Scene2 想約−souyaku−
(『おまけの小林クン』より)

そんなあなたは見たくないから
笑顔がいちばん素敵だから
あなたの笑顔を見ると元気になれる私
いつも、いつもあなたには
しあわせな笑顔でいて欲しい

 午前6時。
 そう広くはない台所で、吹雪はお弁当作りに精を出していた。
 素材の下準備をし、手際良く焼いたり揚げたりと、どんどんおかずの数が増えていく。
おにぎり用の具もすでに3種類用意済だった。
 テーブルにはいつも自分が使っている弁当箱がひとつ。そしてその隣には、それよりも大きい弁当箱が何故か3つ並べられている。
 全部で4つの弁当箱。
 それを見て、一通りのおかずを用意し終わった吹雪はふぅとため息をつく。
 なんで、4つも作るはめになっちゃったんだろう。
 ホントは自分のと小林クンの2つでよかったはずなのに。
 アイツのせいだ。
 アイツがあの時現れなかったら……。
 昨日のことを思い出して少しだけ不機嫌になりつつも、手だけはテキパキと動いていた。

◇ ◇ ◇

 時間はさかのぼって、前日の昼休み。
 明日は秋の課外授業の日だった。
 教室では女のコ達が誰それにお弁当を作ってくるという話で盛り上がっている。
 課外『授業』とはいえ、それは遊びに行くようなもので、女のコが男のコにお弁当を作ってあげるのは一種のイベントのようなものだった。
 そんな女のコ達の話の輪から少し離れた場所にいた吹雪にも、その話題はおのずと耳に入ってきた。
 話題に出てくる名前は、千尋と健吾で二分している。
「委員長は小林クンに作ってあげるの?」
 興味なさそうにしていた吹雪に、ふいに問い掛けたのは、笑顔のゆりだった。
「わ、私は小林千尋にも小林健吾にも作らないぞ!」
 慌てて応えた吹雪に、ゆりはくすっと微笑んだ。
「違うわよ。大和クンの方」
「あ、ああ、そうか。大和クンね。そうだなぁ……」
 以前、お弁当を作ってあげた時、すごく喜んでいたっけ……。
 吹雪は大和の転校時の頃を思い出していた。
「ところでゆりちゃんは? 誰かに作るの?」
 そんな何気ない吹雪の問いに、ぽっ、とゆりの頬がピンク色に染まる。
 意外な反応に、吹雪の方が戸惑う。
「そ、そっか」
 好きな人のためにお弁当を作ろうしているゆりがとっても可愛く瞳に映る。
 私も大和クンに作ってみようかなぁ。
 そんなゆりを見て、吹雪は考えた。

