携帯電話のメモリに入っているナンバー。
それを選べばいつでもつながる。
コールが1回、2回。
そして聞こえてくる声。
あ、俺。
今、何してる?
ふぅん、そっか。
ねぇ、今から出て来てくれる?
なんの用かって?
う〜ん、君の顔が見たいからって言ったら?
……どうしてそこで怒るかなぁ。
とりあえず近くの公園にいるから。
気が向いたら来てよ。
じゃあね。
『行かないわよ!』
電話を切る直前、最後に聞こえて来た彼女の言葉。
それはいつものように素っ気ない。
けれど。
そう言っていても彼女がここへ来てくれるのはわかっている。
ちょっと怒った感じで文句を言われるかもしれない。
いや、きっと言われるはず。
それがわかっていても俺は彼女にわがままを言う。
もちろん俺がこんなわがままを言うのは彼女にだけ。
どんなに口でいろいろ言っても、彼女は許してくれるから。
彼女の家からここまで歩いて10分弱。
行くか行かないかをちょっとだけ迷った後で、髪を直して、靴を選んで。
そろそろ来る頃だろう。
どんな顔で来てくれるのかと楽しみにしながら、俺は公園の入り口を見ていた。
「千尋!」
彼女の着ていたオレンジ色のワンピースの大きな向日葵柄が揺れる。
「来てくれたんだ、吹雪ちゃん」
「アンタがあんなふうに電話切るからじゃない。気が向いたら来て、とか言って、私が来るまで待ってるくせに。用もないのに呼び出さないでよ」
じゃあ、来ないと言ったくせに、わざわざここまで来たのは誰?
そう言ったら彼女は怒って帰るかもしれない。
だから俺はいつものようにからかうように言う。
「だって吹雪ちゃんに逢いたかったからね♪」
「一昨日まで一緒に課題やって、飽きるほど顔合わせてたでしょうが!」
「そんなこと言って。吹雪ちゃんだって、ホントは俺に逢いたくて来たくせに♪」
何気なくそう言うと、意外にもすぐにパッと彼女の顔が赤くなった。
「な、何言ってんのよ!」
「いいんだよ。正直に言っても♪ 言ってごらん、俺に逢いたかったって♪」
赤くなる彼女が可愛くて、つい俺は調子に乗ってしまう。
「遠慮しないで。ほら、吹雪ちゃん♪」
さらに赤くなる彼女は、ふいに背中を向けた。
調子に乗り過ぎて、本当に怒らせてしまっただろうか。
「吹雪ちゃん?」
様子をうかがうように、俺は彼女を呼ぶ。
「……逢いたかったわよ」
ふいに飛び込んでくる小さな声。
「えっ?」
本当に言ってくれるとは思っていなかった俺は、一瞬驚いて身体が動けなくなる。
そう言ってくれた彼女の言葉が嬉しくて、たぶん俺はきっとまぬけな顔をしているだろう。
彼女が向こうを見ていてくれて助かった。
なんとなく声がかけづらく、しばしの沈黙。
「あー、もう、夕方だっていうのに暑いわね!」
彼女は背を向けたまま、何かをごまかすかのように話を逸らした。それをきっかけに俺もいつもの調子を取り戻す。
「あ、じゃあ、かき氷でも食べに行く?」
「いいわね。もちろんアンタのおごりよね?」
くるっと振り向いた彼女の頬はまだ赤く染まっていたけれど、笑顔だった。
だから俺も笑顔でうなずく。
「吹雪ちゃんの仰せのままに」
夕陽があたりをオレンジ色に染める。
今日もまた、君と過ごす時間が訪れる。
夏はまだ終わっていない。
Fin
<ちょっとフリートーク>
『君と過ごす夏』のおまけです。
珍しくちーさんの一人称です。
吹雪ちゃんとしては、ずっと一緒に課題を作成し、やっと終わって顔を合わせなくなってホッとしたけれど、逢わなくなったらなったで物足りなくて逢いたくなった、そんな感じかな。
少々ネタばれになりますが、吹雪ちゃんに逢いたかったと言われたこの時のちーさんの顔は、本誌で大和クンに大好きと言われた時のちーさんの顔と似ているのではないかなと思います。
って、一体どんな顔なのかしら〜(笑)
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