Scene25 First Noel
(『おまけの小林クン』より)


 

「ねぇ、ちょっといい?」
 それは4時限目の理科の授業が終わり、後片付けのために理科室に残っていた時のことだった。一緒に片付けのために残っていた他のクラスメート達はすでに教室へと戻っていて、理科室には最後の点検をしていた吹雪と千尋の2人だけであった。
 吹雪は少しうつむき加減に、千尋に声をかけた。
「吹雪ちゃんが俺に御指名とはまた珍しい。何かな? デートのお誘いならいつでもOKだよ♪」
 いつもの調子で千尋は吹雪の肩に手を置いた。いつもならここで吹雪の平手が飛んできそうなものなのだが、何故かそれはなかった。
 吹雪は少しむすっとした様子で一枚の細長い紙をノートの間から取り出した。
「これ」
 吹雪はぶっきらぼうにそう言ってその紙を渡す。千尋はそれを受け取ると、何が書かれているのかを確認した。
「何? 映画のチケット?」
「う、うちのお母さんがくれたのよ。お店の常連さんからもらったらしいんだけど、お母さん映画見ないから私にくれて。それで……」
「それで、俺を誘ってくれるわけ? ホントにデートのお誘いだったんだ。そりゃ、また珍しい」
「ホントは小林クンを誘いたかったのよ! お母さんだって小林君を誘いなさいって……」 
 そう言ったらどう切り返されるのはわかっているのに、つい口に出してしまう。案の定、千尋は思った通りの答えを返してきた。
「吹雪ちゃん、わざと忘れてる? 俺も小林君だけど」
「そ、それはそうだけど……。でも、私は小林クンを、大和クンの方をね、誘うつもりだったのよ。でも映画の内容ってホラーっぽい感じのするものだったから、絶対嫌がられると思ったし……」
 チケットに印刷されている写真は、両手と白い服を血で染めた金髪の女性と、4人のしもべと思われる影を背負った男性が対峙しているものだった。
 その写真を見ただけだと、うきうきするような楽しい映画だとは思われにくい。大和がこの写真を見たならやはり好んで行くとは言わないだろう。
 わざわざ苦手なホラーを誘って、今後警戒されてはどうしようもない。吹雪は大和に訊くこともなく諦めるしかなかった。
「でも、これって確かにホラーっぽい部分も少しあったと思うけど、基本的に恋愛ものじゃなかったっけ?」
 千尋はチケットに書いてある映画のタイトルを確認し、記憶をたどる。最近読んだ雑誌の中にこの映画の紹介があった。
 いつまでも好きな人に振り向いてくれないヒロインが、悪魔にホレ薬を作るためだとそそのかされて血を求めて人を傷つけていく。実は、実体を持たない悪魔が実体化するための儀式に必要な血を集めるためであったのだが、それに気づいたヒロインの憧れの男性は悪魔退治に乗り出すことになる。悪魔にあやつられるヒロインを助けるには真実の愛が必要で……。
 そんなことが書かれていたはずである。
「ホラーにしろ、恋愛ものにしろ、小林クンは見ないだろうねぇ」
 千尋はひらひらとチケットを振った。
 その言葉が正しいだけに、吹雪は反論もできなかった。大和に似合うとなれば、やはりほんわかするような可愛いファンタジーものだと思われる。
「じゃ、健吾くんは? 誘わなかったの?」
「なんで突然健吾の名前が出てくるわけ?」
「いや、別になんとなく」
「アイツは映画自体も見なさそうだし、それにクリスマスイブはバイトだって言ってたから声はかけていないわよ」
「クリスマスイブ?」
「そう。それ、日にち限定の招待券なんだって」
「ふぅん。で、小林クンも健吾クンもダメで、最後に残ったのが俺で、俺は仕方なくってこと?」
 少し意地悪そうに千尋は吹雪に言う。
「べ、別にそういうわけじゃないわよ。アンタだったらこのテの映画も見るような気もしたし、それにせっかくの招待券だもの、無駄にはしたくないじゃない? イ、イヤならいいのよ。別にアンタじゃなくったって……」
 ぼそぼそと言葉尻を濁しながら、吹雪は説明する。
「イヤだなんて言わないよ。吹雪ちゃんからのお誘いなんだから、断るなんてもったいない。でも、どうせなら、素直に俺と行きたいって言って欲しいなぁ」
 千尋はにやりと笑う。
「ねぇ、吹雪ちゃん、俺と一緒に行きたかったら言ってごらん。『あなたと一緒に行きたいの』って♪」 
 からかう千尋の言葉に、次第に吹雪の顔が赤くなっていく。
「だ、誰がそんな恥ずかしいこと!」
「言わなきゃ抱きしめるよ♪」
「バカ! 何言ってんのよ?!」
