Scene32 想いを届けて
(『おまけの小林クン』より)


 言葉にしなくても伝わる想いがある。
 言葉にして欲しい想いもある。
 たまにはキミの声で想いを届けて欲しい。

 

「吹雪ちゃん、好きだよ」
 何の前置きもなく千尋はささやいた。
「な、何言ってんのよ?!」
 あまりに突然のことで、吹雪は驚く。思わず手に持っていたプリントを床に広げてしまった。
「好きだから好きって言ったの。どこか間違ってる?」
 千尋はプリントを拾い集めて、まだ呆然と立ちすくむ吹雪に渡す。
「い、いや、間違ってはいないけど……。ほ、ほら、時と場所を考えた方が……」
 吹雪は慌ててまわりを確かめる。
 幸いというべきか、放課後の教室には2人っきりだった。
「ちょっと夕陽の差し込む教室で、他に人はいなくて、この状況はこういう台詞を言うにはバツグンのシチュエーションだと思うけど」
 そう、確かに千尋の言うように、今の状況はまるで定番の少女マンガに出てくるようなクライマックスシーンなのかもしれない。
 しかし吹雪にとってはそんなシチュエーションが自分に似合うとは思っていないだけに、どうしても戸惑ってしまう。
「俺は別にみんながいる昼休みとかに言ってもいいけど。なんなら明日もう一回やりなおしする?」
「えっ、い、いい! そんなことみんなの前でなんか言わなくていい!」
 吹雪は大慌てで首を振る。
 みんながいるところでのその台詞。いくらみんなも2人の仲を知っていても、そんな台詞を他の人に聞かれるのはイヤである。
「前に吹雪ちゃん言ったよね。『好きになって欲しい時は自分から好きだって言わなきゃ』って」
「それは言ったかも……」
「だから、言ってんの。俺は吹雪ちゃんが好きだって。吹雪ちゃんにも言って欲しいから」
「え、そ、そんなこと、改めて言わなくても……。千尋、私の気持ち知ってるでしょ?」
「知ってるよ。でも吹雪ちゃんは一度もそれを言葉にしていない」
「!」
 気づいていたんだ、と吹雪は思った。
「俺は何度も言ったよ。それに何度でもどこででも言える。それなのに吹雪ちゃんは一度も言ってくれない。それってずるくない?」
「ずるいって言われても……」
 気がつけばそばにいて、そしていつもそばにいるようになって、いつの間にかつき合い始めていた。
 そんな恋の進み方であった。
 千尋からの言葉はあっても、自分からはっきりと言葉にしたことは確かになかった。
 でも今さら恥ずかしくて吹雪には口には出して言えそうにない。
 お互いの気持ちがわかっているのであればそれでいいのではないかと思っていた。
 しかし千尋は吹雪の考えとは反対に言葉を求めてきた。
 2人の間にそういう言葉がなくてもいいのは千尋もよくわかっている。
 ただ、時々吹雪の気持ちが気になる。
 吹雪を想うのは自分1人ではなかったから。これからだっていつ吹雪を想う男が現れるかわからない。
 もちろんそう簡単に他の男に渡すはずはない。吹雪の心を他に向けさせない自信もある。
 しかし時々自分でも思ってみない時に、不安、いや不安とさえ言えないほどの小さなささくれのようなものに引っ掛かる。
 吹雪はちゃんと自分を、自分だけを見てくれているのか、ということに。
 だからこそ、吹雪本人から聞きたかった。
「俺はちゃんと聞きたい。吹雪の声で、吹雪の想いを」
 千尋はそっと手を伸ばし、吹雪の頬に触れる。
 千尋の指が触れるところが熱く感じる。
「好きだよ、吹雪」
 呼び捨てにされた時の言葉はまるで魔法である。甘いささやきは、心を溶かし、何も考えられなくなる。
 いつもは気軽に呼ぶくせに、時々真面目な顔で呼び捨てる。そんなふうに呼ばれると、ドキドキして逆らえなくなる。
 その方がずるい、と吹雪は口に出さずに思った。
「何度でも言うよ。好きだ」
 千尋が好きだと言う度に、もっと俺のことを好きになって、と言っている感じがした。
 言葉にしなくても伝わってはいる。
 だけど、言葉にしなければならない時があるのだと、吹雪は思った。
「私も……、……き、だよ」
 うつむき加減に口にした言葉は小さくて、肝心なところはさらに小さくなる。
「聞こえない」
 千尋はそう言いながら指を吹雪のまぶたに持っていく。そしてそっと静かに瞳を閉じさせる。
「もう一度言って」
「私も、千尋のことがす……」
 最後の一音が消える。
 夕陽に照らされた2つの影が1つになっていた。
 吹雪の想いを乗せた言葉は、千尋の耳ではなく唇に届けられた。

 言葉にしなくても伝わる想いがある。
 言葉にして伝えたい想いがある。
 想いは必ず届いている。
 




  

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

ついに書いてしまいました。
というか、ちゃんと書いてませんが、ラストはキスシーンで終わっています。
言葉が欲しいといいつつ、最後まで言わせてません、ちーさんったら……(^^;)
えっと、これは8巻収録の奪われちゃったシーンを忘れたくて、別のキスシーンを考えたというのが本音です(^^;)
アレ、私はすっごいショックだったので。
ちーさん、気にしてないようだけどね。
(でもこの先コレがどんな伏線になっているかわからないぞ)
ホントは本誌でまだ(あえて『まだ』としておく)キスシーンが出てきていないので
UPしようか迷ったんですが、せっかく書いたのでUPしました。

    

   

  


 

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