Scene1 瞬風−syunka−
(『おまけの小林クン』より)

風が吹く。
その一瞬に目を奪われる。
まるでサラサラという音が聞こえてきそうなくらいに、流れる栗色の髪。
ふわりと届く、どこかでかいだことのある甘い香り。
陽(ひ)に透けるその長い髪に触れてみたいと、その時思った。

 放課後。
 健吾と吹雪の二人は、ゴミ捨てのために校舎の外へ出た。
 一人で十分だと健吾は主張したのだが、吹雪は私も行くと言って、一緒に教室を出たのだった。
 そして、それはその途中でのことだった。
「あ、あのな、委員長」
「何?」
 健吾に呼ばれた吹雪はくるっと振り返る。
 こんな時、以前ならさらりと長い髪が揺れたのに……。
 肩よりも短くなった吹雪の髪を、すまなさそうに見つめた。
「どうかした? 用があるから呼び止めたんじゃないの?」
「あ、ああ、その……」
 まっすぐな瞳で自分を見ている吹雪を目の前にして、いつも以上に口下手になってしまい、後に続く言葉が出てこない。
 あの時から言いたかった言葉。
 言いそびれた、一言。
 なかなか言えずにいた一言を、健吾は意を決して話そうとした瞬間、突風が二人の間を駆け抜けていった。
「すごい風」
 吹雪は駄是で乱れた髪を手で直そうとした。
「委員長、髪にゴミがついてる」
 吹雪の髪についた葉に、健吾は何気なく手を伸ばした。
 さらりとした絹糸のような吹雪の髪に触れそうになったその時、ハッとしたように健吾の伸ばした手が止まった。
『触ってみたかったんでしょ? 吹雪ちゃんの……』
 ふいにアイツの言葉が頭をかすめていった。
 このまま吹雪の髪に触れてしまっていいのか、健吾は戸惑った。
 触るのではなく、ただゴミを取るだけだというのに、何故か緊張する。
「?」
 突然動きの止まった健吾を見て、吹雪はきょとんとした表情で首をかしげる。
 言い様のない雰囲気がその場に漂う。
 引っ込みのつかなくなった右手。
 しだいに健吾の顔が赤くなっていく。
 その時。
「ふっぶきちゃん♪」
「うきゃっ!」
 どこからともなく、ふってわいたかのように現れた千尋が、背後から吹雪を抱き締める。
「ええーい! 離せ、このバカ!!」
 突然の背後からの攻撃に、吹雪は抵抗する。
「う〜ん、やっぱりいい香りだね、吹雪ちゃんの髪は」
 吹雪の短くなった髪を手に取って、千尋は髪に軽くキスをする。
「そんなことはどーでもいいだろうが! いいかげん離せってば!」
「短いのも、とっても可愛くて似合うけれど、オレとしては長い方が好みなんだよなぁ」
「誰もあんたの好みは聞いてないって!」
 吹雪の抵抗をものともせず、千尋は続ける。
「ねぇ、吹雪ちゃん、これつけてみない?」
 そう言って取り出したのは、色とりどりのウィッグの数々。
「一体どこから取り出したんだ?! そんなものはいらないってば!」
「これなんか似合うと思うのになぁ。どう? ラッシーと同じ毛色なんだけど」
「お前はラッシーを撫でてろ!」
 何やら子供のような吹雪と千尋のじゃれあいを、呆然と立ち尽くしながら健吾は見ていた。
「お、おい、いいがけんに……」
 やっとの思いで止めに入ろうとした健吾をちらりと見た千尋は、にやりと口元を歪める。
「そだ、大和クンが呼んでたんだっけ」
 わざとらしく、今思い出したかのように千尋は吹雪に言った。
「なんだと?! どうしてそれを早く言わないんだ!」
 『大和』というキーワードに過敏に反応を示した吹雪は、自分が何故ここにいたのかも忘れて、千尋の腕を無理矢理引き剥がし、校舎に向かって走り出した。
 そしてその場に残された二人。
 しばしの無言の後、先に口を開いたのは健吾だった。
「お前……」
「なにかな♪」
 何もかも知っていそうな、そんな意地の悪い笑みが千尋の顔に浮かぶ。
「言いたいことはタイミングよく言わないと、いつまでたっても言えないもんだよねぇ。そう思わない? 健吾クン♪」
 うっ、と胸を突かれたような一言だった。
「……お前、わざとだろ?」
「なにが?」
「本当に大和は委員長を呼んでいたのか?」
「オレが嘘をついているっていうの? 健吾クンにそんなこといわれるのは心外だなぁ」
 首を左右に振って、おどけたように千尋は答える。
 その後、千尋の表情がふっと変わるのと同時に、声のトーンも変わった。
「まっ、邪魔したって思ってもいいけどね」
「どういう意味だ?」
「言った通りの意味だよ。じゃ、オレは教室に戻ろっと♪」
「あ、おい!」
「健吾クンは、それ捨ててから戻ってきてね♪」
 千尋は健吾の足下を指差した。
 指された先を見ると、足下にはまだ中身を捨てていないゴミ箱が、自分が持ってきた分と、吹雪が持ってきた分が2つ置かれてあった。
 それさえもアイツの罠だったのだろうか。
 そんなことを考えつつ、健吾はため息をもらした。
 すでに千尋の姿は見えなくなっていた。
 仕方なく、健吾はゴミ箱2つを両手に持った。
 いったいいつになったら吹雪に言えるのだろうか、と考える。
 たった一言。
 すまん。
 いや、似合う、の方がいいだろうか?
 もう一度、吹雪に言う言葉を、健吾は真面目な顔をして考え始めた。
 今度こそ、アイツに邪魔される前に伝えよう。
 そう心に決めて、健吾は歩き出した。
 夏になる少し前の風が、再び健吾の横を通り過ぎていった。

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

ついに書いてしまいました、森生さんキャラショートストーリー(^^;)。
何故かコレの主役は健吾クンです。
でも真の主役はちーさんです(笑)。
コレで書きたかったことは2点。
1つはちーさんが吹雪ちゃん用にウィッグの罠を用意したこと。
これって絶対ちーさん用意したように思えるんですけど(^^;)。
そして、もう1つは健吾クンへの宣戦布告です。
ちーさんは健吾クンに「これからも邪魔するからね♪」みたいなことを言っています。
当初(小林クン3巻を読む前)はもっとシリアスなちーさんが主役だったのですが、
読んだ後に実際書き始めたらこうなってしまいました。
健吾クンの性格からして、吹雪ちゃんに言えなかった一言を結構引きずっているのではないかと思いました。
しかし結局コレでも言えずじまい(笑)。きっとこの先も言えないままでしょう(大笑)。