12月24日、クリスマスイブ。
今日は例の約束をした日である。
朝から、いや約束をした日からずっと、吹雪は落ち着かなかった。
誰かと2人っきりでクリスマスイブを過ごすのは初めてである。そして相手はあの千尋である。
少し前までは考えもしなかった相手ではあるが、間違いなく吹雪は千尋を選んだのである。
相手が相手だけに、一体どんなクリスマスイブになるのか、吹雪は予想ができなかった。
そわそわしながら、吹雪は外出の準備をしていた。
服を着替えて、髪をきれいに編み込んでまとめあげたところだった。
突然、吹雪の携帯電話からメールの着信音が聞こえてきた。
「誰よ、こんな時に」
文句を言いながらも吹雪はメールをチェックする。
発信者は千尋であった。
『ごきげんいかが?
待合せの時間に遅れてもいいから、おめかしして来ること。
それじゃ、またあとで♪』
「なによ、千尋ったら。わざわざこんなメール送ってこなくても……」
そうぼやきながらも吹雪は自分の姿を鏡で見た。
黒のタートルネックのセーターにグレーのプリーツスカート。前日からあれこれと選んだわりには、あまり普段学校へ行くのと変わらない格好である。
スカートは買ったばかりのものとはいえ、いまいち気合いが足りないかもしれない。
「やっぱりクリスマスだからワインレッドのワンピの方がいいかなぁ。あ、でもこれは去年着たし。あっ、茶色の袖なしワンピにジャケットの上下セットでもいいかな。襟の白いふわふわはクリスマスっぽいかも。でもあの服だとこの髪型じゃあわないし……。どうしよう……。う〜ん、まだ間に合うわよね」
時計を気にしつつ、吹雪は素早く着替えて鏡の前に座る。せっかくまとめあげた髪をとめていたピンを急いで抜いて髪をとかす。
「下ろしている方がいいわよね」
肩よりも少し長くなった吹雪の髪がさらさらと揺れる。
下ろしただけではなんとなく物足りなかったので、細い三つ編みを何本か左右の耳の横に作り、器用にピンでとめた。
「こんなもんかな」
鏡にはにっこりと微笑んだ吹雪が映っていた。
引き出しに余ったピンを戻そうとした時、何気なく1本の口紅に目にとまった。
「この口紅……」
吹雪はそれを手に取った。少し考えた後で、キュッとケースを少し回して口紅を出す。そして形の良い唇に塗った。
薄めの赤とオレンジのちょうど中間のような微妙な色。口紅といっても、この色はつけても派手な印象を与えることもなく、吹雪によく似合っている。
それは以前千尋からもらった口紅だった。
「これでもう大丈夫よね?」
吹雪はもう一度全身が映る鏡の前に立つ。
「これで文句なんか言ったら殴ってやるから」
物騒なことをつぶやきつつ、カバンに財布やハンカチなどを入れる。
そうしてもう出発しようかと思った時、ノックの音が聞こえてきた。
「お姉ちゃん、ちょっといい? わっ、どうしたの、その格好」
吹雪が返事をする前に、妹の深雪が部屋に入ってきた。入ってくるなり、深雪は驚く。
「な、なに?何か変?」
慌てて吹雪は自分の全身を確かめる。
ファスナーは締め忘れていなし、着ているものにはシミも汚れもないはずである。他に何か変なところがあるのだろうか。
心配そうな顔をする吹雪に向かって、深雪は首を左右に振った。
「あ、全然変じゃない。いつもよりも大人っぽい感じがしたからどうしたのかと思っただけ。でも、うん、イイ感じ」
「そ、そう?」
「お姉ちゃん、デートでしょう? いいなぁ、素敵な彼氏がいる人は」
「か、彼氏って別に……」
ほんのりと吹雪の頬が赤く染まる。
「いいの、いいの隠さなくても。楽しんできてよね。あ、そうそう、お姉ちゃん、この前買ったカーディガン借りていい?」
「そのへんにあると思うから、持って行ってもいいわよ。但し、汚したら承知しないわよ」