 吹雪は身の危険を感じたのか、千尋のそばからさっと逃げ出す。
「あ、そんなふうに露骨にされると、俺も傷つくなぁ」
「ア、アンタが変なこと言うからじゃない!」
「一緒に行きたいならそういう言葉をちゃんと言って、っていうののどこが変なわけ?」
 それについては確かに変なわけではないのだが、吹雪の言っている『変』はそれではない。
 言葉にしなければ抱きしめるということを指しているのだ。それは大いに変だと言えるだろう。
しかし、千尋はそれを気にすることもなく、一歩吹雪に近づいた。
「どうする? 抱きしめられる方がいい? 吹雪」
 いつもはちゃん付けで呼ぶくせに、時々それを付けないで呼ぶことがある。そんなふうに呼ばれると、吹雪は何故か逆らえなくなるのだった。
「吹雪」
 立ちすくむ吹雪に一歩一歩ゆっくりと近づきながら、もう一度、千尋は名前を呼んだ。
 優しい声に思わずうなずきそうになるけれど、ここでうなずいては千尋の言いなりになっているようで、それもちょっと悔しいような気がして、吹雪は突然机をバンッと両手で叩いた。
「あー、もう! 小林クンでも、小林健吾でもなく、私はアンタを誘ってんのよ! それで、わかりなさいよ!」
 ついに顔も耳も全部真っ赤になった吹雪はそう怒鳴った。
 その勢いに圧倒されたのか、千尋は珍しく素直にうなずいた。
「あ、うん、わかった……」
「じゃ、24日のクリスマスイブ、13時に駅前で待ってる。それでいいわね?! 遅れたら許さないから!」
 吹雪は言うことだけ言うとその場から走り去って行った。
 あまりの早さに、千尋は一瞬身動きできずに呆けてしまう。
 しかしすぐに千尋は軽く口元にやわらかな笑みを浮かべた。
「まいったなぁ」
 前髪をくしゃっとかきあげて、珍しく顔をゆるめる。
 もしもここに千尋の他に誰かいたなら、その珍しい表情に驚いたかもしれない。
 吹雪の誘い方に素直な言葉がないのと同じように、素直じゃないのは千尋も同じである。本当は吹雪の誘いがものすごく嬉しかったのだ。それなのに、その嬉しさを隠すために表情を変えずに吹雪をからかってしまった。しかし、誰もいなくなったこの場では、その嬉しさをいつものようにはうまく隠せなかった。
 初めて吹雪から誘われた。
 そして吹雪はデートという言葉を否定しなかった。
 大和も健吾も知らない2人だけの約束。
 クリスマスイブのデートである。
「まさか、吹雪ちゃんがこうくるとは思わなかった」
 千尋はぼそりとつぶやく。
「これは必要なくなったって訳だよな」
 そう言うと、千尋は上着のポケットから何かを取り出す。
 それは吹雪が千尋に見せた同じサイズの1枚の紙。
 映画のペアチケットである。
 タイトルは、吹雪が持っていたチケットと同じであった。
「この映画って『この冬恋人と見るのに一番オススメ』になってたんだよね。吹雪ちゃんは知らないようだったけれど。まぁいっか。吹雪ちゃんが誘ってくれたんだから」
 千尋はそう言って、吹雪を誘おうと思って自分で用意していたその映画のチケットを折りたたんで無造作にポケットに戻した。
 そして、吹雪がもってきた方のチケットは折れないように大切にノートの間にはさむ。
 恋人達にオススメの映画だと知ったら、吹雪はどう思うだろうか。どんな表情になるのだろうか。
 そんなことを考えると、当日もっと楽しくなりそうだと、千尋は思った。
 2人で過ごす最初のクリスマスがもうすぐやってくる……。

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

クリスマスネタ第1弾です。
いつもであればちーさんから誘うところですが、これは吹雪ちゃんからちーさんを誘うお話です。
誘い方は素直じゃないですが(笑)
とはいえ、素直になったとしても『あなたと一緒に行きたいの』とは言わないだろうなぁ、吹雪ちゃんは(^^;)
それでも、静さんや小林クンの話題を出しながらも自分から誘ったりするあたり、吹雪ちゃんも成長したのかもしれません。
ちーさんは相変わらずですが、微妙にけんさんを気にしていたりもしています(^^;)
このあと2人のデートがどうなるかは、第2弾へと続きます。
ところで静さんは、どの小林君を指して誘いなさいと言ったのでしょうね(笑)

    

   

  


 

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