Scene15 そして恋になる
(『おまけの小林クン』より)

注:これはLaLa2001.8月号のあとにあたる物です。コミックス派は御注意ください

 

 向日葵高校のとある場所にあるベンチ。
 この時刻、そこはちょうど日影になり、風通しもよくて過ごしやすい場所になる。
 千尋はひとりそのベンチに座り、ぼんやりと空を眺めていた。
「イイ天気だなぁ」
 ゆったりと流れる小さな雲を見ながらつぶやいた。
 何をするわけでもなく、ただなんとなく空を眺める。
「あ、いたいた!」
 突然、聞こえてきた声。
 千尋は視線を空から下ろす。
「おや、吹雪ちゃん?」
 小さめのつばの麦わら帽子をかぶった吹雪が近づいて来た。
「やっと見つけた! こんなところで、何やってんのよ。今日の放課後、花壇に水をあげるの頼まれてたでしょ!? 私達にだけ押し付けてさぼるつもり?!」
 ここまで走って来たのか、額のはしにうっすらと汗が浮かんでいる。
「あぁ、そういえば……」
 そんなこと言われたかも、と千尋は思い出す。
 面倒だと初めは断ろうとしたものの、大和がみんなでがんばろうね、と笑顔で言ったものだから、吹雪は健吾と千尋を巻き込んで、張り切って引き受けたのだった。
 半分吹雪の強制で押し付けられた件ではあったけれど、吹雪も一緒ならと思っていた千尋にさぼるつもりはなく、本当に忘れていたのだった。
「早く来なさいよ! もう」
 吹雪はかぶっていた帽子をうちわ代わりにぱたぱたとあおぐ。
「ねぇ、吹雪ちゃん、座って休んでいったら? ここ、涼しくて気持ちいいよ」
 千尋はそう言いながら、もう一度空を仰ぐ。
 さわさわと風がその場を通り過ぎていく。
 確かに日影のその場所は、ひと休みするにはちょうど良い場所であった。
「少しだけだからね。少しだけ休んだら、アンタも一緒に花壇に行くのよ、いいわね?!」
 千尋は返事の代わりに、吹雪の方を向いて口元をゆるませた。
 しばらく2人は何も言わずに、ベンチに座って涼んでいた。
 汗もひいた頃、吹雪はふいに千尋に話しかけた。
「あ、あのさ……」
「ん?」
「この間のことだけど……」
「この間?」
「ほら、あげはを追いかけた時の事」
「あぁ……」
 千尋は興味なさそうに小さく返事をする。
「あげはったらいくら聞いてもアンタに追いかけられた理由は言わないんだよね。でもなんだか気にしているようだし。それにあの時のアンタ見て、私もちょっと驚いた。それで、どうしてあんなことしたのかなぁって気になって」
「吹雪ちゃん、俺のことが気になるの?」
「もう! そうじゃなくて!」
 にやりとする千尋に、吹雪は怒鳴る。
 怒られちゃッた、とでもいうように千尋は一瞬肩をすくめた。
「別に彼女が俺に何かしたわけじゃないよ」
「じゃぁ、どうして?」
「……」
 千尋は答えようとはしなかった。視線を吹雪からはずして、正面を見る。
 なんだかどこかいつもと違う様子の千尋のように思えた。
 吹雪は千尋の顔を横から覗き込むようにしてさらに訊いた。
「もしかして小林クンのため?」
 一瞬驚いたような感じで、千尋の視線が吹雪へと移る。
「アンタが自分のため以外にあんなふうに動くなんて、それ以外思いつかないんだけど?」
 吹雪はそう訊くけれど、千尋は無言のままだった。
「悔しいけど、アンタって小林クンのことよく見ているし、気づかっているみたいだから……。だけど、アンタが誰かのためにあんなふうに行動するなんて、初めて見た」
「たまには違った俺もみせてあげようかと思って」
 千尋は話をはぐらかすようにそう言うが、吹雪はそれには乗らなかった。
「で、あげはは小林クンに何をしたの?」
 吹雪は千尋の言葉を軽く流し、核心をずばり訊いてきた。
「あげはちゃんが言わなかったなら、俺からは言わない。いや、俺もよくはわからないから言えない、だな。だから、もう吹雪ちゃんも忘れてよ」
「でも……」
「大丈夫だよ。吹雪ちゃんがそんなに心配しなくても大丈夫」
 静かに微笑みながら、千尋は大丈夫だとくり返す。
「あんたがそう言うならそうするけど……」
 あまりいい話ではないし、これ以上はむし返さない方がいいように思えた。
「それにしても、アンタ、小林クンには妙に優しいわよね」
「小林クンは小ラッシーだからね。小ラッシーに何かあったら俺が助けてあげないとね♪」
 一瞬、千尋の口調が急にいつものものに戻った気がした。
「アンタ、まだ小林クンを犬扱いするわけ?!」
「ちなみに吹雪ちゃんはラッシーね♪」
「はいはい、どうせ私はメスだからね」
 教室を騒がせたあの剣幕があまりに真剣そのものだったので、千尋のことが心配になった吹雪。しかし今のこの口ぶりや話の内容から、千尋の暴れぶりが嘘のように思えてきた。なんだか心配して損した、とでもいうように、吹雪は大きくため息をついた。
「だから、吹雪ちゃんにも何かあった時は助けてあげるよ」
「えっ?」
「吹雪ちゃん、最近何かあったでしょ? 原因はけん……」
「何でもない! 何にもないわよ! 大丈夫!」
 吹雪は頬を赤く染めながら、大きく頭を左右に振って慌てて否定する。
「吹雪ちゃんってしっかりしているようでも時々頼りなくなるから、何か困ったら頼ってもいいんだよ?」
「ち、千尋……?」
「もし吹雪ちゃんに何かあったら、俺はいつでも力になるから」