「わかってるって」
「ホントにわかっているの? この間貸したスカートだってジュースこぼしたんだから。それに……」
「ほ、ほら、お姉ちゃん、そろそろ行かないと時間に遅れちゃうんじゃない?」
状況が不利になったかと思った深雪は慌てて吹雪の出発を急かした。
「あ、そうね。じゃ行くけど、ホントに気をつけてよ」
「うん、わかってる。行ってらっしゃい。あ、お姉ちゃん」
「何?」
階段を降りかけたところで吹雪は振り返る。
「美形の小林さんによろしくね♪」
深雪の言葉に思わず階段を踏み外しそうになる。
「み、深雪?! なんで、今日の相手が千尋だって知ってんのよ?!」
「だって、その口紅、小林さんからもらったものでしょ? 小林さんじゃない人に会うのにその口紅つけないよねぇ」
深雪は千尋並みににやりと笑う。
「こ、この口紅はただ単に気に入っただけだからつけただけよ! 会う相手とは関係ないってば」
「そうかなぁ。綺麗な色だから貸してって言っても絶対貸してくれなかったわよね? それってその口紅大事にしてるってことでしょ? そんな大事な口紅なんだもん、それをくれた人って特別な人よね。クリスマスイブを一緒に過ごす人って特別な人でしょ? だったらやっぱり今日お姉ちゃんが会う相手は……」
「深雪!」
吹雪は最後まで言わせないように怒鳴った。
「だ、誰が相手でもいいじゃないの! アンタには関係ないでしょ! それにこの口紅貸さなかったのはアンタにはまだ早いからよ!」
そう言いながらも吹雪の顔が次第に真っ赤になっていく。
「関係ないのはそうだけど。何もそんなに照れなくてもいいじゃない。あ、わかった。お母さんや雪人には内緒にしておきたいんだ。クリスマスイブに特別な人と過ごすんだって知ったら、お母さん、うるさいもんね。きっとどんなことがあったのか楽しそうに訊くわよ」
「深雪!」
「あ、あった。じゃ、借りるね〜」
言いたいことだけ言ったあと、深雪は吹雪がいろいろと広げた服の中から目当てのカーディガンを見つけると、何ごともなかったかのように吹雪を追い越して階下へと降りて行った。
そんな深雪の後を追うわけでもなく、吹雪は少しの間呆然としていた。
「……あのコ、口紅くらいでどうしてそこまでわかるのよ……」
深雪の鋭い言葉に、思わず吹雪は感心してしう。
「あっ、と、時間。遅れてもいいとか言っておきながらホントに遅れると、罠なんか用意していそうなんだよね。遅れないように行かないと」
吹雪は急いでブーツを履くと、玄関を出た。家から待ち合わせ場所までは歩いて15分。ぎりぎり待ち合わせ時間には間に合いそうである。
吹雪は軽い足取りで待ち合わせ場所に向かって行った。
そんな吹雪の後ろ姿を、少し遅れて玄関を出た深雪は見つめる。
「あんなに楽しそうなお姉ちゃん、初めて見た。よっぽど今日のデート楽しみにしていたんだ」
吹雪にとって、これから楽しい時間が待っているということが、はた目で見ても感じ取れるのだった。
Fin
<ちょっとフリートーク>
クリスマスネタ第2弾。
デート当日の吹雪ちゃんの様子です。
オシャレする吹雪ちゃん(しかも口紅付)。ちーさん、メール出しておいて良かったね〜(笑)
深雪ちゃんとの会話ですが、姉と違って恋についてはカンが良さそうな感じがするので、
いろいろとつっこんでもらいました。
でもカンが良いというか、吹雪ちゃんの行動がばればれ?(笑)
さて、このあとどんなデートになることやら。
タイトルの『before long』はちーさんとのデートが『まもなく』ということでつけました。
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