Scene20 君と過ごした夏 健吾編
(『おまけの小林クン』より)


 

 携帯電話のメモリに入っているナンバー。
 それを選べばいつでもつながる。
 コールが1回、2回。
 そして聞こえてくる声。

 あ、えっと、俺だけど。
 いや、別に用ってほどじゃないんだけど。
 ああ、なんとなく声が聞きたかったから、かな。
 もしもし?
 あ、急に黙ったからどうしたかと思って。
 今?
 バイト終わって帰るところだ。
 ああ、近くの公園にいる。
 い、いや、いいよ、わざわざ出てこなくても。
 ああ、じゃあな。

 長かった夏休みももうすぐ終わる。
 だから彼女とももうすぐ会える。
 それがわかっていても、今声が聞きたかった。
 たった数分、声だけだったが、なんだかホッとした気分になった。
 本当は彼女の顔が見たかったと思う。
 とはいえ、ただのクラスメートがわざわざ逢いに行く理由もなく、結局逢うことができなかった。
 でも、声だけでも聞けてよかった。
 しばらく公園のベンチに座ってぼんやりと空を見ていた。
 青い空がだんだんとオレンジ色に染まっていく。
 今頃彼女は何をしているのだろうかと、ふと考えていた。
「小林健吾!」
 突然フルネームを呼ばれて、俺はハッとして視線を声がした方へと移す。
「い、委員長?」
「やっぱりいた。アンタのことだから、まだいるんじゃないかって思ったら。やっぱりいたわね」
「なんで……」
 向日葵柄のオレンジ色のワンピースを着た彼女がなんとなく新鮮で、まぶしく見える。
「急に電話かけてくるから、何かあったかと思うじゃない。でも、ま、元気そうで安心した」
 ホッとしたように、彼女はふぅと息をついた。
 俺は、彼女がわざわざここまで逢いに来てくれたのかと思うと、内心嬉しくなる。
「何よ、その顔」
「えっ?」
 いきなりの指摘に俺は驚く。嬉しいと思ったのが表情に出たのだろうか。
「ずいぶん日に焼けてるわね。もしかして夏休み中バイトしてた?」
 ああ、そっちのことか。
「まぁな。委員長はそれほど焼けてないな」
「日焼けなんてしたら後が大変だからね」
 夏休み前とほとんど変わらず、委員長の肌は白かった。
「何?」
 じっと見てしまったことを彼女は不思議に思ったらしい。
「いや、委員長の顔が見られて良かったと思って」
 つい口を滑らせて本当のことを言ってしまった。バカなことを言ったと、そう思ったら。
 急に彼女の頬が赤くなっていく。
 それにつられ、俺もつられて赤くなっているのがわかる。
「な、何バカなこと言ってんのよ! 私の顔なんて見飽きてるじゃないの!」
 彼女は俺と顔を合わせないように背中を向ける。
 俺は何と言って声をかけたらいいのかわからず、少しの間、沈黙が流れる。
「あー、もう、夕方だっていうのに暑いわね!」
 この妙な間を気にしたのか、彼女は話をそらす。それをきっかけに俺も声を出すことができた。
「かき氷でも食ってくか?」
「いいわね。もちろんアンタのおごりよね?」
「まぁ、誘ったのは俺だからな」
 かき氷くらいで彼女と2人っきりの時間が作れるなら安いものだ。
「あ、でもアンタお金ためてるのよね。そういえば、割引券あったんじゃ……」
 ごそごそと彼女はカバンの中を探す。
「あ、あった。ここに行こ」
 小さな紙を取り出して、彼女は場所を確かめる。
「……委員長のカバンには何でもあるんだな」
「なに? 何か言った?」
「いや、どこへ行くって?」
「ん、こっち」
 俺は委員長の後について歩き出す。
 突然訪れた彼女と過ごす時間。
 少しでも長く続いて欲しいと、俺は思った。
 夏はまだ終わっていない。
 

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

『君と過ごす夏』のおまけのおまけ1(笑)です。
ちーさんネタを書き終えた後、ふとけんさんだったらどうなるかな、と思ったのがきっかけで
書いてみました。
シチュエーションも話の流れも同じだけど、けんさん一人称だとこんな感じになりました。
ちょっとだけらぶらぶ?(笑)
けんさん絡みだと、私はこのへん止まりかな。

    

   

  


 

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