1週間ぶりのデートだった。
ヒノエは待合せ時間よりもかなり早くその場所に来ていた。
早く望美に逢いたいと心は急くけれど、まだ逢う事はできない。
『女のコにはいろいろ準備が必要なの!』
以前突然逢いに行ったら、望美にそう言われてしまった。
逢うのに準備なんて必要ないだろうとヒノエは思うものの、自分に逢うために用意して着飾った望美のその姿を見るのは悪くないとも思う。
今日はどんな望美に逢えるだろうか。
ヒノエは楽しみにしながら、待合せの時間まで適当に時間をつぶすことにした。
ふらふらと歩いていると、人混みの中、ふいにヒノエの目が薄紫色の長い髪をとらえた。
望美である。
後ろ姿ではあったが、ヒノエが見間違う筈がない。
彼女も待ち合わせ時間よりも早く来たのだろうか。
愛しい彼女に逢うのなら早ければ早いほど嬉しい。
ヒノエは愛しいその名を口にする。
「のぞ……」
しかし、ヒノエは最後まで言わずに口を閉じた。
ヒノエの心にちょっとしたいたずら心が浮かんだのだ。
方向的には待合せ場所へと望美は向かっている。
それならこのまま後をつけてみようか。
こっそりと望美の様子を見てみようか。
もしかすると普段の望美とは違う一面を覗き見ることができるかもしれない。
そう考えたヒノエは、気づかれないように一定の距離を保ちながら望美の後をつけることにした。
◇ ◇ ◇
人出の多い街中、望美は多くの人とすれ違う。
そのすれ違う男の大半は、すれ違いざまに望美の方を振り返っていた。
まぁ、無理もないけどね。
ヒノエは心の中でつぶやく。
望美は以前から目を惹く雰囲気を持っていたが、最近は特に艶めいた雰囲気を感じさせる。
今まさに花開こうとするその瑞々しい美しさ。
それを放っておける男などいないだろう。
けれど、大切な望美を好奇の目で見られるのは面白くない。
そしてやっかいな虫に寄ってこられるのも不愉快だ。
そう思ったヒノエは、もうそろそろ声をかけようかと思った時だった。
ヒノエ行くよりも先に、望美の前にやっかいな虫が現れたのだった。
「彼女、どこ行くの?」
軽薄そうな男が望美に声をかけてきた。
当然のことながら望美はそれを無視して歩き続ける。
「無視すんなよ。どうせヒマなんだろ? オレと遊びに行こうぜ?」
決まり文句の誘い言葉に望美は応えることはしない。
「ちょっと、彼女」
しつこい男は望美の肩に手をかけた。
これ以上は黙って見過ごす事はできない。
望美に気安く触れるとは、それだけで制裁ものである。
その瞬間、ヒノエは急いで望美のところへと駆け寄ろうとした。
しかし。
それよりも先に望美はキッと男をにらみに付けた。
「私、ヒマでもないし、ちゃんと付き合っている人いますから! だからあなたと遊びには行きません!」
はっきりとした望美の口調に、男はあっけにとられる。
そして望美は再び歩き出した。
遠ざかる望美に男はそれ以上声をかけることは出来ず、諦めてどこかへ行ってしまった。
その一部始終を見ていたヒノエは、フッと笑みをもらす。
なかなかやるじゃないか。
男の誘いを一蹴する凛とした姿にほれぼれする。
そして。
『ちゃんと付き合っている人いますから!』
その言葉も嬉しいものだった。
望美が自分のことを恋人だと認めているのはわかっているけれど、実際に口に出してもらえるのはやはり心が温かくなるようなものがある。
思いがけない贈り物をもらったような気分だった。
そんなことを思っているうちに、望美はどんどん先に進んでいた。
再びヒノエは望美の後を追う。
ふいに望美が立ち止まった。
彼女の視線がとある店のショーウインドーに向かっている。
一瞬瞳を輝かせたような表情をしたが、すぐに表情は曇り、小さなため息をついた。
そして何かを諦めたかのように歩き出した。
望美は何を見てたんだ?
