Scene16 花咲く夜に
(『おまけの小林クン』より)


 

 その夜はいつもよりも涼しい風が吹いた。夏の暑さが少しだけやわらぐような気がする。
 今日は夏祭りの最終日。
 そこはいくつもの露店が立ち並び、大勢の人でごった返していた。
「どこ行っちゃったのかなぁ」
 吹雪はあたりをきょろきょろとしつつ、人込みをかきわけていた。
 紺地に紫陽花柄、赤い帯をキュッと絞めた浴衣姿の吹雪は、その裾を気にしながら少し小走りになる。
 風があるとはいえ、やはり人の熱気にあてられて、うっすらと額に汗が浮かぶ。
「これ以上込んで来たら、もう見つけられないかも……」
 吹雪は不安げにつぶやいた。
 この日、吹雪は大和と一緒に川沿いで行われる花火大会を見る約束をしていた。
 誰にも内緒で2人で見ようと思っていたのだ。みんなで見に行こうと言う大和に、千尋も健吾も用事があるからと嘘をついてまで取り付けた約束。
 それなのに、出逢って10分も経たないうちにはぐれてしまったのである。
 早く見つけないと花火が始まってしまう。せっかくの時間を無にしたくはない。
 急いで吹雪は大和を探す。しかし、なかなか大和の姿を見つけることができない。不安になる気持ちを押せながら探す吹雪の瞳に、探している人物とは別の、見知った横顔が映る。
 涼し気な青いサマーセーターを着た千尋である。
 こんなところで逢うなんて……。
 吹雪はこのまま声をかけずに引き返そうとした。しかし、その足が一瞬動かなくなる。
 千尋は一人ではなかった。
 正面に、大人っぽい少し年上の感じがする女のコがいたのである。
 しかもその女のコは金髪の外人。深紅の地に大輪の花模様、黄色の帯を巻いた浴衣姿がよく似合っている。赤く彩られた唇が千尋に笑いかけていた。
 木の下でたたずむ二人の空間が、どこが近寄りがたく感じる。
 艶やかな金髪美人の側であっても、千尋は見劣りしていない。それどころか、まるでファッション誌のグラビアを見ているかのように、2人に目を奪われてしまう。
 吹雪の心の奥がちりっと痛む。
 どうして千尋の側にいるの?
 どうして千尋に笑いかけているの?
 どうして……。
 千尋が誰と一緒でも気にすることなどないだろうと頭ではわかっているのに、感情が違うところへと向っている。
 そんな負の感情が何であるか、吹雪は気づかないまま手をギュッと握りしめた。
 ふいに千尋が右を向いた。
 その時、一瞬、千尋があっ、とでもいうような表情になる。
 どうしてもその場から動けなかった吹雪に、千尋が気づいたのだった。
 千尋はその女のコと何かを話して笑顔を向けた後、すぐにこちらにやってきた。
「吹雪ちゃん。こんなところで逢うなんて運命的だねぇ♪」
「た、ただの偶然でしょ!」
「そうかなぁ。こんな人込みの中で逢うなんて、ただの偶然とは思えないけれど♪」
 千尋はいつもの笑みを浮かべる。
 女のコと一緒にいるのを見られたというのに、それほど気にしている様子もなく、千尋はいつもと変わらない。ついさっきまで楽し気にしていた彼女は、一緒にいるのを見られても平気な女のコだったのだろうか。
「……ねぇ、さっきの女の人……」
 思わず、誰?と問いかけようとして吹雪は口ごもる。
「うん? 何、吹雪ちゃん、俺が女のコと一緒だったから妬いてるわけ?」
「べ、別にそんなことないわよ! アンタのフェロモンの罠にかかって可哀想だなぁって……」
 そう言いながら、先ほどの負の感情の正体を知る。
 嫉妬。
 自分は彼女に嫉妬していたのだ。
 千尋の側に誰かいるのを見るのが嫌だったのだ。
 そんな吹雪の気持ちに気づいているのかいないのか、千尋は楽し気に笑みを浮かべた。
