今宵、サンタと出逢う時
(『聖・はいぱあ警備隊』より)


 

『相変わらず時間にルーズなんだから』
 教会の礼拝堂の片隅に座っていたアニーはため息をついた。
 待合せの時間からもう15分は経っていた。
 あと10分後にはこの礼拝堂では賛美歌の小さなコンサートが行われる。たまたま街を歩いていた時にちらしをもらって知ったこのコンサートは、プロの大規模なものとは違い、素人の、ボランティア的なものなのだが、そのアットホーム的なところにアニーは興味を持った。
 せっかくの聖夜に一人というのも淋しいので、半分諦めかけながらもクロミネに声をかけてみた。一言で一蹴されるのではないかとびくびくしながら誘ってみれば、簡単にOKの返事をもらえたのだった。アニ−は意外に思いながらも嬉しさでいっぱいだった。
 しかし、今、すでに待合せ時間を過ぎたというのにクロミネが来る気配は感じられない。
『あんなに簡単にOKするから何かあるんじゃないかと思っていたけれど。まさか、来ない、なんてことないわよね? クロミネ?』
 窓の向こうにはさきほどから雪がちらちらと静かに舞い降りていた。
『もしかして、道に迷っているのかしら?』
 この教会は少し奥まったところにあり、しかも教会前の道路は狭く、いつもクロミネが乗っている車では通りづらいものがある。もしかすると途中で車を降りて歩いてくるかもしれない。
『そうね、きっとそうだわ。迎えに行ってみましょう!』
 アニーは席を立ち上がると、礼拝堂から廊下へと出て、外へと駆け出そうとした。
 その時、目の前に赤い何かが見えた。
「わっ」
『キャッ』
 身体に受ける軽い衝撃。
 見れば、ころんと床に転がっている少年がいる。前方を確かめずに先を急いだために、見知らぬ誰かとぶつかったらしい。アニーは慌てて手を差し伸べた。 
『ご、ごめんなさい。慌てていたものだから』
 少年は顔を上げてアニーを見た。その瞬間、少年の表情が固まる。しかしすぐに嬉し気なものに変わった。
「うわぁ、天使さまだぁ」
 ぶつかって来た少年は、アニーを見るなりそう言った。
「私が天使さま?」
 アニーはくすっと小さく笑った。
 天使などと呼ばれたのは初めてだった。  
「では、あなたはサンタさんね?」
 アニーは大きな瞳をキラキラさせている少年に微笑んだ。
「えっ、ボクがサンタさん? あ、そうか」
 少年は一瞬驚いた後で、自分の着ているものを見てうなずいた。確かに今着ているのは赤い地色に白いふわふわの飾りが付いたサンタクロースの衣裳だった。
「小さくて若いサンタさんね。可愛いわ」
 アニーは、転んだ拍子に脱げた帽子を少年の頭にそっと乗せた。
「これからプレゼントを配るのかしら?」
「うん! 燕先生からね、あ、ボクの担任の先生なんだけど、今日ここに来るちっちゃいコのためにお手伝いして欲しいってお願いされたの。ボク、プレゼントを渡した時のみんなの喜ぶお顔が見たいから、今日はサンタさんなんだ!」
「そう、えらいのね」
 みんなの笑顔が見たいからとサンタの衣裳を着てお手伝いをしている少年。この少年もまだ小さいのにやさしい心を持った少年だとアニーは思った。
「天使さまはどうしてここにいるの?」
 ふいに少年がアニーに言った。
「私?」
 アニーは一瞬淋し気な表情を浮かべた。
「天使さま?」
「ここで待合せをしているの。けれど、なかなかその相手が来てくれなくて」
 少し困ったように苦笑した。
「嫌われちゃったのかもね」
「そんな! 違うよ! きっと何かあって遅れてるだけなんだよ。ね、きっとそうだよ!
 アニーの表情があまりにも悲しそうに見えたのか、少年は精一杯励まそうとしていた。
「ありがと。あなたはやさしいのね」
 見ず知らずの自分を励まそうとする少年。彼の方こそ優し気な天使のようだと思った。
 少年は急に自分のポケットに手を入れて何かをつかむとアニーに差し出した。
「これ、あげる!」
「えっ?」
「これね、願い事がかなう鈴なの!」
 少年のぷっくりとした手のひらには、赤い小さな鈴が乗っていた。
 鈴についている飾りの細いリボンを手にとってみれば、チリン、とかわいらしい音色が奏でられる。
「これを左手の上に乗せて、その上に右手を重ねるの。そうして、目をつぶって心の中でお願いするの。ね、やってみて!」
 少年のまっすぐな瞳。
 最初はただの子供騙しだと思ったアニーだったが、あまりに真剣な瞳を見て、そうすると本当に願い事が叶うように思えてきた。
「ほらこうして、あとはお願いするんだよ」
 少年がアニーの手を取って鈴を包み込ませる。
「願い事……」
「そうだよ、お願いして」
 少年の言葉に素直に従い、アニーは瞳を閉じた。
 私のお願い……。