 いつもであれば、そんなふうに言われても素直に聞き入れることはできなかったであろう。
 しかし千尋の瞳に何か淋し気な色を感じ、吹雪は素直にうなずいた。
「……ありがと。でも大丈夫」
「そ? ならいいけど」
 千尋もそれ以上は何も吹雪に聞かなかった。
 そしてまたしばらく2人はベンチに座って、良く晴れた青い空を眺めていた。
「結局俺は何の力にもなれないんだね……」
 本当に小さな声で千尋はつぶやいた。それは吹雪の耳にはちゃんと届かなかった。
「千尋? 今何か言った?」
「いや、なんでもない。小林クンも吹雪ちゃんも笑顔が似合うから、いつも笑顔でいて欲しいって言ったの」
「何よ、それ」
 吹雪はよくわからないというような表情をして、首をかしげた。
「吹雪!」
 綺麗な長い黒髪を揺らせながら、あげはが走ってくる。
「こんなところで何やってるのよ。そのサギ師顔を迎えに行ったきり、帰ってこないんだもの。向こうで先生が待っているわよ」
「えっ、あ、そうだ、忘れてた。千尋に声をかけた後、職員室にある封筒を持ってきてって言われてたんだ。ちょっと職員室に行ってくるから、千尋もあげはも先に行ってて」
 吹雪は2人の返事を待たずに走り出した。
 その場に残された2人の間には、何かがひっかかるような微妙な雰囲気が流れていた。
「ねぇ」
 あげはが横を向いたまま声をかけてきた。
「何?」
 千尋も横を向いたまま、あげはの顔を見ない。
「吹雪を好きになっても無駄よ。あなたなんか吹雪の眼中にも入っていないんだから」
 あげはの唐突な言葉に千尋はムッとする。
「何で君にそんなこと言われなくちゃいけないわけ?」
「親切に教えてあげたのよ。あなたみたいな人が望みのない恋したら泥沼よ。だからそうなる前に、はっきりおしえてあげた方がいいかと思って」
「その台詞、そっくりそのままお返しするよ。それに、何? 俺が恋をしてるって? 何バカなこと言ってんだよ」
「あなたこそ何言ってんのよ。もしかして自覚ないわけ? 誰が見たってあなたが女のコの中でも吹雪を一番気に入っているのはミエミエじゃない。あなたが吹雪に罠をかけたりとかするのは、好きだということを隠すためでしょ? 小学生並みよね。これだからちゃんと好きになったことがない人が恋をすると面倒なのよ」
 あげはは何もかもお見通しよ、とでも言うように、言葉を続ける。
「ただでさえ、吹雪って恋愛には疎いんだから、せっかく進歩した彼女達をひっかきまわさないでよね」
「やっぱりあの2人、吹雪ちゃんと健吾クン、何かあったんだな?」
「!」
 しまった、と、あげはは自分の口を押さえた。
「ふぅん、吹雪ちゃんと健吾クンねぇ……」
「な、なによ、邪魔する気?」
「邪魔、ねぇ。どうかなぁ。でも、恋をしていると、何するかわかんないじゃない? なり振り構わず行動しちゃうものだよね?」
「そ、それは……」
 身に覚えのあるあげはは千尋の言葉に反論できない。
「言っておくけど、俺が恋してるって言ったのはあげはちゃんだよ」
 千尋はにやりと笑った。
 ちょうどその時、手を振りながらテケテケとこちらへ走ってくる人がいた。
「千尋く〜ん、あげはちゃ〜ん」
 やっててきたのは麦わら帽子をかぶった大和だった。
「あ〜ぁ、そんなふうに慌てたら……」
 千尋が大和の姿を見てそう言った途端、突然、地面には何もないのに、つっと何かにつまずいたかのように大和は転びかけた。
 顔面から転びそうになった大和を、素早く千尋が飛び出して受け止めた。
「こんなところで転ぶかなぁ」
「へへへ、千尋クン、ありがとう」
 大和は千尋の腕の中で照れながらそう言った。
「で、何か用?」
「んとね、つばめセンセが花壇の水撒き手伝って欲しいって言ってたの。健吾クンだけじゃ広すぎて時間がかかるからって。あれ、吹雪ちゃんは? 先に呼びに来てたはずじゃないの? 千尋クン、一緒じゃなかったの?」
「吹雪ちゃんは職員室に寄ってから戻るって」
「そっか。じゃぁ、先に行ってようね」
「ああ、そうしよう」
 千尋は大和と花壇へと行こうとした。が、歩き出す前に、千尋は振り返ってあげはを見た。
「俺、ホントに本気出すから」
「!」
 吹雪のためにと釘をさしたつもりが、逆に火に油を注いだ形になってしまった。
 本気になった千尋を誰が止められるだろうか。千尋はあげはが思っていた以上に曲者だった。
「どうしてこうなるのよ!」
 仲良く並んでいる大和と千尋の後ろ姿を眺めながら、あげはは叫んだ。 

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

相変わらずけんさんが書けません(^^;)
ま、私はちーさんファンだからね〜。
ちーさんを中心にこんなやりとりをしている間、けんさんは何も知らずに
黙々と花壇に水をあげていることでしょう。
そして、あげはちゃん初登場です♪ でも初登場なのに、なんだかその役回りは……。
あげはちゃんじゃなくても、ちーさんが自分への忠告をそう簡単に聞き入れるとは
思えませんけどね(笑)
さぁ、本気宣言をしたちーさん、この先どうなるのでしょう?
作者にもわかりません(笑)

    

   

  

 


 

 

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