「ただ道を聞かれただけだよ。なんか、彼氏と待合せしてたけど、場所がわかんなくなったとか言っていた。初めて向こうから誘ってくれたとかで嬉しそうにしていたなぁ」
「そ、そう」
 吹雪は素っ気無く答えながらもやはり内心ホッとする。彼女は千尋に告白していたのでもなく、ただの通りすがりの人。千尋には何の関係もない女のコであった。
 しかし、安心したのを気づかれたくなくて、吹雪は話題を変えた。
「そ、それより、私、小林クンを探さないと」
「あれ、吹雪ちゃん、小林クンと一緒だったの?」
 吹雪はしまったと思わず慌てる。誰にも気づかれないようにしていたのに、一瞬ホッとして気持ちがゆるんでしまったのか、自らそれをばらしてしまった。
「ふうん、小林クンとねぇ」
「い、いいじゃないの。私が小林クンと一緒に花火見に来たって!」
「別に悪くはないけれど、俺に黙ってこんなことするからはぐれるんだよ」
 そう言われると、吹雪は何も言い返せない。そして本当に悪いことでもしているような気になってくる。千尋に隠し事などしない方が良いとも思う。
「でも、この人込の中じゃ探すのも無理じゃない?」
 人の流れに乗ってここまで来てしまい、しかも通りはいつの間にか一方通行になっていて、大和とはぐれた場所へは戻れそうになかった。
「ま、俺が一緒なんだからいいでしょ♪」
「ア、アンタと一緒で何が楽しいのよ」
 肩に乗せられた千尋の手をペチンと叩く。
「いてっ。吹雪ちゃんったら乱暴なんだから」
「小林クンが迷子になったのに、アンタ、心配じゃないの?!」
「そんなこと言っても、ここから動けないんだから仕方がないでしょ。でもそんなに気になるんだったら」
 ふいに千尋は携帯電話を取り出す。電源を押して何か操作すると、どこかの地図が画面に表示され、ピコピコと4つの丸が点滅していた。
「なに、これ?」
「あれ、小林クン、健吾クンと一緒だ」
 駅前と思われる場所に黒と黄色の丸が点滅している。そして残りの2つは川沿いにある。
「ち、千尋? まさか、それ……」
「俺のプレゼントの発信機、まだ持ってるみたいだね。でも、便利でしょう?」
 悪びれもせずに千尋はにやりと笑う。それから千尋はどこかに電話をする。
「もしもし? そう、俺。あぁ、落ち着いて。吹雪ちゃんだったら大丈夫。今一緒。花火大会終わったら駅前に行くから。そう、じゃ、健吾クンにもよろしく。じゃあね♪」
 話し終えると千尋はピッと電源を切った。
 そんな短い会話の中で、吹雪は千尋の話していた相手が誰なのかを察する。
「い、今のもしかして……」
「うん。小林クン。昨日一緒に携帯買いに行ったんだ。吹雪ちゃん、小林クンのナンバー教えて欲しい?」
 にやりとするその表情は、いつもの罠な微笑みである。
「いいわよ! アンタから教えてもらわなくても、直接本人に聞くから!」
「そう? せっかく教えてあげようと思ったのにぃ」
 千尋は残念そうに携帯電話をしまった。
 どうして私よりも先に千尋が小林クンのナンバーを知っているのかと、やっぱり悔しくなる。
 しかしふいに、吹雪は考える。小林クンは千尋のナンバーを知っているのかと。たぶん、いやきっと知っているはず。そう思うと、吹雪は大和のことがうらやましくなる。自分は知らないのに、大和は知っている。
 そう考えながら、一瞬ハッとする。吹雪は思いっきり頭を振った。
 一体何を考えているのだろう。
 大和にまでうらやましいなんて思うなんて、何かが違う。このままだと自分が自分でいられないような気がしてきた。
「……ねぇ、小林クンの居場所わかったんだっから、そこ行かない?」
「だから、この人込みの中をどうやって戻るの。諦めて俺とデートしなさい」
「デ、デートって……」
