコっぽい感じの優しい笑顔。よく見れば、頬がほんのりと赤い。
自分じゃないように見えるけれど、確かにそれは自分。
千尋の前にいる自分。
こんな笑顔をさせたのは、千尋なのかと吹雪は考える。
くすぐったいような心地。吹雪の心がとくんと大きく響いた。
その1枚をじっと見つめていた吹雪の横から、大和がひょいと顔を覗かせた。
「吹雪ちゃん、何見ているの? わっ、吹雪ちゃんと千尋クンだ! なんだか恋人同士みたいだね」
「こ、小林クンったら、な、何言うの?!」
吹雪は顔を赤くして慌ててその写真を手で隠す。
恋人同士。
思わず自分でもそう思ってしまったことである。
自分以外が見てもそう思えるのだと知って、恥ずかしくなる。
「吹雪ちゃんも千尋クンも笑ってて楽しそうだね。吹雪ちゃん、もう一回見せて」
大和の頼みに否は言いたくはないけれど、こればかりはどうぞと言う訳にはいかなかった。
「こ、こんな写真、見なくてもいいわよ! それに、ほら、そう、ピンボケだったから。見たって楽しくないわよ」
そう言ったかと思うと、吹雪はペリッと写真をはがして抜き取った。
「あっ」
「こ、この写真は他の人が見てもおもしろくないからはがした方がいいの。燕センセには私から直接言っておくから。それじゃっ」
「吹雪ちゃん?」
早口で言いたいことだけ言うと、吹雪は写真を持ったまま廊下の向こうへと駆けて行った。
「変な吹雪ちゃん」
大和は首を傾げながら吹雪が消え去った方を見つめていた。
「おい、どうかしたのか?」
「あ、健吾クン」
「お前も写真見ていたのか? ん、どうしてここだけ空いてるんだ?」
健吾はぽっかりと写真1枚分空きのあるスペースを指差した。
「あ、そこの写真、吹雪ちゃんが持っていっちゃったの。すごく可愛く笑っていた吹雪ちゃんだったんだけどなぁ」
「そうか……。それは見てみたかったな」
健吾はぼそりと小さくつぶやいた。
◇ ◇ ◇
人の気配のない家庭科準備室の前の廊下の端で、吹雪は立ち止まって大きく息を吐いた。
何も逃げ出すことないのに。
口には出さずにそう思う。
しかし、あの場に留まることはできなかった。
吹雪は手に持ったままの写真を見る。
なんとなく、他の人には見せたくない写真である。
「何、見てんの? 吹雪ちゃん」
「きゃっ」
いつ現れたのか、背後からひょいと手が伸びて来た。
その手はサッと吹雪の手から写真を取り上げる。
「ち、千尋?!」
吹雪が振り返ると、そこには今手に取ったばかりの写真を眺めている千尋が立っていた。
一番見られたくない人に見られたかもしれないと、思わず思う。
「これ、修学旅行の写真?」
「そ、そうみたい」
「ということは、壁に貼ってあった写真だよね? 何で、吹雪ちゃんがコレ持ってるの?」
「べ、別に大した理由はないわよ」
まさか、千尋との2ショットの写真を他の人に見られたくなかったからとは言えない。
「ふうん、吹雪ちゃんと俺の2ショット、ね」
千尋はにやりと唇に笑みを浮かべる。
「もしかして吹雪ちゃんはこの写真を一人占めしたくて思わず持って来ちゃった、とか?」
「!」
「俺との2ショットだもんね、嬉しくて持って来ちゃったんだ♪」
うんうんと千尋はわかったふうにうなずいた。
「べ、別に嬉しくなんか……」
吹雪は赤い顔をしながら反論しようとしたが、語尾は消えつつある。
嬉しいかどうかは別として、こんなふうに笑っている自分が不思議で、でもそれを知った時の気持ちは心地よかったのは確かである。
「俺は嬉しいよ。こんなふうに吹雪ちゃんが可愛い笑顔を俺に向けてる写真があったこと」
ヒラヒラと千尋は写真を揺らしながら微笑んだ。
吹雪の頬がさらに赤く染まっていく。
「これ、俺が持っててもいい?」
「えっ、どうして?」
「どうしてって、せっかく吹雪ちゃんとの2ショットなんだから、持っていたいじゃない? だから」
「で、でも……」
「大切にするから」
にっこりと微笑みかける笑顔に、吹雪は負けてしまい、小さくうなずく。
「誰にも見せないでくれるなら……」
「ありがと、吹雪ちゃん」
「え、いや、私は別に……」
素直にお礼を述べられて、吹雪は戸惑う。その写真は黙って持ってきてしまった写真である。
