Scene20 君と過ごした夏 千尋編
(『おまけの小林クン』より)


 

 携帯電話のメモリに入っているナンバー。
 それを選べばいつでもつながる。
 コールが1回、2回。
 そして聞こえてくる声。

 あ、俺。
 今、何してる?
 ふぅん、そっか。
 ねぇ、今から出て来てくれる?
 なんの用かって?
 う〜ん、君の顔が見たいからって言ったら?
 ……どうしてそこで怒るかなぁ。
 とりあえず近くの公園にいるから。
 気が向いたら来てよ。
 じゃあね。

 
『行かないわよ!』

 電話を切る直前、最後に聞こえて来た彼女の言葉。
 それはいつものように素っ気ない。
 けれど。
 そう言っていても彼女がここへ来てくれるのはわかっている。
 ちょっと怒った感じで文句を言われるかもしれない。
 いや、きっと言われるはず。
 それがわかっていても俺は彼女にわがままを言う。
 もちろん俺がこんなわがままを言うのは彼女にだけ。
 どんなに口でいろいろ言っても、彼女は許してくれるから。
 彼女の家からここまで歩いて10分弱。
 行くか行かないかをちょっとだけ迷った後で、髪を直して、靴を選んで。
 そろそろ来る頃だろう。
 どんな顔で来てくれるのかと楽しみにしながら、俺は公園の入り口を見ていた。 

「千尋!」
 彼女の着ていたオレンジ色のワンピースの大きな向日葵柄が揺れる。
「来てくれたんだ、吹雪ちゃん」
「アンタがあんなふうに電話切るからじゃない。気が向いたら来て、とか言って、私が来るまで待ってるくせに。用もないのに呼び出さないでよ」
 じゃあ、来ないと言ったくせに、わざわざここまで来たのは誰?
 そう言ったら彼女は怒って帰るかもしれない。
 だから俺はいつものようにからかうように言う。
「だって吹雪ちゃんに逢いたかったからね♪」
「一昨日まで一緒に課題やって、飽きるほど顔合わせてたでしょうが!」
「そんなこと言って。吹雪ちゃんだって、ホントは俺に逢いたくて来たくせに♪」
 何気なくそう言うと、意外にもすぐにパッと彼女の顔が赤くなった。
「な、何言ってんのよ!」
「いいんだよ。正直に言っても♪ 言ってごらん、俺に逢いたかったって♪」 
 赤くなる彼女が可愛くて、つい俺は調子に乗ってしまう。
「遠慮しないで。ほら、吹雪ちゃん♪」
 さらに赤くなる彼女は、ふいに背中を向けた。
 調子に乗り過ぎて、本当に怒らせてしまっただろうか。
「吹雪ちゃん?」
 様子をうかがうように、俺は彼女を呼ぶ。
「……逢いたかったわよ」
 ふいに飛び込んでくる小さな声。
「えっ?」
 本当に言ってくれるとは思っていなかった俺は、一瞬驚いて身体が動けなくなる。
 そう言ってくれた彼女の言葉が嬉しくて、たぶん俺はきっとまぬけな顔をしているだろう。
 彼女が向こうを見ていてくれて助かった。 
 なんとなく声がかけづらく、しばしの沈黙。
「あー、もう、夕方だっていうのに暑いわね!」
 彼女は背を向けたまま、何かをごまかすかのように話を逸らした。それをきっかけに俺もいつもの調子を取り戻す。
「あ、じゃあ、かき氷でも食べに行く?」
「いいわね。もちろんアンタのおごりよね?」
 くるっと振り向いた彼女の頬はまだ赤く染まっていたけれど、笑顔だった。
 だから俺も笑顔でうなずく。
「吹雪ちゃんの仰せのままに」
 夕陽があたりをオレンジ色に染める。
 今日もまた、君と過ごす時間が訪れる。
 夏はまだ終わっていない。

 

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

『君と過ごす夏』のおまけです。
珍しくちーさんの一人称です。
吹雪ちゃんとしては、ずっと一緒に課題を作成し、やっと終わって顔を合わせなくなってホッとしたけれど、逢わなくなったらなったで物足りなくて逢いたくなった、そんな感じかな。
少々ネタばれになりますが、吹雪ちゃんに逢いたかったと言われたこの時のちーさんの顔は、本誌で大和クンに大好きと言われた時のちーさんの顔と似ているのではないかなと思います。
って、一体どんな顔なのかしら〜(笑)

    

   

  


 

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