「そう、デート♪ 3つ数えたらデートの始まり」
「ちょっと勝手に……」
 一人で話を進める千尋に吹雪は戸惑う。それでも千尋は止めようとはしなかった。
「1、2、3」
 ドーン。
 突然、身体に響くような大きな音が聞こえてきた。
「えっ?」
 千尋が数えるのと同時に夜空が彩られる。見上げれば、大輪の花が夜空に浮かんでいる。
 そんな最初の花火が、2人のデート開始の合図となる。
「アンタは……」
 吹雪は小さくつぶやく。
 どうしてこうも抜群のタイミングでこんなことができるのだろうか。
 不思議すぎて、そして素敵すぎ。
 こんな演出は千尋でなければできないと思う。
「アンタといると、ホント退屈しないわ」
 吹雪はほころんだ花のような笑顔を千尋に向けた。
 そして2人は夜空を仰ぐ。
 同じ空を見て、同じ時間を過ごす。2人の、2人だけの時間が始まる。
「ねぇ、吹雪ちゃん」
「ん、何?」
 しばらく花火に見ていた後、千尋に声を掛けられ、吹雪は空を見たまま返事をする。
「吹雪ちゃん、俺、吹雪ちゃんのこと……」
 ドーン。
 千尋が何かを言いかけたのだが、最後の方で大きく花火の音が響いて聞き取れなかった。
「えっ、何?」
 吹雪は千尋の方に視線を移し、首をかしげる。その時、優し気な瞳が吹雪に向けられた。
「……きだよ」
 ドーン パチパチパチ……。
 再び夜空に花が咲く。
 その音が大きくて、千尋の声はちゃんと聞こえてはこなかった。
 けれど。
 千尋の顔を見つめていた吹雪には、千尋が何を言ったのかがわかった。
 唇の動きがそれを語っていた。
 瞬間、吹雪の頬が赤く染まる。空に浮かぶ花火の色のように。そして同時に吹雪の胸の奥で心地よいあたたかさが生まれる。
「私……」
 何かを言いかけて、でも吹雪は何も言わなかった。今は、言わなくてもいいような気がした。
 千尋は何かを察したかのように優しく微笑む。それは吹雪にだけ見せる、吹雪だけが見ることのできる微笑み。
「花火、綺麗だな」
「……うん」
 再び2人は並んだまま夜空に咲く花を見上げる。
 次々に美しい花が夜空に咲く。
 ふいに、吹雪は誰かに軽く押された。その場は花火を見に来た人々で込んでいる。
 押された瞬間、吹雪の手が千尋の手に触れた。
 その時。
 大きな手が吹雪の細い手を包み込んだ。
 吹雪の鼓動が一瞬高鳴る。
 けれど、嫌だとは思わなかった。逆に、手をつないでいることの方が自然に思えた。
 優しく包み込むような千尋の手を、吹雪は自分もそっと握り返す。
 2人の心をつなぐように、2人の指がからまる。
 声に出さなくても、お互いの想いが伝わる気がする。
 一緒に見上げる夜空には、色とりどりの花がいくつもいくつも咲いていた。 

 

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

ちーさんの本気第2弾……になるのかな(^^;)
家から花火が見えたので、花火ネタで何か話を書きたいなぁと思っていたら
こんな話になりました。
今回はとある森生さんキャラ(笑)をゲスト出演させてみました。
彼女がちーさんと並んで見劣りしないのか、彼女と並んでもちーさんが見劣りしないのか、
ともかくどちらも美男美女に間違いはないかな(2人とも好き♪)
今回申し訳なく思うのが大和クン。いきなり迷子にさせてごめんね〜。
でもけんさんと仲良く花火見ていたと思います(^^;)
それから、どうしてちーさんとけんさんが夏祭り会場にいたのかは、訊かないでください
(そこまで考えなかったし/笑)

    

   

  


 

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