「確か、学校から一番近いコンビニにカラーコピー機あったよね?」
突然脈絡もなく千尋がつぶやく。
「あったと思うけど、それが?」
「とりあえずB4くらいでいいかな」
「B4?」
「コレ、拡大コピーして部屋に飾っておくから♪」
「バ、バカなことしないでよ!」
ただでさえ2ショットで気恥ずかしい感じがするのに、そのうえ拡大コピーなどされたらたまったものではない。
「別に俺の部屋に飾っておくだけなんだからいいだろ?」
「ダ、ダメ! 千尋の部屋っていったって、小ラッシーはともかく、家族の人が、真尋さんが見るじゃない! 絶対ダメ! そんなことするんだったら返して!」
吹雪は慌てて千尋の手から写真を奪い返そうとした。が、あまりに慌てたせいか、足下がふらついてしまう。そして、そのまま前に倒れそうになった。
「きゃっ」
廊下に激突かと思われたが、千尋は素早く吹雪を抱きとめた。
「危ないなぁ」
「ご、ごめん……」
自分のドジでさらに吹雪は恥ずかしい心地になる。
千尋に迷惑をかけたと思いつつうつむいたままでいると、急に千尋の腕に力が入り、抱きしめられる。
「ち、千尋?!」
「……そんなに俺との2ショットを他の人が見るのはイヤ?」
「えっ?」
「俺と一緒に写っていること自体イヤ?」
思わず顔を上げて千尋の顔を見た。
その途端、吹雪の心がしめつけられるようだった。
先ほどとは違う、悲しみの色を浮かべた瞳がそこにあった。
「……千尋?」
返事はなかった。千尋はただじっと吹雪の顔を見ていた。吹雪の背に回された腕の力はそのまま。それが返って切なくなる。
千尋はきっと自分との2ショットが単純に嬉しかったのだろう。からかったわけでも、他意があるわけでもない。それなのに、あんなにイヤがったから、誤解させてしまったのだと、吹雪は思った。
そうじゃない。
こんな顔をさせたいわけじゃない。
吹雪は視線をまっすぐに千尋に向けたまま、小さく告げる。
「……イヤじゃないよ、千尋と一緒の写真でも。でも、私がこんな顔で笑っているのを見られるのはイヤ」
「どうして?」
「だって……、そんな顔で笑ってるのはいつもの私じゃないみたいで恥ずかしいから……」
吹雪はゆっくりと視線をそらした。
わかる人にはわかってしまうだろう。この笑顔がどんな意味を含んでいるのか。
しばらく無言だった千尋が、ふっと小さく息を吐いた。
「わかった。これは誰にも見せない」
「ホント?」
「こんな可愛い吹雪ちゃんを見せるなんてもったいない。俺が一人占め」
再び千尋の顔を見上げると、そこにはさきほどの切ない表情はどこにも見えなかった。
千尋の顔に笑顔が戻り、吹雪はホッとする。
この写真を誰かに見られるのがイヤだったのは、確かに自分の笑顔を人に見られるのがイヤだったからである。
けれど。
もしかしたら、千尋の笑顔を他の人に見られるのがイヤだったのかもしれない。
写真の千尋の笑顔は吹雪だけに向けられたもの。
吹雪の笑顔と同じように、千尋の笑顔には吹雪への気持ちが込められているから。
この写真は誰にも見せない、2人だけのもの。2人だけが知っている、大切な瞬間のものなのだから、それは2人だけで大切にしていたい。
「ねぇ、千尋。カラーコピー、1枚だけしてもいいよ」
「えっ?」
「でも、それは私の分。私もその写真、持っていたいから」
「じゃ、今日の帰り、一緒に行く?」
千尋の言葉に、吹雪はこくんと笑顔でうなずいた。
Fin
<ちょっとフリートーク>
ネタに困って書いたんですけど、いかがなものでしょう?(ドキドキ)
なんとなくできたという感じなのですが(汗)
しかし、まぁ、学校の中で抱き合っちゃってるのはまずいかも。しかも昼休みです(^^;)
2人の一瞬を写した写真。
壁に貼ってあった以上、他の人も見ている可能性もありますよね。
みどりちゃんあたりに見られていたら、あっという間に広まってしまうかも?
それにしても、タイトルが普通すぎ(大汗)
remembrance = 思い出、記念 なんですよ。
photo(写真)じゃないだけマシ?
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