3月12日。
この日は午前中で授業が終了していた。
早くに帰れる今日。この後何をしようかと考えながら大和は帰り支度をしようとしていた。
「あれ?」
教科書を鞄にしまおうとしていた大和の手がふいに止まる。
机の中に1通の白い封筒が入っていたのである。
自分のものではないその封筒を見つめ、大和は首をひねる。
表には『Invitation』とだけ書かれている。その他には何も書かれてはいない。差出人の名前もなかった。
「いんば……て……。ねぇねぇ、健吾クン、これどういう意味?」
大和のすぐうしろの席に座っている健吾に、大和は封筒を見せた。
「インヴァテーション……、招待状ってことだな」
「ふうん」
何だろうと不思議に思いながら開けてみると、中には2つ折りにされたカードが入っていた。さらにそれを広げてみると、青いインクの流麗な文字で何かが書かれてあった。
『小林大和様
あなたを素敵な場所へ招待いたします♪
まずはお地蔵さんのところへ行きなさい』
「わぁ、なんだろ! ねぇ、ねぇ、健吾クン、素敵な場所ってどこだろう!」
大和は健吾の袖を引っ張りながら、楽しそうな表情をする。
それとは反対に、大和の手からカードを取り、それを手に持って見た健吾はほんの少し眉を寄せる。
この見覚えのある筆跡といい、♪マークといい、アイツが用意したものに違いないな。
そう思いながらも健吾はそれを口には出さなかった。
「健吾クンも一緒に行ってみようよ!」
「お、俺も?!」
何を言い出すのだと、一瞬驚く。しかし、健吾は断るわけにはいかなかった。
それは、なぜこんなものが用意されたのか、その理由を健吾は知っていたからだった。
それにしても何もこんな手の込んだことしなくても……。
健吾は呆れながらため息をつく。
こんな子供じみた罠に自分が振り回されるのは嫌だったが、大和一人にするのも不安であった。一人でちゃんと招待された場所へたどり着けるかどうかわからない。
それよりも、こんなに楽しげな大和にやめろとは言えなかった。
「……わかった。ついて行ってやる。まずはどこだって?」
「ありがとう、健吾クン! 素敵な場所ってどこかなぁ」
そして、大和は健吾とともに『素敵な場所』へと目指したのだった。
◇ ◇ ◇
「えっと、クルクルクルとまわって、ワン!」
春になると桜が満開になる大きな木の下で、大和はカードの文面通りに指示された行動をする。
そばで見ている健吾の方が恥ずかしかった。
廊下を50回スキップして進めだの、激辛スナックを全部食べろだの、3回まわってワンと言えだの、くだらない指示が次々に用意されていたが、大和は果敢に挑戦し、見事に全部クリアしていった。
「それで両手を広げて空を見る……。あ、あった! あったよ、健吾クン、あそこ!」
大和は木の枝にぶらさがった白い封筒を目ざとく見つけた。
「でも、届かないよぉ」
ぴょんぴょんと跳ねて手を伸ばすが、封筒には全然届かない。
「ああ、ちょっと待て。よっ、と」
「わっ!」
急に大和の目線が高くなった。
健吾がひょいと大和を肩車したのである。
軽々と肩に大和を乗せた健吾。それはまるで仲の良い父子のような光景である。
「届くか?」
「う〜ん、と。あ、取れたよ!」
封筒を手にした大和を、健吾はゆっくりと地面に下ろす。
「で、次は何だって?」
大和はドキドキしながら開封し、中のカードを取り出す。
『これが最後です♪
この学校の中で、あなたの好きな人が
たくさんいるところへ行きなさい』
「ボクの好きな人がたくさんいるところ……」
う〜ん、ちょっと考え込み、そしてあっ、と思いつく。
「ここしかないよ!」
大和は思わず駆け出した。
「お、おい。待て、あんまり急ぐと転ぶぞ!」
大和から少し遅れて、健吾も駆け出した。
外から校舎に入り、2Aの教室の前で大和は立ち止まった。
「ここか?」
「うん。ボクね、吹雪ちゃんや健吾クン、千尋クン、燕先生やクラスのみんなが大好きなの。だから学校の中ではここが一番好きな人がたくさんいるところなの!」
「そうか」
健吾は短くうなずく。優し気な微笑みを浮かべながら。
「じゃ、開けるよ。せーの……」
中に何があるのかとわくわくしながら、思いきって大和は教室の戸を開けた。
その瞬間。
「小林クン、Happy Birthday!」
クラッカーの音とともに、大合唱のようにその言葉が大和の耳に飛び込んでくる。
「わぁ?!」
色とりどりの紙ふぶきがひらひらと大和に降ってくる。
何が起きたのかわからないような表情で、大和はぽかんと大きな口を開けていた。
「小林クン、お誕生日おめでとう!」
満面の笑みの吹雪が、まず大和にそう言った。
「Happy Birthdayって、これ、ボクのために……?」
