Scene11 いつかまた会える
(『おまけの小林クン』より)

 

 あれ、ママがいない。
 パパもいない。
 いっしょにこうえんであそんでいたのに。
 どうしていないの?
 ここはどこ?
 しらないひとがいっぱい。
 ママとパパはどこへいったの?
 ねぇ、ぼくのママとパパはどこ?

◆ ◆ ◆

 

「もう、なんだってこう何度もアンタと学校以外で会うわけ?」
「やっぱり運命の糸でつながってるんだって♪」
「ただの偶然でしょ。まったく……」
 ぶつぶつと吹雪は文句を言いながら歩く。
 日曜日の午後。
 以前取り寄せを頼んでいた本が入荷したという連絡が来たので、吹雪は本屋にでかけてきた。買い終わり、適当に本屋の中をふらついていると、そこで偶然にも千尋とばったり出会ってしまった。
 同じ市内に住んでいるのだから偶然でもなんでも、街中で出会うことはあるだろう。
 しかしどうしてその後、千尋が自分の後をついてくるのかわからなかった。
「本も買わないで本屋に何しに来たのよ? 私の後なんかついてこないで、本を選べばいいじゃない。私は邪魔なんかしないわよ?」
「本は逃げないけれど、吹雪ちゃんは逃げるからねぇ。せっく会えたんだから、こういう時は一緒にいないと♪」
「……まったく、アンタは何を考えてるんだか、私にはさっぱりよ」
 吹雪はあきれた口調で言い放った。
 千尋を拒むのも面倒になった吹雪は、そのまま千尋と一緒に歩き出す。
 やがて、2人並んで歩いていると、同じ年頃の女のコが何人も通りすがりにこちらを見ていく。  
 初めは自分に何か変なところがあって見られているのかと思ったが、女のコ達の視線は吹雪の横を歩く千尋に向けられていたのに気がついた。
 見知らぬ女のコが見とれるほどの男なのかなぁ、と吹雪は千尋の横顔を見ながらふと考える。
 確かに整った顔をしている。少し茶がかかったやわらかそうな髪、そこそこ高い身長、そしてその絶やさぬ微笑み。全体的なバランスをみても、普通の女のコが好む男子高校生としてはレベルは高いのだろう。もっとも吹雪の基準からははずれてはいるけれど。しかし、最近やっと吹雪にも女のコが騒ぐのもわかってきた感じがしていた。
「なに?」
 じっと吹雪に見つめられているのに千尋が気がつく。
「なんで、アンタみたいなのを好きになるのかなぁって思って」
「なに、吹雪ちゃん、俺を好きになってくれたの?」
「ば、馬鹿! なんで私が!」
 何を言い出すのかと、吹雪は顔を赤くしながら慌てる。
「他の女のコの話よ!」
「なぁんだ、やっと吹雪ちゃんも俺のことわかってくれたのかと思ったのに。でも、まぁいいや。とりえあず、今日はこのまま、デートしよっか?」
「だからどうしてそういう話になるわけ?」
「たまにはこういうのもいいでしょ♪」 
 そして、千尋の手が吹雪の肩にのびた時。
「ママー!!!」
「わっ?!」
 吹雪は突然ふとももあたりに、軽い衝撃とともに何か暖かいものを感じる。視線を落とすと、瞳に涙をいっぱいに浮かべた小さな男のコが吹雪を見上げていた。
「な、何? どうしたの?!」
「ママー!」
 男のコは吹雪の足にしっかりとしがみついて離れようとしなかった。
「ママって、吹雪ちゃん、いつ子供産んだの?」
「って、私が産むわけないでしょう!」
 ふと次に男のコはちらりと吹雪の横にいた千尋を見上げた。
「パパー!!!」
 今度は千尋の左足にしっかりとしがみついた。
「……私がママで、アンタがパパかい」
 吹雪はものすごく嫌そうな顔をする。それに対して千尋は、吹雪のそんな表情を特に気にするふうでもなく、男のコを抱き上げた。 
「それはそれで俺は嬉しいかも♪」
「馬鹿言わないでよ! それより、このコどうしたのかしら?」
「パパ〜、ママ〜って呼んでて泣いてんだから、迷子じゃないの?」
 千尋はもっともなことを言う。確かにそれしか考えられない。
「アンタの罠じゃなかったのね。ボク、どうしたの? パパとママとはぐれたの?」
 吹雪は男のコの顔を覗き込む。すると、その男のコは涙をぐいっと拭って笑った。
「パパもママもここにいるよ」
「あのね、ボク。私もコイツも君のママとパパじゃないのよ」
 吹雪がそう言うと、男のコは抱いてくれている千尋の首にぴとっと抱きついた。
「パパとママだもん!」
「あのね……」
 日曜日の午後という時間帯、吹雪達が歩いていた大きめの通りは人通りも多い。このやりとりを何ごとかと不審な視線を送りながら通り過ぎて行く人もいる。
 男のコは千尋から離れる気配はなく、このままここにいても埒があかないようだった。
「仕方ない、交番に連れて行こっか」
 そして、吹雪と千尋は自分達をママとパパと呼ぶ小さな男の子を連れて歩き出した。