 

早く来て。
私をひとりにしないで。
お願い、クロミネ……。

 

『アニー』
 突然耳に飛び込んできた低い声。
 ハッとして瞳を開けて声がした方を振り返って見てみれば。
 そこには、黒いコートを着た長身の男性が立っていた。
『クロミネ……』
 アニーの表情がぱぁっと花が咲いたようにほころび、頬がバラ色に染まる。
「天使さま?」
 少年が少しだけ心配したようにアニーの顔を覗き込んできた。
「すばらしいわ。あなたが私に素敵なプレゼントをくれたのね。本当にあなたはサンタさんなのね」
 アニーは嬉しそうに微笑んだ。
 その微笑みを見て少年も嬉しそうににっこりと笑った。
「小林ク〜ン」
 遠くから聞こえてきた呼び声に少年は振り返る。
「あ、ボク、もう行かなくちゃ! じゃあ、天使さま、あの人と仲良くね」
 少年は白い大きな袋をよいしょと背に担ぐ。
「あ、待って!」
「えっ?」
 先を急ごうとする少年をアニーは呼び止める。そして、少年のぷっくりとしたやわらかい頬に、軽く口づけた。
『私からのプレゼント。あなたにも今宵素敵なしあわせが訪れますように』
「えっ?! な、何て言ったの?!」
 少年は顔を真っ赤に染めて、戸惑った。流麗な英語は少年には聞き取れなかったらしい。
「それじゃあね。本当にありがとう、小さなサンタさん」
 アニーはもう一度にっこりと微笑んでその場を後にする。
 教会の入り口近くに立っていたクロミネのそばへと駆け寄る。
『遅かったのね。迷子にでもなったかと思ったわ』
『途中で事故があったらしく足留めされた。携帯に連絡を入れたのだが、出なかったぞ。何のための携帯だ。まったく』
『えっ? そうなの?』
 アニーは慌ててカバンの中から携帯電話を取り出した。消音にしていた携帯電話には、不在着信が何件も入っていた。
『あら、本当だわ』
 続けざまに入っている着信履歴を見たアニーは何故か小さく笑みをもらした。
『……何を笑っている?』
『ふふ、何でもないわ』
 秘密よ、と言いたげな瞳でアニーはウインクした。
 何度も電話してくれたということは、それだけ自分の事を気にしてくれていたという証拠。一人で待っている私に心配かけまいとしてくれたという意味なのだ。
 いつも無表情で冷たくあしらわれるようなことが多いけれど、こんなふうに時々隠れた優しさが見えてくる。ほんの少しであっても、それが嬉しくなる。自分がクロミネにとって特別なんだと思えてくる。
 アニーは楽し気な様子で、クロミネの腕に自分の腕を絡めた。
『なんだ? この手は』
『気にしないの。サンタさんだって仲良くしてねって言っていたでしょう? 今夜は聖夜。サンタさんの言葉は守らなくちゃ』
『なんだ、そのサンタの言葉とは。そんなこと聞いたことないぞ」
 アニーと少年の会話はクロミネのところまでは届かなかったらしい。
『私のサンタさんがそう言ったの。だから今日はその通りにしてね』
 アニーのその言葉にクロミネは一瞬眉根を寄せて不機嫌そうになる。けれど、アニーの天使のような笑顔の前では、反論できる術は全て失われるようである。
『……好きにしろ』
 クロミネは一言だけそう言った。  

 

                                   Fin


<ちょっとフリートーク>

 初アニー主役のお話です。
 特別ゲストとして大和サンタさんが登場しています。
 小さなサンタさんと呼ぶアニー、絶対大和クンのことを年下の男のコと思っていることでしょう(高校生だとは絶対に思っていないはず/笑)
 クロミネは動かすのにちょっと難しいキャラですね。
 今回は「」と『』で日本語・英語を別けてみました。英文がちゃんと書けたなら、台詞も英文にしたかったですね(私には無理ですが/^^;)。
 あ、声だけの出演はちーさんということで(笑)
 ホントは大和クンサイドでのお話も考えたのですが、らぶらぶでもないし、特にこれといったものがないのでやめました。

    

   

  


 

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