3月12日、今日は大和の誕生日である。
招待状からたどり着いた素敵な場所−−−教室はついさきほどまで授業していたのとは一転し、リボンや花で飾られ、合わせられた机の上には白いテーブルクロスがかけられている。その上には、スナック菓子やジュース、そして手作りと思われる、ちょっといびつな苺のケーキなどが用意されてある。黒板にはクラスのみんなが書いたメッセージも書かれてあった。
「そうよ。小林クンに喜んで欲しくて、みんなで用意したのよ」
「うわぁ、みんな、ありがとう!」
すごく嬉しくてたまらないといった表情で、大和は笑う。
「でもあんまり遅いから心配しちゃった」
「えっ?」
「この準備をするために、小林クンが帰らないようにちょっとどこかで待っていてもらうはずだったの。一人で待たせるわけにはいかないから、千尋がその役を引き受けるって言ったのに、当の千尋は教室にいるし、でもちゃんと小林クンは帰らないで教室に戻ってくるって言うし……」
「小林クン、よくここまでたどり着けたねぇ♪ 楽しんでもらえたかな?」
大和と吹雪の間に千尋が割り込んできた。にっこりと千尋は大和に微笑みかける。
「千尋クン? あっ! もしかして招待状をくれたのって……」
「あんなの考えつくのはコイツしかいないだろう……」
健吾が大和の横でふぅとため息をついた。
「ボクね、カードの指示、全部クリアしたのよ! 千尋クン、今日はボクの勝ちだね!」
「そうだね。エライよ、小林クン♪」
千尋は、自慢げに喜んでいる大和の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「あれをエライというのだろうか……」
心なしか疲れた様子で健吾はつぶやく。そんな健吾の肩を、千尋はポンポンと叩く。
「いやぁ、健吾クンもお疲れさま♪ まさか一緒に行くとは思わなかったよ。でも、オレも小林クンの『3回まわってワン!』は見たかったなぁ♪」
「ワンって何よ?! アンタ、小林クンに何やらせたのよ!」
大和との会話を邪魔された吹雪。それだけでも許せないのに、またもや何か罠をしかけたのかと、満面の笑みがうって変わって恐くなり、そして千尋の襟元をつかんで詰め寄る。
「ほらほら、吹雪ちゃんったら、そんなに眉間にシワ寄せたら元に戻らなくなるよ♪」
「アンタねぇ!」
「吹雪サン、吹雪サン、そろそろパーティー始めませんか?」
つんつんと吹雪の肩を燕はつっ突いた。
クラスのみんなも早く始めようと待ち構えている。
「もう! この件はあとでちゃんと説明してもらうからね!」
吹雪は仕方なく千尋から手を放した。
「小林クン、小林クン。このケーキね、委員長が焼いたのよ」
にこやか微笑んだゆりが丸い苺のケーキを持って大和に見せる。
「ちょっと形は悪いけどね」
吹雪はゆりの隣で恥ずかしそうする。
「おいしそう! ボク、苺大好き。ありがとう、吹雪ちゃん」
大和の満面の笑みに、吹雪は真っ赤になる。大和にこんなに喜んでもらえ、朝早くから起きて準備したかいがあったと、喜ばずにはいられなかった。
「ろうそく立てなきゃね」
ふわふわのスポンジにたっぷりの生クリーム。真っ赤な苺が飾られたケーキに、吹雪は大和の歳の数だけろうそくを立てて火を灯ける。
「じゃ、みんなで。せーの! Happy Birthday to you♪ Happy ……」
大和を囲んでクラスのみんなの大合唱。
吹雪を筆頭に、千尋も健吾も笑顔で歌っている。燕、ゆり、日影、こずえ、といつもの面々も同じように笑顔で歌っている。
こんなにたくさんの人に祝ってもらうのは、大和にとって初めてのことだった。
「みんな、ありがとね。ボク、とっても嬉しいよ。みんな、みんな、だぁい好き!」
今までで一番の嬉しい大和の笑顔だった。
みんなも君のことが大好きだよ。
Happy Birthday♪
Fin
<ちょっとフリートーク>
大和クンの『だぁい好き!』にはとっても威力があると思います。
この一言で幸せになれちゃう、とっておきの魔法。
皆さんは、LaLa3月号をお読みになられているでしょうか?
読後、私にも言って欲しい(笑)と思いつつ、私はもう1つ強く思ったことがあるのです。
大和クンにどうしても言いたくなったのですよね、『大好き』って。
でもそう思ったのは私だけじゃないとも思いました。
なので、今回は最後から2行目が一番言いたくて書いたものです。
ちーさん派の私ですが、やっぱり大和クンは特別ですね。
大和クン、だぁい好き♪
※2001年罠企画Spring Trap参加作品
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