「こ、小林クン」
 放課後、運よく一人でいた大和を見つけ、吹雪は声をかけた。
「何? 吹雪ちゃん」
 にっこりと無邪気に大和は吹雪に向かって微笑む。
 そんな笑顔にドキドキしつつ、吹雪は続ける。
「あ、あのね、明日の課外授業なんだけど、小林クンにお弁当作ってきてもいいかな?」
「ホント?! 」
 ぱっ、と花が開いたかのようなまぶしい笑顔。
「いいの? わぁ、嬉しいなぁ」
 本当に嬉しそうに笑う大和を見ると、吹雪の心もなんとなくあったかくなるような気になる。
「じゃあ、作ってくるね」
「ありがとう、吹雪ちゃん!」
 ほんわかとした雰囲気の中で交わされた約束。
 そんな時に……。
「こんなとこで、何してるのかな?」
 ふいに前触れもなく現れたのは千尋だった。
 大和の頭に手を載せて寄り掛かる。
「千尋クン、重いよぉ」
「小林千尋! とっとと小林クンから離れろ!」
「やだなぁ、吹雪チャンったら、眉間にしわ寄せて。そんなコワイ顔してると元に戻らなくなるよ♪」
「んなわけないでしょうが! とにかく、離れて、離れて」
 吹雪は千尋と大和の間に割って入った。
「ところで、小林クン。ご機嫌な顔だねぇ。何かいいことあったのかな?」
「そうなの! あのね、吹雪ちゃんが」
「小林クン、ダメ!」
 大和が何を言おうとしているのかわかった吹雪は、慌てて大和の言葉を遮る。しかし、時すでに遅く……。
「吹雪ちゃんが明日お弁当作ってくれるの!」
 思いっきりの笑顔と一緒に大和は答えた。
「ほぉ〜、吹雪ちゃんが小林クンにお弁当ねぇ」
 コイツにだけは知られたくなかったと吹雪は思った。こめかみを押さえ、ため息をつく。
「アンタには作らないからね」
「え〜、それはずるいなぁ」
「別にずるくはないだろうが! 私が小林クンにお弁当を作ったって、アンタには関係ないし」
「冷たいなぁ。僕と吹雪ちゃんの仲じゃないかぁ」
「どんな仲だっていうの?! とにかく、私が作るのは小林クンのお弁当なの!」
「僕も小林クンだけど?」
「もう! 大和くんの!」
「吹雪ちゃんも千尋クンもけんかはダメよぅ」
 作って、いやだ、のくり返しに、おろおろしながら大和が止めに入る。
「みんな、仲良くしようよぉ。あ、健吾くぅ〜ん」
 たまたま通りがかった健吾に、大和は駆け寄って助けを求めた。
「どうかしたのか?」
「吹雪ちゃんと千尋クンが……」
「邪魔しないでよ、小林健吾」
「邪魔って……」
 健吾が口をはさむ前に、吹雪はクギをさす。
 健吾の登場にも特に気にすることなく、吹雪と千尋は言い合いを続ける。
「吹雪ちゃんと千尋クンがケンかするなら、ボクお弁当いらないからぁ」
「こ、小林クン?!」
 突然泣きそうな顔で言い出した大和を目の前にして、3人は固まってしまった。そしてお互いに顔を見合わせる。
「小林クン、別に私達はケンカしているわけじゃないのよ。ねっ」
 今にもこぼれ落ちそうな涙を浮かべる大和に、吹雪は慌てて言い訳をする。
「ホントに?」
「ホントだって。ねぇ?」
 吹雪は視線を千尋に飛ばす。
「そうそう♪ オレ達はこんなに仲が良いんだよ♪」
 千尋はいい機会だとばかりに吹雪の肩を抱く。そんな千尋の行為に吹雪はひきつりながらも笑顔を見せる。
「だ、だから、小林クン、機嫌直して、ね?」
「……お弁当はどうするの?」
「えっと……、じゃあみんなの分も作るから。みんなでお揃い。これで、どお?」
「吹雪ちゃん、大変じゃない?」
「大丈夫! 小林クンのためなら、お弁当くらいいくらでも作るから」
 吹雪も大和の機嫌が直るように必至だった。
「じゃあ、吹雪ちゃん約束ね。千尋クンももうケンカしちゃダメだよ。健吾クンもまた明日ね」
「了解」
「OK」
「お、おう」
 やっと機嫌が直り、ほくほくした顔で、大和は3人に両手を振りながらテケテケと走っていった。
 そしてその場に残された3人は、大和の姿が見えなくなるまで、にこやかな笑顔を保っていた。
「……行ったね」
「そうだね」
「……」
 一気に疲れが出てきたようで、吹雪ははぁー、と大きなため息をついた。
「帰るわ……」
「吹雪ちゃん」
 自分の前を通り過ぎようとした吹雪に、千尋が声をかける。
「何? まだなんか文句あるの?」
「お弁当楽しみにしているよ」
 思い掛けない千尋の一言に、吹雪の心臓がはね上がる。
「な、なにを……」
「冗談ぬきに楽しみにしているから」
 いつもなら絶対言いそうにない台詞。しかも表情までもがいつもと違っている。
 優し気な、大切な何かを見ているような表情。
 知らず知らずのうちに、吹雪の心臓がドキドキと早鐘を打っていた。
「な、なに馬鹿なこと言っているのよ。そんなこと言っても、おかずはみんなお揃いだからね!」
 そう言い残して、吹雪は駆け出した。 
「ちなみに卵焼きは甘いほうが好きだから〜♪」
 見送る千尋が、遠ざかる吹雪の背中に向かって手をヒラヒラさせて言った。
 廊下の角を曲がり、吹雪の姿も見えなくなった。
 そして、さらにその場に残った二人。
 千尋がちらりと健吾を見る。
「よかったねぇ。明日は吹雪ちゃんの手作り弁当が食べられるよ」 
「……」
「嬉しくないの? 素直じゃないなぁ」
 そう言い残して、千尋もその場から立ち去っていった。
 最後に残ったのは健吾ただひとり。
「弁当でもなんでも、頼むからオレをまきこまないでくれ……」
 結局何故こうなったのかよくわからないまま、健吾はぼそっとつぶやき、途方に暮れていた。


◇ ◇ ◇

 こんな前日のやりとりがあったせいで、吹雪は自分の他に3つのお弁当を作ることになったのだった。
 昨日の件を思い出しつつも手際のよい吹雪は、から揚げ、ウィンナー、卵焼き、ポテトサラダ、ミニハンバーグなど、おかずのほとんどを詰め終わっていた。
「あれっ」
 最後にプチトマトが1つだけ残っていた。
「どうしようかなぁ」
 プチトマトのへたをつまみ、吹雪はつぶやく。
 すでにそれぞれのお弁当には、2つずつプチトマトが入っている。
『楽しみにしているから』
 ふいに昨日の千尋の言葉が思い浮かぶ。
 そしてあの優し気な笑顔。
 『あの件』以来、時々見かけるような気がするのは気のせいだろうか……。
 しかしすぐさま吹雪は思いっきり首を左右に振る。
「誰がアイツなんかに……。やっぱりこれは大和クンにだよねぇ」
 そして無事最後のプチトマトは、大和用のお弁当の中に納まったのだった。

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

第2作目、いかがでしたでしょう?
吹雪ちゃん中心に話を進めてみました。
しかし、書いてて大和クンがどうしてもちっちゃい子供にしか思えないところが、
難といえば、難かなぁ。
私が書く大和クン、もう少しびしっとした彼にならないものかしら……(笑)。
さて、今回一番おいしい思いをしたのは、やっぱり健吾クンでしょうね(笑)。
いつの間にかまきこまれて、そして吹雪ちゃんのお弁当もゲット。
まあ、今回台詞も少ないんで、サービスかな(^^;)。
1つ皆様に質問ですが、大和クンはプチトマト好きだと思いますか?
私はなんとなく食べられないんじゃないかなぁなんて思ったりしたんですけど
(そして吹雪ちゃんの好意は空振りに終わる、っと)。
ということで、第2作目『想約』、別名「おまけのプチトマト」でした(笑)。