野球のユニホームを着た慎吾がひまわり商店街のメインストリートを歩いていた。
どこからか聞こえるのはクリスマスソング。有名なそれがくり返し聞こえてくる。
今日はクリスマスイブ。
かといって、慎吾にはそれほどクリスマスには興味がなかった。そんなことより、今は野球の事しか考えていなかった。
午後1時を少し過ぎた時間。すでにユニホームは汗で汚れていた。
今日は朝から少年野球チームの練習があったのである。
いつもの休みの日なら午前中から夕方までびっしりと練習するのだが、珍しく今日は午前中だけの練習であった。
本当はいつもと同じように練習したかったのだが、コーチは早く練習を切り上げたのだ。
仲間内ではコーチが彼女とデートの約束があるからだと噂していた。
今日はなんていってもクリスマスイブである。
コーチだって小学生の相手をするよりも、彼女の相手をする方が大事であろう。
いつも一生懸命教えてくれるコーチだし、今日くらい自分達から解放してあげても良いかなとみんなも思っていた。
久しぶりに時間のできた慎吾は、帰りがてらマンガでも買おうかと思い、本屋に向かっていた。
「あ、慎吾クン!」
急に後方から自分を呼ぶ声に慎吾はドキッとする。聞き覚えのある女の人の声。
その声が聞こえたかと思うと、いきなり背後から抱きつかれた。
「わっ?! ね、姉ちゃん?!」
「慎吾クン、久しぶり」
「う、うん」
アレ以来あまり会うことがなく、久しぶりの抱擁に少し頬を赤くして、慎吾は照れたようにうつむいた。
「今日はどうしたの? これから野球の練習?」
「あ、練習は終わって今帰るとこ」
素っ気なく慎吾は答える。
久しぶりだからなのか、吹雪はぎゅっと慎吾を抱きしめていた。そのせいか、甘い香りがいつもよりも強く鼻をくすぐった。
「いつまでそうしている気? そろそろ解放してあげれば? 吹雪ちゃん」
突然慎吾と吹雪を引き離そうとする声が聞こえてくる。
久しぶりだったのに、とぶつぶつ文句を言いながらも、その言葉に従うかのように、吹雪は慎吾から離れた。
誰の声だろう?
聞いたことがあるようなないような、そんな男の声。
慎吾は声の方を振り向いた。
吹雪のすぐうしろに立っていた一人の男。どこかで見た覚えがあるような気がして、慎吾は首をひねった。
「健吾クンの弟だよね? ちょっと生意気そうな顔はお兄ちゃんに似てるけど、まだお兄ちゃんよりかわいいかな。俺も抱きしめちゃおうっと♪」
にやりと笑ってそう言ったかと思うと、吹雪と同じように背後から抱きついてきた。
「な、何すんだよ、放せ! 男になんか抱きつかれたくない!」
慎吾はじたばたと両手を振って、突然の抱擁から逃れようとした。
「男はイヤで、女ならイイって? ますます抱きしめたくなっちゃっうなぁ♪」
「うわぁ、放せぇ!」
「千尋! アンタ私に離れろって言っておきながらなんてことするのよ。慎吾クン、嫌がってるじゃない。アンタこそいいかげんにして放しなさい!」
見るに見兼ねた吹雪が止めに入る。
「もう何やってんのよ。人の嫌がることはしない。いいわね?!」
「はーい」
おどけた感じでぱっと千尋は慎吾から手を離した。
「大丈夫? 慎吾クン?」
吹雪が少し腰を落として目線を慎吾と同じ高さに持って行く。
目の前に優しい吹雪の笑顔があって、慎吾はさらに顔を真っ赤にした。
「あ、うん。大丈夫……」
久しぶりに近くで見た吹雪に、慎吾は心臓が高鳴っていた。
もっと吹雪の顔を見ていたいと思っていたのだが、そううまくはいかず、再び邪魔が入る。
「吹雪ちゃん、そろそろ行かないと時間に遅れる」
「あ、そうね」
慎吾を見つめていた吹雪は姿勢を戻し、千尋のそばへと行ってしまった。
「これからどっか行くの?」
「うん、映画館にね」
笑顔で答える吹雪に、慎吾はある不安がわきあがり、思わず訊いてみた。
「……もしかしてデート?」
「デ、デートってほどのもんじゃないわよ! たまたま私が映画の招待券を持っていて、たまたまコイツが暇で、だからたまたま誘っただけで、それで一緒に行くだけよっ」
「吹雪ちゃんが誘ったくせに暇って言われるのは心外だなぁ。それに俺はデートのつもりだよ♪」
吹雪の肩を抱きながら、千尋はにっこりと微笑んだ。
「アンタは黙ってなさい」
言葉では素っ気無い振りをしているけれど、頬を赤く染める吹雪の様子に、慎吾はさらに不安に思う。
しかし、それ以上は何をどう聞いていいのかわからなかった。
「じゃあ、またね、慎吾クン」
「あ、うん……」
手を振って先を急ぐ吹雪を、慎吾は立ち止まったまま見送った。
どういうことだ?
姉ちゃんは兄ちゃんのことが好きだったんじゃないのか?
だから兄ちゃんに単語帳を作ってあげたんじゃないのか?
オレは姉ちゃんの相手が兄ちゃんだと思ったんだ。
兄ちゃんはカッコ良くてオレの理想だから。
兄ちゃんが相手なら仕方がないと思ったんだ。
それなのに。
それなのに!
