Scene14 彼女の魔法
(『おまけの小林クン』より)
 

注1:これはSS4の続編にあたる物です。もし読んでいない方はまずSS4をお読みください
注2:これはLaLa2001.8月号のあとにあたる物です。コミックス派は御注意ください


 

 夕陽が校舎内をオレンジ色に染まる時刻。
 吹雪は放課後の委員長会議を終え、帰宅するところだった。
 すでに下校時刻を過ぎた時間で、校内に生徒はほとんどいなかった。
 教室に置いてあった鞄を持ち、1階へと続く階段を降りようとしたところだった。
「ばかぁ!」
 突然目の前に誰か現われたかと思うと、いきなり右の頬を殴られた。
 吹雪は一瞬何が起こったのかわからず、惚けてしまう。だんだんと右の頬が熱くなっていくのだけがわかった。
「ばか、ばか、ばか! 吹雪のばか!!」
 白く細い手が、吹雪の身体を何度も叩き始めた。
「ちょ、ちょっと! 何?! 何で殴られなきゃいけないのよ?!」
 吹雪は逃げるように、相手と距離を取った。
 落ち着いてよく見ると、突然現われたその人は、見覚えのある少女だった。
 栗色の、見ようによっては陽に透けて金にも見える長い髪。そして白いワンピース。
 以前、小林千尋を『千尋』と呼び捨てにし、一番大好きな人だと吹雪に告げた少女。
 その時名乗らなかった少女の、はっきりとした正体はわからなかったが、誰よりも千尋のことを考えていた少女だった。
「な、何よ、いきなり殴るなんてどういうことよ?! 」
 少女が何故現われたのかと戸惑いながらも、吹雪はいきなり理由もわからずに殴られたことに頭にきていた。
「私、ちゃんと頼んだじゃない! 千尋のことよろしくねって。私は吹雪だから安心していたのよ!」
 明らかに少女の怒りの方が吹雪のそれよりも上回っている。再び頬に平手が飛んできそうである。
 一体何をそんなに怒っているのだろうか。
 その理由がまったくわからなかった。
 吹雪も少女の迫力に負けじと向き直ったが、返す言葉がすぐには出てこなかった。
「だいたい何なのよ! あの噂は!」
「噂?」
「あなたと小林健吾って男がつき合っているっていう噂よ!」
「私が健吾とつき合っている?!」
 殴られたことよりもなによりも、吹雪に大きなダメージを与えた一言であった。
「そうよ、これは一体どういうことなの?! 私、前に言ったわよね? 千尋のこと、よろしく頼むって。忘れたとは言わせないわよ!」
「私が健吾と……」
 吹雪の耳には少女のこの言葉が届いていなかった。衝撃の一言が吹雪の頭の中を駆け巡っていた。 
 どこからこんな噂が広がったのだろうか。
 あの時のことを誰かに知られたのだろうか。
 でも、別に付き合いを始めたわけではないし、2人でどこかへ行った覚えもない。
 何故そんな噂が流れているのか、吹雪にはまったくわからなかった。
「ちょっと、吹雪、聞いてるの?!」
 少女は苛立ちながら、身動きしない吹雪の身体を揺すった。
「えっ、あ、ごめんなさい」
 吹雪は目の前にいた少女の存在をすっかり忘れていたのだった。
「……ちょっとなんで貴女が驚いてるの? もしかしてこの噂ってデマ?」
 吹雪はすぐにコクコクとうなずく。
 確かにあの時『すき』とは言ったが、決してつき合っているわけではない。ただ、大和と同じくらい好きだと思っただけだ。
「ふぅん、じゃ、特別な男じゃないのね?それならその健吾って男、吹雪の何?」
「えっ?」
 何と言っていいのか吹雪は戸惑った。
 『好きな人』ではあるが、健吾一人を好きなわけではない。大和も同じくらい好きで、まだ特別なただ一人ではないのである。
 それをうまく説明できる言葉がみつからなかったのだが、吹雪はしどろもどろになりながらも説明した。
 少女はわかったようなわからないようなといった表情をしながら、うーんと唸った。
「じゃあ質問変えるけれど、千尋のことはその2人と同じくらい好きじゃないの?」
「えっ?」
 千尋の事が好きかどうか考えてもみなかった。
