Scene23 time for you
(『おまけの小林クン』より)


 

 夏の暑さも過ぎ、涼しげな風が吹き出した頃。
 吹雪は朝からそわそわしていた。
 授業中もちらちらと視線を動かしては様子をうかがっている。
 吹雪が気にしているその相手は千尋だった。
 放課後になる前に、伝えておかなければならない事がある。
 今日でなければダメなのだ。
 タイミングを逃して千尋が帰ってしまったら、きっともう言えなくなる。
 だから、どうしても伝えたかった。
 そんな吹雪の想いが神様に通じたのか、2時限目の理科の授業の後、使った道具を2人っきりで片付けることになった。
 今だ、と思ったものの、使った道具は少なかったため、すぐに片付けは終わってしまう。
「さて、片付けたことだし、教室戻ろうか」
 千尋が先に教科書やノート類を手にして、理科室を出ようとした時だった。
「あ、千尋」
 タイミングを見計らうも、なかなか言い出せずにいた吹雪は、やっと意を決して名前を呼ぶ。
「何? 吹雪ちゃん」
 千尋はゆっくりと振り返る。
 呼び止めることに成功したとはいえ、まだ第一段階である。本題はこの先だ。
「あ、あのさ、今日の午後、時間ある?」
「今日の午後って、授業終わった後?」
「う、うん、そう。もう予定入ってる?」
「いや、別にないけど」
「じゃあ、授業の後、私、委員会あるから30分位教室で待っててもらってもいいかな?」
「いいよ。わかった」
 千尋はにっこりと微笑んで理科室を出た。
 どうしてかと理由を聞かれなくて良かったと、吹雪はほっとしていた。
 今はまだ本当の本題を話す心の準備が出来ていない。
 本番は放課後。
 それが昨日までにいろいろ考えての決断だ。
 よく考えれば2人っきりだったこの時間もチャンスだったのではないだろうか。しかし慣れないことをしようとしている吹雪にとって、それは思いつかない事だった。
 まずは放課後に2人っきりになる。そして本題。その順番しか頭にはなかった。
 そして、放課後。
「ごめん! こんなに時間かかるはずじゃなかったのに!」
 慌てて駆けてきた吹雪が教室に飛び込んでくる。
 思ったよりも委員会が長くかかり、1時間ほども千尋を待たせたことになってしまった。
 謝る吹雪に、千尋はたいして気にしてないといった風で微笑みかける。
「いいよ、これくらい。で、何?」
「あ、う、うん」
 千尋の方からいきなり話を切り出され、吹雪は少し戸惑う。しかし戸惑ったままではいられない。いよいよ本番である。
「今日って、アンタの誕生日、だよね?」
「えっ」
「えっ、ってもしかして忘れてた?」
「いや、それは覚えてたけど、吹雪ちゃんが俺の誕生日知っているとは思わなかった」
「誕生日くらい、覚えているわよ」
 アンタの誕生日だから覚えてたんじゃない。
 と、吹雪は口には出さず、心の中でつぶやく。
 もうかなり前から知っていた。そしてこの日が近づくにつれ、いろいろと考えていたのだから。
「で、まぁ、せっかくの誕生日だから何かプレゼントでもあげようかなぁなんて思ったわけ」
「吹雪ちゃんからのプレゼント?」
 誕生日を覚えていただけでなく、プレゼントも用意されていたことは、千尋にとっては予想外であった。
「でも、何にしていいのかわからなかったんだよね。よく考えてみれば、アンタの好きな音楽とか、好きな色とか、知らなくて……」
「そんなの、訊いてくれたらいつでも教えたのに」
「うん、それはそうだけど直接訊くのもねぇ……。それでいろいろ考えたんだけど思いつかなくて、結局プレゼントは買うことができなかったの」
「吹雪ちゃんが選んでくれたものなら何でも良かったのになぁ」
 千尋は少しがっかりしたようにため息をつく。
 その様子を見て、吹雪は慌てて訂正した。
「あ、プレゼントはちゃんと用意してあるのよ。『物』では用意することができなかっただけ」
「?」
「えっと、その……、実は私の時間をプレゼントすることにしたの」
 吹雪は少し頬を赤く染め、うつむき加減にそう言った。
「吹雪ちゃんの時間?」
「そう。形では残らないけれど、これからの私の時間はアンタのための時間。一緒にいて、誕生日、お祝いしてあげる」
 思ってもみなかった吹雪のプレゼントの内容。千尋は一瞬驚いたような、それでいて照れたのをごまかすような不思議な表情になる。ほんの少し沈黙が流れ、そしてその後ふっと千尋は口元を緩めた。
