〜曙の夢〜

     

 かすかに鳥の鳴き声が耳に届き、あかねは目を覚ました。開き切らない瞳を何度か瞬いた後、あかねは目が覚めたことを自覚した。
 一度伸びをした後、褥から身を起こす。
「朝……にしてはまだ早いかな」
 小さくつぶやく。
 御簾の向こうはうっすらと明るくなっている。藤姫が起こしに来る間ではまだ時間があるようである。もう一眠りしてもいい感じではあるけれど、あかねはせっかく早く目が覚めたのだから庭に出てみようと思い、寝巻き代わりの単衣姿のまま襖を開けた。
 少しだけ肌寒く感じる風が通り過ぎていく。
 まだ夜明けには一歩早い空。
 今日も良い天気になるかなぁなどと考えながら空を見上げ、大きく深呼吸した後、ふと庭を見た。
 すると、部屋からすぐの庭のところに、誰かが座っていたのであった。
「よ、頼久さん?!」
 あかねは驚いて名前を呼んだ。
 確かに、あかねが名を呼んだように、庭の片隅にいたのは頼久であった。いつもの服装のままである。
「神子殿、お目覚めですか? おはようございます」
 頼久は何ごともなかったかのように、しかし少し表情をやわらげてから頭を下げた。
「あ、おはようございます」
 頼久につられ、あかねも朝の挨拶を済ます。が、すぐにハッとする。
「頼久さん、こんなに朝早くから何してるんですか?」
「この館の警護です」
「警護?」
「はい。私はこちらの館の警護を命じられておりますので。特に神子殿の身を警護しようと思い、私はこちらに控えておりました」
 頼久は当たり前のようにあかねに告げた。
「警護ってこんな時間に、ですか?」
「もう夜が明けたので自分の室に帰ろうかと思っております」
 淡々と表情を変えずに頼久は話を続ける。それに対し、あかねは次第に表情を変えていく。
「えっ、ちょっと待って。頼久さん、今、来たんじゃないんですか?」
 てっきりあかねは早起きをした頼久が今警護に来たのだと思っていた。
「警護は夜でなければ意味がありませんが……」
 確かに夜、人が寝静まった時刻の方が警護は必要である。
「と、いうことはもしかして一晩中ここにいたんですか?!」
「はい。神子殿がおやすみになられた時からおりました」
「私がやすんだ時から?!」
 思わずあかねは大きな声をあげた。
 電気のない京の夜は早い。陽が沈んでしばらくしてから、たぶん感覚的に午後9時くらいには横になった感じだと思う。疲れていたせいかよく早く寝つくことができたと思う。そして今は朝5時くらいだろうか。正確な時間はわからないまでも、確実に一夜経っている。
「あ、あの、まさかと思いますけど、私が寝てから起きるまでここにいて、それで頼久さんはずっと起きてた、なんてことないですよね?」
「起きていなければ警護はできませんが……」
 至極もっともなことを頼久は言う。警護する者が眠ってしまっては、とっさの時に守れるものも守れない。
「えっ、えーっ! だ、だって昨日は昼間私と一緒に怨霊退治に出かけてましたよね?」
「はい。朝から夕方までお供させていただきました」
「それで、怨霊退治が終わって私をここに送り届けてくれて、そして自分の家に帰ったんじゃなかったんですか?」
「一度帰って棟梁に報告を済ませ、再びこちらに参りました」
「ちょ、ちょっと待ってください! 頼久さんは一体いつ寝たんですか?!」
「 神子殿をお守りする以上、寝てなどおられません」
「そ、そんなダメですよ! ちゃんと寝ないと体調崩します!」
 昼間は怨霊退治で体力気力を使ったのだ。それはあかねだけではなく一緒に闘った頼久も同じはず。休まず平気でいられるはずがない。
 そんなあかねの心配を気にするふうでもなく、頼久は言葉を続ける。
「神子殿、心配御無用です。この頼久、体力には自信がありますので、2、3日寝なくとも平気でございます」
「2、3日って、まさか一昨日の夜もいたなんてこと……」
「3日前ほどからこちらでの夜の警護もいたしております。でき得る限り、神子殿の警護は私が努めたいと思っておりますし、神子殿とためとあらば、私は寝なくとも……」
 寝なくとも平気だと言う前に、あかねは頼久の腕をつかんだ。
「中に入ってください! で、すぐに寝てください! 徹夜なんて身体に悪いんです! しかも頼久さん、昨日も一昨日も一緒に怨霊退治に行ったじゃないですか! 頼久さんだって疲れているはずなのに寝なきゃダメです!」
「し、しかし神子殿……」
 強引に腕をひっぱられ、頼久は一瞬足がふらついた。
「今、ふらつきましたね?! やっぱり疲れが出てるんですよ! 少しでもいいからここで寝ていってください!」
 ふらついたのはいきなり引っ張られたからであって疲れのせいではないと頼久は言おうとしたが、あかねはそれを阻む。
「頼久さん、早く!」
「そ、それはできかねます。神子殿の室で休むなど……。休むなら自分の館で……」
「何ごちゃごちゃ言っているんですか?! それに今日も一緒に出かける約束してたじゃないですか。どうせもう少ししたらここに来る予定だったんですから、今帰ってまた来るよりもここで時間まで休んだ方が良いです!」
 あかねはさらに強引に頼久を館の中に連れ込むと、さっきまで自分が寝ていた褥に頼久を座らせた。
「ここで寝てください。自分の部屋じゃないから寝心地は悪いかもしれないけれど、それは我慢してください」
「我慢などと……。それにやはり神子殿の褥で私が寝る訳には……」
「頼久さん!」
 あかねは頼久の腕を引っ張ると、頼久の頭を自分の膝の上に乗せた。
「み、神子殿、何を?!」
 驚いたのは頼久である。
 あかねの部屋で休むことはもちろんのこと、あかねの膝を枕に寝るなんてことは到底許されることではない。しかし、あかねはそれが当然であるかのようにしていた。
「いいから動かないで。私を枕にしていいですから、頼久さんはとにかく寝てください」
「み、神子殿、こればかりは……」
 従者が主の前で寝られるはずがない。もとより、あかねのそばでは余計目が冴えてしまって眠るなど到底できない。
 身を起こそうとする頼久だったが、あかねはそれを許さなかった。
「文句はあとで聞くから。だから寝てください。お願いします」
 いくら頼久自身が体力に自信があって大丈夫だと言っても、必要以上に負担をかけたくはない。少しでもいいから休息を取って欲しかった。
「神子殿……」
 ここまで言われては頼久もそれ以上逆らえるはずもなく。
 膝の上に頭を乗せていた頼久の視線と、あかねの視線がぶつかる。
「神子殿……」
「イ、イヤだというなら、命令します。ここでしばらく寝ていなさい」
 否を言うつもりは頼久にはもうなかったのだが、あかねは先手を打ったとばかりにそう告げた。
「命令と言われれば従わぬわけにはまいりませんね」
 ぼそっと小さく諦めたように頼久はつぶやいた。しかし、どこか目もとがやさしく見える。
「頼久さん、寝てくれるんですね。良かった」
 ほっとするあかねに頼久の心が熱くなる。
「神子殿、貴女は本当に私が驚くことばかりなさる」
 ふっと口元が緩む。それは今までに見たことのないくらいのやさしい極上の微笑みだった。普段は見せない頼久の微笑。
 あかねの心臓が急に高鳴る。
 膝に頼久の重みを感じて、改めて自分がしたことを自覚する。
 自分が寝室に使っている場所へ男性を入れ、そしてその人に膝枕をしている。
 こんな大胆な行動に、他の人が見たらどう思うのだろうかと戸惑う。もしも藤姫が来たら何と言ったらいいのだろうか。
「神子殿? どうかなさいましたか?」
 急に大人しくなったあかねが気になったのか、少し心配そうな表情をする頼久が、そっと手を伸ばしてあかねの頬に触れた。
 大きな手が触れた頬が熱く感じる。しかし、その熱さもあかねはどこか心地よく感じていた。
 あかねは表情を笑顔に変え、頼久の手を握る。
「大丈夫です。さ、寝てください」
 あかねの言葉に頼久はうなずいた。
「では、しばしお膝をお借りいたします」
 まっすぐにあかねを見つめていた瞳をゆっくりと閉じた。
 頼久自身とて、これほどのあかねの好意に甘えることに戸惑いはある。けれど、あかねが許してくれるなら、この一時をこのまま過ごしたいと思った。
 ほんの少しだけあかねを我がものにできたような錯覚を感じつつ、頼久は安らぎの中に身を落とした。