◇ ◇ ◇

「あらまぁ、仲の良い若い御夫婦ねぇ」
「よく言われます♪」
 通りすがりのおばさんに声をかけられる度に千尋は律儀ににっこりと笑いながら答えた。
 小さい子供を連れていると、何故か『かわいいお子さんねぇ』などと、なんだかんだと声をかけれる。3人で歩き始めた当初は、吹雪もむきになって自分の子でも夫婦でもないと否定していたが、知ってか知らずかその度に男のコは楽しそうに吹雪を『ママ』と呼び、千尋を『パパ』と呼んだ。そして声をかけてくる人は、何故かその一言を信じ、吹雪の否定の言葉はどこかへ行ってしまう。
 そのうち、見知らぬ他人だし、と吹雪は否定するのも面倒になっていた。
「ねぇ、交番ってこっちの方だっけ?」
「ん? そうだったと思うけど。あれ、もしかしたらそっちの道だったかも♪」
「もしかしてわざと遠回りしているとか……」
「もしかするとこのコの親と会えるかと思ったんだけどねぇ」
 しらっと悪びれもせず千尋は答える。
「今頃交番でその子の両親が探していたらどうすんのよ! だからアンタは……」 
「ママ、ジュース!」
 男のコは絶妙なタイミングで吹雪と千尋の会話に入ってきた。
「そっか、ジュースか。ママ、ジュースだって♪」
 千尋がにっこりと微笑む。そして千尋のの腕の中にいる男のコも同じようににっこりと笑う。その笑顔が、吹雪には千尋そっくりに思えて仕方がなかった。
「……アンタ達、ホントに親子なんじゃないの?」
 脱力した吹雪がぼそりとつぶやいた。