「あ、何よ、その笑い。もしかして安上がりなプレゼントだとか思ってるんじゃないの?! でも、時間ってとっても大切なんだからね! アンタの誕生日は今日で、私がプレゼントする時間も今日じゃなきゃ意味がないんだし、このプレゼントは明日にはあげられないんだから!」
 そう言いながら、急に恥ずかしくなる。
 やっぱり何でもいいから何かを買って用意すべきだったと、吹雪は後悔する。しかし伝えてしまった以上、もう手後れである。
「これでも一生懸命考えたんだから!」
「吹雪ちゃん」
 ふいに千尋は吹雪を抱き寄せる。
「あっ」
 千尋の手がやさしく吹雪の頭に添えられる。
「最高のプレゼントだよ。今までもらったプレゼントの中で一番嬉しい」
 これは彼女にしかできないプレゼント。どんな高価なものであろうと、何にも変えられることのできない大切なプレゼントだ。
 千尋は抱き寄せた吹雪の額に軽く口づける。
「な、なにするの?!」
「プレゼントのお礼」
 千尋はそう言って微笑む。それは吹雪だけが見ることのできる優しい微笑み。
 突然の抱擁と口づけ、そして極上の微笑みに、吹雪の心はドキドキと高鳴っていた。
「ら、来年はちゃんとしたプレゼント用意するわよ!」
 照れたのを隠すように吹雪は強く言って、千尋から離れる。
 本当に喜んでもらえたのだろうか。
 やっぱり普通のプレゼントが良かっただろうか。
 嬉しいと千尋は言ったけれどそれは本心からだろうか、と吹雪はいろいろと考える。
 複雑な表情をする吹雪を見つめながら、千尋は思う。
 来年もこのプレゼントがいい。
 再来年もその先も、ずっと同じプレゼントが欲しい。
 他の誰にも用意することのできない、吹雪だけが用意できるプレゼントだから。
「さ、時間がもったいないから早く行こう。せっかく吹雪ちゃんが用意してくれたプレゼントだからね、たっぷり楽しまなきゃね。さて、どこ行く?」
「今日はアンタの好きなところでいいわよ。今日だけはつきあってあげる。でも、変なところだったらすぐ帰るからね!」
「変なところ、ねぇ……」
 千尋はニヤリといつものいたずらめいた笑みを浮かべる。
「な、何考えてるのよ!」
「別に♪ お楽しみはのちほど、ってね。とりあえず、まずはランチでもしますか?」
 そう言って千尋は吹雪に右手を差し出す。
 吹雪は一瞬じっと千尋の手を見つめ、そして自分の左手を重ねる。
 大きくてあたたかい千尋の手。
 こんなふうに素直に手を重ねられる日が来るなんて、少し前だったら考えもしなかった。
 いつの間にか、2人でいることが心地よく感じられるようになった。
 お互いに視線を合わせ、そして微笑む。それから2人は手をつないだまま歩き出す。
 すでに校内には他の生徒は見当たらない。静かになった校内を2人は並んで歩く。
「千尋」
 すぐ横にいる千尋を、吹雪は少し上目遣いに見上げる。
「ん?」
「誕生日おめでとう」

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

ちーさんの誕生日記念SSです。
ある日のチャットで『ちーさんの誕生日に何かするんですか?』と訊かれたのですが、
Chihiro同盟でのイベント以外は何も考えていませんでした。
SSだったら何か書けるかなぁと気軽に言ってみたところ、その後ふっと神様が降りて
きました(笑)
そしてできあがったSSは、なんだかいつになく甘々。
吹雪ちゃんから迫って(笑)いるから?
何故だか今回は書いている私が照れてしまいました(^^;)
吹雪ちゃんなら何をプレゼントするかなぁといろいろ考えたのですが、ホントに何も
思い浮かびませんでした。
まさか誕生日プレゼントにちーさんの好きな罠グッズをあげるわけにはいかないし(笑)
結局『時間』というプレゼントになりました。
その人のために用意する時間。
形では残りませんが、いつまでも心には残るプレゼントだと思います。
でもやっぱり安上がり?(^^;)

Happy Birthday Chihiro♪

    

   

  


 

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