そして、そこから始まる
(『聖・はいぱあ警備隊』より)

 今日こそは絶対にちゃんと認めてもらうんだから!
 
 ある日曜日のお昼。つぶらは自室で両手の拳を握り締めて決意を固めていた。
 ついこの間、『つきあっていない彼』の昴が『つきあっている彼』になった。
 晴れて恋人同士となったなった2人は、今まさに最高のらぶらぶ状態である。そしてそのらぶらぶバリアーの張られた2人を邪魔する者は、私立東郷高校内にはいなかった。
 が、校内から出ると最大の強敵がいるのである。
 つぶらの兄である梨本家長男始は2人の交際は認めていなかった。
 その証拠に、昴からの電話は絶対に取り次がないし、補習で遅くなったつぶらを昴が家まで送ってくれた時も、家から200mはあるだろう通りのところまで出迎え、さっさと追い返すのである。
『送り狼御苦労』と冗談っぽく言いながら一見にこやかに笑うも、額の端には怒りマークがあるように見えるのは、今も変わっていなかった。
 しかし、恋人である昴にいつまでもこんな扱いを受けさせるわけにはいかない。
 そう思ったつぶらは一大決心をしたのだった。
 今日こそ始に昴を恋人だと認めてもらうということを。

 お気に入りのブルーのワンピースを着て、髪はサイドに2つに分け、リボンとともにゆるく三つ編みをする。前髪は軽くふわっとさせた。
 改めて昴を家に招待するということが初めてだったため、つぶらのお洒落にも気合
いが入っていた。
 全身の映る鏡で頭からつま先までチェックする。
「うん、大丈夫、かな」
 つぶらはそう言うと、時計に目を向けた。
 そろそろ約束の時間である。
 つぶらはもう一度鏡で全身をチェックした後、自室を出た。
「あれ、始兄は?」
 居間へ降りたつぶらは、何気なくソファに座っていたすぐ上の兄末人に訊く。
「ああ、ついさっき出て行っ……」
「なんですって〜?!」
 雑誌を読みながら答えた末人が最後まで言い終わらないうちに、つぶらはすぐさま玄関へと向かう。
 やはり始の靴がない。末人の言う通り、どこかへ出かけてしまったようである。
「もう! 始兄ったら、今日は絶対家にいてね、って言ったのに!」
 憤慨するつぶらは、急いで靴を履くと、家を飛び出した。
「あ、おい、つぶら? どこ行くんだ? タカヤシキ君がもうすぐ来るんじゃなかったのか?」
 門のところで、直進してぶつかりそうになったつぶらをなんとかかわした2番目の兄継人が声をかける。つぶらは慌てて振り返った。
「始兄がいなくなったの! 私、探してくるから、高屋敷が来たら継兄相手してて!」
 それだけ言うと、つぶらはものすごい勢いで駆けて行った。
「始兄も困った奴だなぁ。いい加減、妹の彼氏くらい認めてあげればいいのに」
 暴走する妹の後ろ姿を眺めつつ、継人はつぶやく。
「継人さん?」
 つぶらが駆けて行った方向とは逆のところから声が聞こえてきた。継人が振り返ると、青いサマーセーターを着た昴がそこにいた。
「おや、未来の義弟クンじゃないか? 元気?」
 昴に好意的な継人はにっこりと笑う。
 昴は継人の言う『未来の義弟』という言葉に少し照れながらも、あえて無視する。
「あの、今の……?」
「うん? ああ、つぶら? 始兄が逃げ出したから、探しに行ったようなんだ」
「逃げ出したって……」
 昴は決まり悪そうに苦笑する。
 始がいなくなったとすれば、それは自分に会いたくないせいであろう。それがわかっているだけに、何も言えない。
「まあ、入って中で待っててよ。見つからなきゃつぶら一人で戻ってくるだろうから」
「は、はあ」
 今日はつぶらの招待とはいえ、もしかすると始に門前払いをされるかと思っていた昴は、ほんの少しホッとした。
 そして、継人の後に続いて梨本家に入って行った。

 勢いよく飛び出したつぶらは、町内をくまなく捜しまわっていた。
 しかし、一向に始の姿形が見つからない。
「もう! 始兄ったら、どこにいるのよ!」
 つぶらはイライラとしながら怒鳴った。
 始が家を出てからそう時間は経っていない。絶対に町内にいるはずなのだが……。
「始兄ー! どこ行ったのー!」
 再びつぶらは駆け出した。 

