携帯電話のメモリに入っているナンバー。
それを選べばいつでもつながる。
コールが1回、2回。
そして聞こえてくる声。
あ、えっと、俺だけど。
いや、別に用ってほどじゃないんだけど。
ああ、なんとなく声が聞きたかったから、かな。
もしもし?
あ、急に黙ったからどうしたかと思って。
今?
バイト終わって帰るところだ。
ああ、近くの公園にいる。
い、いや、いいよ、わざわざ出てこなくても。
ああ、じゃあな。
長かった夏休みももうすぐ終わる。
だから彼女とももうすぐ会える。
それがわかっていても、今声が聞きたかった。
たった数分、声だけだったが、なんだかホッとした気分になった。
本当は彼女の顔が見たかったと思う。
とはいえ、ただのクラスメートがわざわざ逢いに行く理由もなく、結局逢うことができなかった。
でも、声だけでも聞けてよかった。
しばらく公園のベンチに座ってぼんやりと空を見ていた。
青い空がだんだんとオレンジ色に染まっていく。
今頃彼女は何をしているのだろうかと、ふと考えていた。
「小林健吾!」
突然フルネームを呼ばれて、俺はハッとして視線を声がした方へと移す。
「い、委員長?」
「やっぱりいた。アンタのことだから、まだいるんじゃないかって思ったら。やっぱりいたわね」
「なんで……」
向日葵柄のオレンジ色のワンピースを着た彼女がなんとなく新鮮で、まぶしく見える。
「急に電話かけてくるから、何かあったかと思うじゃない。でも、ま、元気そうで安心した」
ホッとしたように、彼女はふぅと息をついた。
俺は、彼女がわざわざここまで逢いに来てくれたのかと思うと、内心嬉しくなる。
「何よ、その顔」
「えっ?」
いきなりの指摘に俺は驚く。嬉しいと思ったのが表情に出たのだろうか。
「ずいぶん日に焼けてるわね。もしかして夏休み中バイトしてた?」
ああ、そっちのことか。
「まぁな。委員長はそれほど焼けてないな」
「日焼けなんてしたら後が大変だからね」
夏休み前とほとんど変わらず、委員長の肌は白かった。
「何?」
じっと見てしまったことを彼女は不思議に思ったらしい。
「いや、委員長の顔が見られて良かったと思って」
つい口を滑らせて本当のことを言ってしまった。バカなことを言ったと、そう思ったら。
急に彼女の頬が赤くなっていく。
それにつられ、俺もつられて赤くなっているのがわかる。
「な、何バカなこと言ってんのよ! 私の顔なんて見飽きてるじゃないの!」
彼女は俺と顔を合わせないように背中を向ける。
俺は何と言って声をかけたらいいのかわからず、少しの間、沈黙が流れる。
「あー、もう、夕方だっていうのに暑いわね!」
この妙な間を気にしたのか、彼女は話をそらす。それをきっかけに俺も声を出すことができた。
「かき氷でも食ってくか?」
「いいわね。もちろんアンタのおごりよね?」
「まぁ、誘ったのは俺だからな」
かき氷くらいで彼女と2人っきりの時間が作れるなら安いものだ。
「あ、でもアンタお金ためてるのよね。そういえば、割引券あったんじゃ……」
ごそごそと彼女はカバンの中を探す。
「あ、あった。ここに行こ」
小さな紙を取り出して、彼女は場所を確かめる。
「……委員長のカバンには何でもあるんだな」
「なに? 何か言った?」
「いや、どこへ行くって?」
「ん、こっち」
俺は委員長の後について歩き出す。
突然訪れた彼女と過ごす時間。
少しでも長く続いて欲しいと、俺は思った。
夏はまだ終わっていない。
Fin
<ちょっとフリートーク>
『君と過ごす夏』のおまけのおまけ1(笑)です。
ちーさんネタを書き終えた後、ふとけんさんだったらどうなるかな、と思ったのがきっかけで
書いてみました。
シチュエーションも話の流れも同じだけど、けんさん一人称だとこんな感じになりました。
ちょっとだけらぶらぶ?(笑)
けんさん絡みだと、私はこのへん止まりかな。
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