嘘つきな恋人
〜望美視点〜


 

「私、他に好きな人ができたの」

 そう言ったことを、私はすぐに後悔した。
 私の言葉を聞いたヒノエ君の表情が一瞬固まったから。
 この日に逢いたいと言った私に逢いに来てくれたヒノエ君。
 久しぶりに逢って最初の一言がこれでは、ヒノエ君でも驚くだろう。
 けれど、彼ならすぐに私の言葉が嘘だとわかると思っていた。
 すぐに笑い飛ばして、私の嘘を見抜くと思った。
 けれど、予想していなかった沈黙が流れる。
 まさか、本気にしたの?
 今日は4月1日、『エイプリールフール』。
 以前に私たちの世界では嘘をついても良い日があるって、将臣君や譲君と一緒に話をしたことがあった。
 だからヒノエ君も今日のことは知っているはず。
 それなのに、ヒノエ君は私の嘘を嘘だと思ってくれなかったの?
 
「本気……なのか?」
 ヒノエ君は苦しそうな口調でそう言った。
「ほ、本気よ。だからヒノエ君とはもう……」
 まっすぐに私を見るヒノエ君の視線が痛くて、私は彼から視線を外す。
 嘘、全部嘘よ。
 本気なんかじゃない。
 お願い、早く気づいて。
 いつものように、笑顔で笑い飛ばして。 
 そう思っているのに、ヒノエ君は笑ってくれなかった。
「わかった」
「えっ?!」
 今、何て言ったの?
 目の前のヒノエ君は、思い切り辛そうで、悲しげな表情だった。
「それが望美の意志ならオレにはどうしようもない。黙って熊野に帰るよ」
 そしてそのまま踵を返し、背を向ける。
 まさか、本当に私を置いて一人で熊野に帰るの?
「じゃあ、これで。さよなら、望美」
 う、嘘、でしょう?
 ヒノエ君が私に『さよなら』を言うなんて。
 すぐに駆け寄って、全部嘘だったと謝ろうか。
 そうすればヒノエ君はきっと許してくれるはずだ。
 だけど。
 私の足は動かない。
 一歩、一歩とヒノエ君が遠ざかる。
 ゆっくりだけど確実に。
 行かないで、行かないでよ!
 どうして行くの!
 その時、急に私の心に怒りがわいてきた。
 元凶を作ったのは確かに私だ。
 私がちょっとしたいたずら心で口にした一言が悪かった。
 それは認めるけれど、どうして私の一言を嘘だとわかってくれないの?
 どうして私の気持ちをヒノエ君は信じてくれないの?
 いつもならたとえ『キライ』と言っても、『お前のキライは好きの照れ隠し』と言って取れ合ってもくれないのに。
 どうして今は『オレ以外の男を好きになるわけないだろう』と言ってくれないの?
 私の気持ちは全然変わっていないのに。
 こんなに好きなのに!
 怒りと悲しみで次第に涙が浮かんでくる。
 そして視界とともにヒノエ君の姿がぼやけて行く。
 いや、行かないで!
 強くそう思った時、その想いが通じたのか彼が振り向いた。
 その瞬間、私の身体が動いた。
「ヒノエ君のバカ!」
 思わずそう言って私は駆け出した。
 まっすぐにヒノエ君のところへ。
 首に手を回し、そして……。
 唇を重ねる。
 自分でも驚くような行動だ。
 でも、ヒノエ君だけは失いたくないから、行動でそれを示す。
「ヒノエ君のバカ!」
 もう一度、私はそう言った。
 バカバカバカ。
 何度も心で叫ぶ。
 『さよなら』なんて絶対に許さない。
「私がヒノエ君以外の人を好きになるわけないじゃない! それなのに、どうして……、どうして……さよならって……」
 後から後から涙は流れてくる。
 泣くつもりなんてないのに。
 泣きながらヒノエ君の顔を見上げれば、そこには優しい微笑みがあった。
「ごめん、言い過ぎた」
 そう言いながら、ヒノエ君はその指でそっと私の涙を拭った。
「嘘でも『さよなら』なんて言って悪かった」
「嘘……?」
 『さよなら』は嘘だったの?
「当たり前だろう。オレがお前を手放すわけないじゃないか。今日が『えいぷりーるふーる』とはいえ、嘘をついたのは謝るよ。でも、お前だって悪いんだぜ」
「えっ……」 
「だってそうだろう? お前はオレにひどく残酷な言葉を口にしたんだから」
 私は今更ながらにハッとする。
 自分のことを棚に上げてヒノエ君を責めたけれど、一番悪いのは私なのだ。
 私の心ない言葉で傷ついたのはヒノエ君だ。
「……そう、だね。エイプリールフールだからって、私が最初にあんな嘘を言ったから……。ごめんなさい。でも、私、ちょっとだけヒノエ君を困らせてみたかっただけなの」
「わかってる。最初からわかってた」
「最初、から……?」
「自分で言ったじゃないか。『オレ以外の人を好きになるわけない』って。望美の気持ちはオレが一番わかってる」
「じゃあ、最初からわかってて、それなのに『さよなら』なんて言ったの?!」
 何もかもわかっていたということは、あの悲しげな表情も辛そうな声も、全て演技だったのだ。
 嘘でもヒノエ君の口から『さよなら』なんて聞きたくなかったのに、これはひど過ぎやないだろうか。
「お前が嘘をついたお仕置きさ」
 小さな子供がするような、悪気のない、いたずらめいた笑顔でヒノエ君はそう言った。
 こんなところはいつものヒノエ君で、これまでのことが全部嘘だったとわかるけれど、それでもこんなふうにされると憎らしく思える。
 やっぱりヒノエ君にはかなわない。
 ヒノエ君の行動は憎らしいけれど、全部嘘でホッとした。
「嘘で良かった」
「それはオレの台詞だ。嘘でも、あんな言葉は二度と口にしないでくれ」
 もちろんもう絶対に言わない。
 嘘はもう言わない。
「ヒノエ君も二度と『さよなら』なんて言わないでね」
「もちろんさ。約束するよ」
「私も、約束するね」
 笑顔のヒノエ君は私の頬を両手でそっと包みこむ。
 額に軽く口づけられ、抱きしめられた。
 あたたかいぬくもりが嬉しい。
「あのね、ヒノエ君」
 心地よい腕の中で、私が本当に伝えたかった言葉を思い出す。
「ん?」
「ほんとはね、今日一番言いたかった言葉があるの」
「なんだい?」

「お誕生日、おめでとう」

 その言葉とともに、私はお祝いのプレゼントをヒノエ君の唇に贈る。
 私の唇を受け止めるヒノエ君の唇は、とても甘かった。

 

                                   終


<こぼれ話>


望美「嘘ついて、ホントにごめんね」
ヒノエ「もういいよ、オレもおあいこさ」
「もう、将臣君があんな事言うから……」
「将臣?」
「どうせ嘘を言うならそれくらい言って、ヒノエ君の反応を見てやれって」
「へぇ(将臣め、流さなくても良い望美の涙を流させた罪は重いぜ)」

その後、将臣君がどうなったかはご想像におまかせします(笑)
4/1、エイプリールフールということで、『嘘』をテーマに、望美ちゃん視点で書いてみました。
自分で嘘ついて、怒って泣いて、望美ちゃんったら、困ったものです(笑)

誕生日祝いの記念SSという感じがあまりしませんが……。
ヒノエ君、お誕生日おめでとう〜。

   

 

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