 その頃、梨本家では……。
「よく来たな。タカヤシキ」
 継人の案内で居間に通された昂を迎えたのは、まさしく天敵の始であった。
「始兄?! 逃げ出したんじゃなかったのか?」
「俺が逃げ出すだと? そんなことをするわけがないだろう!」
 ソファに腰をおろし、デンッと構える始は、腕を組んでふんぞり返るような態度を取る。
「出て行ったフリをして、つぶらが家を出たあと、裏口から戻ってきたんだぜ」
 雑誌に目線を落としたままの末人がつぶやく。
「す、末人は黙っていろ」
「何、子供っぽいことしてるんだか。あ、タカヤシキ君、そのへん座って。コーヒーでも入れるわ」
 呆れ果てた継人はそう言ってキッチンへと向かう。
「待て、継人。お前もこっちへ来て座れ」
「なんだよ、始兄。そんなに真面目な顔して」
「お前達はつぶらと、このタカヤシキの交際をどう思う?」
 始は昴を無視して、双児の弟に訊く。
 昴はどうしていいのかわからず、居間の入り口付近で立ち尽くしていた。
「どうって、いいと思うけど。俺、タカヤシキ君気に入っているし♪」
 継人は軽い口調でそう答えた。
「つぶらがいいんだったら、いいんじゃないの?」
 やはり雑誌から目線を変えない末人は、めんどくさそうに答える。
「お前達はそれでいいのか?!  たった一人の妹がこんな男と!」
 始だけが一人だんだんとテンションが上がっている。
「こんな男って言うけど、始兄。タカヤシキ君は、風紀委員長で、成績も上位、生徒からの信望も厚くて人気者なんだぜ。どこが不満なんだよ? なぁ」
 継人は昴を見上げながらそう言う。昴についてのその内容はつぶらから聞いたものであり、実際のところは本当なのかどうかは知らないのだが。  
「え、ええぃ、お前は黙っていろ!」
 具体的な例を出され、それに反論できない始は、継人に怒鳴る。
「始兄から聞いたくせに……」
 継人はぶつぶつと文句を言いながら、末人の隣に腰掛けた。
「タカタシキ」
「は、はいっ」
 名前を呼ばれ、一瞬緊張で体が強ばる。
「そこへ座れ」
 始は自分のすぐ目の前を指差す。
「あ、え、は、はい」
 昴は始の言うがままに前に進み、正座する。そして上目遣いにソファに座る始を見上げた。体育教師だけあって、がっしりとした体つきが妙に威圧感を感じさせる。
「タカヤシキ、お前はつぶらとのことをどう考えているんだ?」
 鋭い視線で見下ろしながら、始は訊く。
「ど、どうというと……」
「つぶらのことをどう想っているんだと聞いているんだ!」 
 始はかなり不機嫌そうにイライラしながら怒鳴る。
 その様子を目の前にして、っはここはもうごまかさずにはっきりと彼女とのことを始に伝えなければならないと思った。大きく深呼吸をする。
「つぶらさんの入学式に出会ってから今まで、いろいろなことがありました。彼女を泣かせてしまったこともありますし、嫌な思いをさせてしまったこともあったかもしれません。話せない秘密もありました。でも、そのいろいろな出来事も俺……僕達は乗り越えてきました。そしてそれらがあったからこそ、ここまで来れたんです。ですから、この先も僕には彼女が必要なんです」
「俺が反対しても、つぶらとつきあうつもりか?」
「僕には彼女しか見えないんです」
「それが、お前の決意か?」
「はい」
 瞳をそらすことなく、昴は始の厳しい視線を受け止める。
 しばしの沈黙の後、始は大きく息をひとつ吐いた。
「よくわかった。そこまで言うのなら俺も潔く認めよう」
 その言葉に昴はホッとする。強ばった体から一気に力が抜けたような気がした。これであとは、つぶらの帰りを待つだけだと、昴は思った。
「タカヤシキ」
「は、はい。なんですか?」
「まあ、飲め」
 そう言って始はソファの陰から一升瓶を取り出した。
「はっ?」
 ドンッと目の前に開封されていない一升瓶が置かれる。
「あ、あの、お酒は……」
 目の前にデンと置かれた日本酒を見て、昴は慌てる。
 いくら始の誘いとはいえ、人様の家、しかも梨本家で酒を飲めるはずがない。もし飲んでしまったら、その後どうなるか、前科のある昂には自分で想像できるだけに、何としても回避しなければならなかった。
「始兄、酒はまずいんじゃない? 一応タカヤシキ君は未成年なんだし、始兄も教師としてそれはちょっと……」
「祝い酒だ。コップに1杯くらいならいいだろう。なぁタカヤシキ?」 
 半分にらんだような目つきに、昴は何も言えない。
「祝い酒って、嫁に出すわけでもないのに」
 末人は呆れながらつぶやく。
「さあ、飲め」
 始は昴にコップを持たすと、それに日本酒を注ぎ始める。
 たっぷりとコップに満たされた日本酒を前に、昴はどうしたものかと戸惑う。
 しかもすでに匂いだけで、頭痛がしてきそうだった。
「どうした? 俺の注いだ酒が飲めないっていうのか? それならそれで、つぶらとのことはなかったことにするぞ」
 そんなふうに言われると、昴ももう覚悟を決めなければならない。コップに1杯くらいならそれほど酔いはしないだろう、そういう甘い考えが浮かんでくる。
「じゃあ、いただきます」
 昴は正座をしたまま始に一礼すると、コップに口をつける。そしてそのままゴクゴクと一気に日本酒をあおった。