◇ ◇ ◇

 迷子の男のコと出会った場所からすぐ近くの公園で、自動販売機のりんごジュースを買い、男のコを真ん中にしてベンチに座った。
 結局、近くの交番に千尋の知り合いが働いているということで、千尋が携帯電話で連絡を取ってみたが迷子の問合せは来ていないと言う。とりあえず、両親が探しに来たら連絡をもらうということになった。
「ねぇ、ねぇ、あのね、どうしてママのかみはみじかいの?」
 美味しそうにジュースを飲んでいた男のコが不思議そうに吹雪の顔を見て言った。
「どうしてって言われても……。それは私がママじゃないからでしょ?」
「ママはママだもん」
 男のコはぴとっと吹雪にくっつく。
「やっぱり吹雪ちゃん、このコのママなんじゃないの?」
 千尋は楽しそうににやにやとする。
「だったら、アンタこそ、このコのパパなんじゃないの?!」
「吹雪ちゃんがママならパパでもいいよ、なー♪」
「なー♪」
 千尋が男のコに笑いかけると、同じように笑い返してきた。 
「ホント、親子かと思うくらい似ているわよ、アンタ達」
 吹雪はふぅとため息をついた。
 それにしてもこのコの両親はどこへ行ったのだろう。
 こんな小さなコを放って平気でいるはずがない。きっと今頃探しているに違いなかった。
 このコの話ぶりから、この公園で遊んでいたことがわかった。ならば、この公園にいる方がいいのかと思うが、連絡が来るにしろ、両親に会えるにしろ、ただ待つだけというはなんとなく不安だった。
「そんなに気にしたって仕方がないって。 少なくとも交番には連絡したんだし、俺達と一緒なら誘拐されるようなこともないんだから」
 心配する気持ちが顔に出ていたのか、吹雪の気持ちを察した千尋は、いつの間にかペンチの前に砂場で遊んでいる男の子を見ながら声をかけた。
「そりゃ、そうだけど……」
 男のコは親とはぐれていたにも関わらず、不安な様子もなく遊んでいる。
 早く見つかるといいなぁ、と吹雪は考えていた。
 すると、突然男のコが顔をあげて叫んだ。
「あ、かみのながいママがいる!」
「えっ、ママ?!」
 男のコはテケテケと走って行く。
 吹雪と千尋は男のコの目指すところにいる場所に1人の女性が立っているのを見つけた。しかしちょうど逆光になって顔がよく見えない。
 男のコはその女性にふわりと抱き上げられ、そしてその女性は背中を見せた。
 さらりとその背に揺れる長い髪。吹雪の髪が長い頃を思い出させるような長さだった。
「よかった。お母さん、見つかったみたい」
「俺はもう少し3人で親子でいたかったけど♪」
「どうしてアンタはそんなこと言うのよ! 無事にお母さん見つかったんだからいいじゃないの!」
「別に見つからない方が良かったとは言ってないでしょ」
 千尋と吹雪はそんな言葉を交わしあう。そして再び母子の方に視線を向けた。
「あれ、いない……?」
 視線をはずしたのはほんの一瞬だったはずなのに、男のコとその母親の姿は、もうどこにも見えなかった。
「一言お礼くらい言ってってもいいのに」
「まぁ、無事にママのところに戻ったんだからいいんじゃないの?」
「それはそうだけど……」
 お礼を期待してとかではないけれど、可愛く笑っていた男のコが急にいなくなって、少し淋しい気がした。
「吹雪ちゃんがママで、俺がパパかぁ。そのうちホントにそうなるかも。ねぇ、吹雪ちゃん♪」
「な、なるわけないでしょ!」
 千尋の楽し気に言う言葉に、吹雪の顔が真っ赤になる。
「そうかなぁ。あのコ見てたらそんな気がしてたんだけど」
「馬鹿なこと言ってないで帰るわよ!」
 吹雪は自分の荷物を手に取ると、スタスタと歩き出した。 
 そういえば、名前くらい聞いておけばよかったかな。
 吹雪はふとそう思った。

◆ ◆ ◆

 

「どこに行ってたの? ママから離れちゃダメって言ったでしょ!」
 ママはちょっとおこったかおをしていた。
「あのね、あのね、ぼくね、ママとずっといっしょにいたよ。あっちでかみのみじかいママといたの」
「あっちって、誰もいないわよ?」
 さっきまでいっしょだったパパとママがいない。
 かみのながいママがいるからいないのかなぁ。
「でもね、でもね、かみのみじかいママはいたの。ねぇ、どうしてママはかみがみじかかったの?」
「どうしてって言われても……。それはママじゃないからでしょ?」
「ううん、ママだったよ。だってパパといっしょにいたもん」
「う〜ん、パパも、っていったい誰のことなのかしら……」
「あ、パパぁ!」
 ママのうしろにパパがいた。
 ボクがパパのところへいくと、パパはおっきな手でボクをだっこしてくれた。
「冒険は楽しかったか?」
「冒険って、あなたがこのコに何かけしかけたの?!」
「そんなことすると思う?」
「思えるから訊いてるんじゃない」
「1人でどこか行っていたんだ。このコにとってはちょっとした冒険だったってことだよ、
なー♪」
「なー♪」
 ほら、パパのえがおもおんなじだよ♪

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

ちょっとネタの整理しよういろいろとメモっていたら、あら不思議、
完成してしまいました(笑)
2巻で吹雪ちゃんがミニ大和クンのママになっていたのを読んで、なんとなくママと呼ばれる
吹雪ちゃんを書いてみたいなぁとか思っていました。
迷子の男のコの両親が誰なのか(笑)、そしてそれはあり得るのでしょうか?
これは、たくさんの可能性のある未来の1つが、たまたまちーさんと吹雪ちゃんの時間と交錯したという感じの話です。
未来は決まっていないので、大和クンやけんさんとの未来もあるかも……。
はたしてちーさんと吹雪ちゃんの未来はどうなるのか、それは今は皆様のご想像のままに……♪