 

         終

          

ちょっとフリートーク

さて、このあと2人はどうなったでしょう?

1.瞳を閉じたものの頼久さんは眠らず、頃合を見て起き上がった(あかねも起きてる)
2.頼久さんは眠らず、逆にあかねが眠ってしまった
3.意外にも頼久さんは熟睡してしまった(あかねは起きてる)
4.頼久さんもあかねも熟睡してしまい、藤姫の悲鳴で目が覚める(笑)

考えられるパターンとしてはこんな感じでしょうか。
もし続編希望という方がいらっしゃったら、下記のフォームから送信してみてくださ
いませ。
ある程度数が集まったら、そのパターンで続編書いてみたいと思います。
私としては3か4がおもしろいかなと思います。
頼久さんも頼忠さんも、神子のためなら火の中水の中、でしょうけれど、頼久さんの
方が頼忠さんよりもちょっとその思いが強いような気がします。
だからホントに寝ずに警護してしまいそうです。


1.瞳を閉じたものの頼久さんは眠らず、頃合を見て起き上がった(あかねも起きてる)
2.頼久さんは眠らず、逆にあかねが眠ってしまった
3.意外にも頼久さんは熟睡してしまった(あかねは起きてる)
4.頼久さんもあかねも熟睡してしまい、藤姫の悲鳴で目が覚める(笑)

●感想がありましたら、ひとことどーぞ♪     

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