「……これはいったい何なの?!」
 さんざん町内を捜しまわったつぶらが、始探索を諦めて家に戻って来た。疲れ果てて居間に入り、中の光景を目にした途端、怒りが込み上げてきた。
「なひもと〜。どひょいってらんだ〜?」
 呂律も回らず、赤い顔の昴がつぶらに向かって手を振る。
 その横ではいびきをかきながら寝転んでいる始の姿があった。
「おにいひゃんにひゃけのまひゃれちゃった〜」
 さんざん探したというのに始は家で寝転んでいる。挙げ句、昴はこともあろうに酒を口にして、この状態。
 呆然とするつぶらに、昴はいきなり抱き着いてきた。
「うきゃっ?!」
「なひもと〜♪」
 すっかり酔って陽気な昴は、まるで子犬が主人にじゃれつくように、無邪気につぶらに寄り掛かる。
「お、お兄ちゃん達、どうして止めてくれなかったの! 高屋敷にお酒なんか飲ませないでよ!!」
「お、俺は一応止めたよ。でも始兄が祝い酒だとか言って、なぁ」
「……」
 気まずそうに双児の兄達はつぶらから目をそらす。
「なひもと〜♪」
 一人周りを気にせず、つぶらに密着する昴。
 これが酔った勢いでなければ、つぶらも嬉しいのだが、いや、今も十分に嬉しいのだが、自分が始を探していた時間に何があったのかさっぱりわからないつぶらには、今の昴の状態には許せないものがあった。
「…ライ」
「へ? なんらいっひゃ?」 
「大キライッて言ったの!」
 つぶらは昴の耳もとで大声でそう言う。
「高屋敷も、お兄ちゃん達もみんな大キライッ!」
 つぶらはそう叫びながら、のしかかっていた昴に平手打ちをくらわした。そしてそのまま逃げるかのように階段を上っていった。
「……俺も嫌いな中にはいるのか?」
 末人は誰にも聞こえないくらいの小さな声でつぶやいた。
 つぶらの平手打ちで一瞬のうちに正気に戻った昴は、さぁっと顔色が青ざめる。
「な、梨本!」
 昴は慌ててつぶらの後を追った。
 自室のカギをかけて閉じこもるつぶらに、昴はドア越しに呼び掛ける。
「梨本、俺が悪かった。お前が居ない間に酒なんか飲んで……」
「大キライ! お酒なんか飲む高屋敷は大キライなの!」
「もう飲まないから! 梨本、ここを開けてくれ!」
「いや! 高屋敷なんて大キライなんだから!」
 何度も謝る昂だったが、つぶらは意地になってそれを受け入れない。
「大キライッたら、大キライなの!」
「梨本!」
 そうこうしているうちに、ドアの向こうが急に静かになった。
「……わかった。じゃあな、梨本」
 焦る様子もなく、声のトーンを落として昂がつぶやく。
 それが別れの言葉のように聞こえて、今度はつぶらが慌て始めた。
「た、高屋敷?!」
 慌てて勢い良くドアを開けると、ドアのすぐ横の壁に昴は寄り掛かっていた。
「やっと開けたな」
 昴はニヤニヤと口元に笑みを浮かべる。
 その表情に、つぶらはまんまと昴の罠にかかってしまってようで悔しくて仕方がなかった。
「大キライッ!」
 大声で叫び、再びドアを勢い良く閉めてカギをかける。
「梨本、いい加減にしろ」
「もう大キライッ!」
 くり返し叫ぶつぶら。そんな彼女に昴はとっておきの台詞を口にする。
「お前の大キライは……、最後まで言って欲しいか?」 
 ドア越しに聞こえる台詞に、つぶらの頬が真っ赤に染まる。
 やがて、カチリとドアのカギが開く音が聞こえてきた。

「なぁ、上の二人は何をやってるんだ?」
「さぁな。行っても邪魔になるだけだから、ほっといた方がいいんじゃない?」
「それもそうだな」
 階下では、いつまでたっても降りてこない二人を心配して、継人と末人がそんな言葉を交わしていた。
 そして居間では、始の大きないびきが響き渡っていた。

                                  Fin


<ちょっとフリートーク>

高屋敷、梨本家御招待の巻です。
結果的に高屋敷クン有利な展開になってしまいました(^^;)
つぶらちゃん得意の『大キライ』はやっぱり名セリフ(笑)
高屋敷クンに向かっていうこれが好きだったりします。
双児のお兄ちゃんも良いですよね〜。
こんな素敵なお兄ちゃんがいたらいいなぁ、なんて思いながら書いていました。
多少(?)つぶらちゃんがドタバタしてしまいましたが、軽い気持ちで読み流して
くださいませ。
これは、いつもお世話になっている『私立東郷高校電網分校』の
2000年夏コミ用に書いたものです。