今はまだ 〜side Tsubura〜
(『聖・はいぱあ警備隊』より)

 ある春の晴れた日曜日のこと。
 嬉しそうな笑顔の2人が、ショッピングをしている。
 周りの人込みを気にすることなく、2人は楽しんでいた。
 その様子はごく普通のカップルとなんら変わりはない。
 例の一件で晴れて『つきあう』ことになったつぶらと昂。
 今日はおとりでも罠でもない、『恋人』としての初めてのデートだった。

◇ ◇ ◇ 

「見て、見て。これ、どお?」
 一番大きなデパートの、カジュアルなレディースものの売り場で、つぶらは桜色のワンピースを身体に当てて振り返る。
「いいんじゃないか」
 昂はだたそう答える。
「じゃあ、こっちは?」
 次に若草色のミニスカートを昂に見せてみる。
「うん。いいよ」
 短い答えしか返ってこないのが物足りないのか、つぶらはぷぅと頬を膨らませる。
 もっと何か言ってくれればいいのに。
 綺麗だよ、とか、かわいいよ、とか。
 この場では、いや、この場でなくても絶対に言わないであろう言葉を期待してしまう。
「じゃあ、これとこれ、高屋敷はどっちが好き?」
 つぶらは質問の仕方を変えてみた。
「えっ?! これとこれか?」
 一瞬、昂は答えに詰まった。
「どっちがいい?」
 両手に服を持ってそう聞くつぶらに、昂は真剣なまなざしでその2着を見比べ始めた。
 しばらく黙り込んで考える昂を見て、つぶらはまずいことを聞いちゃたかなぁと後悔する。そんなに考え込まれるとは思っていなかった。
「あ、高屋敷。そんな真剣に考えなくても……」
「いや、ちょっと待て。ちゃんと考えるから」
 口元に手を当て、再び考え込む。
 そんな昂の様子を見て、つぶらはついクスッと小さく笑う。前にもこんなことがあったなぁと思い出す。あの時もちょっと聞いてみただけなのに、真剣に考えてくれた。
 何気ない質問にもちゃんと真剣に考えてくれる昂が、つぶらには嬉しかった。
「よし、決めたぞ。こっちの色の方がお前には似合うとは思うが、俺はこっちの方を着た梨本を見てみたいと思う」
 そう言って、少し頬を赤らめた昂は桜色のワンピースを指差した。
 その様子を見て、思わずつぶらは声に出して笑いだす。
「な、なんだ? どうかしたか、梨本?」
「ううん、なんでもないの。こっちね。じゃあ、買ってくる」
 本当に嬉しそうな笑顔を残して、つぶらはワンピースを買いにレジへと向かった。

◇ ◇ ◇

 初めてのデートに浮かれていたつぶらは、あちこちで買い物をする。つぶらの行きたいところについて行く昂の両手には、次々に紙袋が増えていった。
 気がつけば、もう持てないくらいの荷物になっていた。
 先を歩いていたつぶらがふとそれに気づいて、振り返る。いやな顔をせず、文句も言わずに昂は荷物を持ち、歩いていた。 
 2人で歩くのがすごく嬉しくて、自分一人がはしゃぎ過ぎていたように思えてきた。
「高屋敷、こっちの荷物持つね」
 そういってつぶらは昂が左手に持っていた荷物に手をかけた。
「いや、いいよ。これくらい持てるから」
「いいの、私が持ちたいの」
「大丈夫だって」
「持つってば」
 持つよ、いいよ、を往来で何度もくり返す。
「いいから、貸して! こんなに大荷物、一人で持つことないじゃない。自分で持てる荷物は自分で持つよ。それに高屋敷は私の荷物持ちじゃないのよ。高屋敷は私の……!」
 そこまで言ってつぶらは慌てて口元を押さえる。
 一瞬惚けた昂だったが、すぐさまその口元がゆるむ。
「何? 俺はお前の、何かな?」
 ニヤニヤとしながら、昂はつぶらの顔を覗き込む。
「だ、だから、その……」
 つぶらは頬を赤く染めながら、口ごもる。
 密かに思っていた言葉だけど、それを本人を前にして言うのには、まだなんとなく抵抗があった。
 それよりも、声に出して言わなかった言葉なのに、昂が知っているかのように嬉しそうな顔をしているようで、それが悔しかった。
「べ、別になんでもいいじゃない!」
「梨本?」
 そうしてつぶらは無理矢理昂の左手から荷物を奪い取る。そして左手で荷物を持つと、自分の右手を空いた昂の左手に延ばした。
「行こっ!」
 真っ赤になりながら、つぶらは昂を引っ張るように歩き出す。
 手をつないで歩く2人。
 端から見ると、そんな2人は仲の良い普通の恋人同士にしか見えない。誰も恋人同士じゃないと疑う者はいないだろう。
 『高屋敷は私の』
 今はまだその続きを言いたくない。
 いつか素直に口から出すことができるかもしれないけれど。
 その続きはまだ言えない。
 まだ言わない。

                                  Fin


<ちょっとフリートーク>

はじめて書いた『はいぱあ』のSSです。
連載が終了してしまったので、それを機にということで書いてみました。
この元となったネタはMy Best Wordです(本館Book『森生まさみ』参照)。
ちょっと意味合いが違うかもしれませんけれど。
つぶらちゃん側の話を書いたのですが、なんだか最後は高屋敷クンの方が優位に立ってしまいましたねぇ(^^;)
さて、つぶらちゃんは『高屋敷は私の』の後に何と言いたかったのでしょう(^_^)