 千尋は論外だと思っていたはずなのに、改めて他人から問われるとはっきりと答えが出なかった。
「千尋のこと好きじゃないの?」
「えっと……」
 吹雪は答えに詰まり、言葉をにごす。
 少女はそれが気に入らなかったのか、再び一方的にまくしたてた。
「吹雪は千尋のことが嫌いなわけ?! 一体千尋のどこが気に入らないっていうのよ! あんなに特別に想われているくせに!」
「と、特別? 私が?」
「そうよ! 千尋が自分から声をかける女のコは吹雪だけでしょう! 罠をしかけられるのも、抱きつくのも、女のコの中では吹雪一人でしょ!」
 そう言われると確かにそうかもしれない。
 千尋はよく女のコからラブレターをもらうし、告白もされている。しかし、それは全部女のコの方から近づいて来るのであって、自分から女のコに近づくようなことはしない。それどころか、冷たくあしらうのがほとんどである。
 それから比べると、自分はかなり千尋に気に入られているのではないかと思う。
 罠をしかけるのは気に入っている証拠。
 千尋の愛情はリバーシブル。
 そう気づいていたはずでないか。
 そう考えると、なんだか変にくすぐったいような気持ちになる。
「あ、あれ? 私ってもしかして……」
 かぁっと顔が赤くなるのが自分でもわかる。いつもの自分ではないようである。
 ど、どうしたんだろう、私。
 心臓が高鳴り始めてドキドキするのが止められない。
 千尋に気に入られていることが嬉しいと思っている自分が、自分の中にいる。
 それは否定しようのない事実であった。
 でも、それっていいのだろうか。同じくらい好きな人が3人もいるなんて。
「ねぇ、どうなの?」
 再び少女は訊く。
「……」
 真っ赤になった顔を隠すようにしてうつむくだけで、吹雪は答えることができなかった。
 しばらく少女はその様子を黙ってみていた。
 吹雪は変わらず顔を赤く染めている。
「ふぅん。そっか、そうなんだ」
 吹雪の変容に何を思ったのか、少女はどこか満足したかのようにつぶやいた。
「えっ、な、何? 何がそうなの?」
 吹雪は訳がわからず戸惑ったままで、自分を取り戻せずにいる。
 少女は、うん、とひとつ大きくうなずいて笑顔を見せた。そしてビシッと吹雪の目の前で指を指す。
「これから近いうちに絶対吹雪の中で、千尋が一番大きな存在になる! 吹雪は千尋を一番に好きになる!」
 おまじないのように少女は力強くそう言った。
「今度こそ千尋のこと、頼んだわよ。いいわね、吹雪!」
 少女の迫力に押され、吹雪はいつの間にかコクリとうなずいていた。
「殴ってごめんね」
 少女は吹雪の右頬をぺろっと舐めた。
「じゃあね♪」
 今度こそ少女は本当に嬉しそうな笑顔を見せ、そして廊下の向こうへと消えていった。
 少女が去り、その場に取り残された吹雪。少女にキスされた頬を右手でそっと押さえて小さくつぶやいた。
「結局、何だったんだろう……」
 夢か、もしくは嵐のように通り過ぎていった出来事。
 彼女がいったい誰なのか、やはりよくわからないままだったけれど、吹雪の胸の中では、確実に千尋への想いが大きくなっていた。


 

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

さて、吹雪を殴った名前の出てこない少女は誰でしょう?(笑)
というか、SS4を読んでいないと全く分からない……(^^;)
注意書きあるので、大丈夫ですよね?
SS4、SS13に続いて遊んでしまいました。
この『彼女』ですが、気が強すぎかしらと思いつつも気に入っています。
ホントはもっと大人しくて優しい感じがするんですけどね(^^;)
さて、今回のテーマもSS13に引き続き、『吹雪ちゃんにちーさんを大和クンやけんさんと
同じくらいに好きになってもらおう』です。
彼女の勢いのある魔法、ホントに吹雪ちゃんに効果があるといいな♪ 

    

   

  

 

 


 

 

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