慎吾は大急ぎである場所へと向かった。
「兄ちゃん!」
「慎吾? どうした、大きな声を出したりして」
そこは最近出来たばかりのビルの中に入っている、とあるケーキ屋さんの前だった。
サンタクロースの赤い衣装を身につけた健吾がクリスマスケーキを売っていた。
いくらバイトとはいえ、似合いもしないサンタクロースの衣装を着ている兄の姿に慎吾は少し情けなく思う。しかし今はそれどころではない。
「兄ちゃんは姉ちゃんとつき合ってるんじゃないのか?!」
いきなりの質問に、健吾は手に持っていた一番大きなケーキの箱を落としそうになった。
「な、なんだ、いきなり。姉ちゃんって、委員長のことか?」
「他に誰がいるんだよ!」
すごい剣幕の慎吾に迫られ、健吾は一瞬答えにつまった。ほんの少しの間、2人の視線がぶつかりあう。
やがて小さくため息をつき、健吾は答えた。
「俺は……、委員長とはつき合ってはいない」
「嘘だろ?! じゃあ、姉ちゃんがつきあってるのは、あのちょっと馴れ馴れしくって調子の良い男の方なのか?」
曖昧な表現ではあるが、健吾は慎吾の言うその男のことがすぐに思い浮かぶ。
「それって千尋のことか? 委員長、千尋と一緒にいたのか?」
「いたよ! そうだ、その千尋って名前の男だ! これから一緒に映画見るんだって。映画館に2人で一緒に行くのって恋人同士がすることじゃないのか!? なぁ、兄ちゃん!」
吹雪が千尋と一緒にいた。
今日のクリスマスイブ、健吾は思いきって吹雪を誘おうと本当は思っていたのだ。映画でも何でも、2人だけでどこかに行きたいと考えていた。
けれど、言い出すタイミングがつかめなかった。そのうち割のいいバイトがあるからと知人に頼みこまれ、それを断ることができず、結局誘うことはできなかった。
吹雪が千尋を誘うということは考えにくいから、たぶん千尋から誘ったのだろう。たぶん、気軽にさりげなく。それは自分にはできないことだと健吾は思った。
「兄ちゃん、何で黙ってんだよ?!」
「映画にいったからって恋人とは限らないが……。そうか、委員長、千尋と一緒にいたのか」
「いたよ……。兄ちゃんがこんなところでバイトなんかしているから、姉ちゃんはあんなやつ誘うんだ」
慎吾がぼそりとつぶやいた言葉を健吾は聞き逃さなかった。
「おい、慎吾。その映画は委員長が誘ったのか?」
健吾は信じられなかった。大和ならともかく、千尋を吹雪が誘うことなんて、考えもしないことだった。
「そうだよ、そう言ってた」
「委員長が千尋を……」
健吾は頭の中が真っ白になる。
「兄ちゃん?」
「……」
「兄ちゃん!」
何度も呼ぶが、健吾は考え込んだままで返事をしない。
「なんだよ、さっきから黙ったままで! どうして兄ちゃんは姉ちゃんと一緒にいないんだよ?!」
慎吾は次第にイライラを募らせ、思わず健吾の衣裳につかみかかった。
「なんでアイツと一緒なんだよ?! 兄ちゃんのせいなのか?!」
「……委員長が千尋と一緒にいたからって俺を責めるな。委員長が誰といようと、それは委員長の自由だ」
「アイツに姉ちゃんを取られてもいいのかよ?!」
「黙れ、慎吾」
「なぁ、兄ちゃん、どうなんだよ?!」
「うるさい!」
健吾は思わず慎吾の手を振り払う。その拍子に健吾の手が慎吾の頬に当たった。
「あっ、慎吾、大丈夫……か?」
偶然ではあるが、弟の顔を叩いてしまった形になり、健吾は心配して手を伸ばした。しかしその手をさけるように、慎吾は一歩あとずさった。
「兄ちゃんがこんなはっきりしない奴だと思わなかった! 姉ちゃんの相手が兄ちゃんじゃないならオレは諦めないからな!」
「慎吾?!」
「兄ちゃんのバカ!」
ハッキリとしない兄の態度に慎吾は我慢できなくなった。思わず怒鳴って駆け出した。
兄ちゃんなんか……、兄ちゃんなんか!
兄ちゃんだからオレはまかせようと思ったんだ。
なのに、なんで!
だったらオレもあきらめない。
早く大きくなって姉ちゃんの隣に並ぶんだ。
兄ちゃんにもあの千尋ってヤツにも絶対に姉ちゃんは渡さないからな!
慎吾は急いで家に帰ると、冷蔵庫に入っていた1リットルパックの牛乳を一気に飲み干した。
Fin
<ちょっとフリートーク>
クリスマスネタ第3弾です。
あ、いや、クリスマスネタじゃなくてもいいんですけどね。
LaLa1月号を読んだ後に書き出したものです。
だから最初はクリスマスネタじゃなかったんですが(^^;)
この話は、デート中のちーさんと吹雪ちゃんを見て、ちーさんにライバル意識を持つのが慎吾クンが書きたくて書き始めました。
でもちーさんにというよりもお兄ちゃんにつっかかり過ぎ?
けんさん、慎吾クンに責められ過ぎてます(^^;)
それから、サンタけんさん、意外に似合うと思うのは私だけでしょうか?
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