ヒノエは望美が立ち止まった場所に向かう。
「望美が見ていたのはこれか」
ショーウィンドウには可愛らしいシルバーアクセサリーが飾られていた。
新作と表示のあるアクセサリーにヒノエの目が止まる。
雪の結晶をデザインした指輪。
小指の先ほどの大きさのそれは、まるで初雪を思わせるような繊細なものだった。
価格を見れば、望美がため息をついたのも頷ける。
大きさのわりにその価格は学生の望美にはなかなか出せる金額ではなかった。
望美に似合うだろうな。
ヒノエはそう思うと、すぐさまその店へと入って行った。
◇ ◇ ◇
「時間ぴったりだね、ヒノエ君」
待合せの時間ちょうどにヒノエはその場所に到着した。
すでにそこには望美が待っていた。
「ご機嫌いかがかな? 逢いたかったよ、望美」
ヒノエは望美の正面に来ると、そのまま望美を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、ヒノエ君! こんなところで!」
「いいじゃないか、オレ達つきあってるんだし」
「そ、そうだけど、みんな見てるし……」
望美はヒノエの肩越しに周りの様子を確かめる。
やはり人々の注目を集めているように思う。
「ヒ、ヒノエ君、もうそろそろ……」
「もう少し」
ヒノエに抱きしめられるのは嬉しいが、注目されるのは恥ずかしい。
「えっと、あっ、雪!」
そう望美が言うと、ヒノエの腕がわずかに緩んだ。
そして、その隙に望美はヒノエの腕からすり抜けた。
「雪、か」
空を見上げれば、確かにふわふわとした小さな雪が舞い降りて来た。
「雪、綺麗だね」
望美は雪に向かって手を伸ばす。
降りてくる雪は望美の手にひらにゆっくりとたどり着く。
けれど、あっという間もなくその姿はとけてなくなった。
「もったいなぁ、こんなに綺麗なのにすぐとけちゃう」
降ってくる雪は次第に増えてくるけれど、望美の手のひらには決して残らない。
「ねぇ、望美、とけない雪って知ってる?」
突然ヒノエは望美にそう言った。
「とけない雪?」
「そう、とけない雪」
ヒノエの質問に、不思議そうな顔をする望美。
考えてはいるものの、答えは浮かばないようである。
「正解は、コレだよ」
ヒノエはコートのポケットから何かを取り出すと、望美の手のひらに乗せた。
「ヒノエ君、これ……」
「オレからの贈り物」
望美の手のひらにあるのは、確かにとけない雪……雪の結晶を模した飾りのある指輪だった。
「お気に召してくれたかな?」
「私、この指輪、とっても欲しかったの」
望美は嬉しそうに瞳を輝かせた。しかし、気になる事があるのかすぐにその表情が曇る。
「でもね、この指輪……」
その時、望美が何を言おうとしているのか察したヒノエは、スッと自分の人差し指を望美の口元に持って行った。
「男からの貢ぎ物は笑顔で受け取るのがイイ女ってもんだぜ?」
望美が気にしているのは指輪の価格の事だろう。
高価な贈り物を好まないのが望美であった。
それを知っているヒノエは、望美が価格のことを気にするだろうとは思っていた。
けれど、望美が欲しいとわかっているのだから価格をいちいち気にすることはしない。
分不相応のものならともかく、この程度の贈り物は何の負担にもならない。
「望美の嬉しい顔を見たくて買ったんだ。それを付けて、笑ってくれるとオレは嬉しいんだけど?」
「ホントにいいの?」
「あたりまえだろう? それとも望美はオレからの贈り物は受け取りたくないかい?」
「そんなことないよ! ヒノエ君からの贈り物はとっても嬉しい」
「じゃあ、受け取ってくれるね?」
「うん……」
少し照れたようにしながら、望美は頷いた。
ヒノエは望美の左手を取ると、薬指に指輪をはめる。
「ぴったりだったな」
左手にキラリと輝く指輪を見て、望美は笑顔になる。
「綺麗……。ありがとう、ヒノエ君」
「ね、望美。このとけない雪に誓うよ」
「えっ?」
指輪をはめたヒノエは望美の左手を放さずにそのまま自分の口元へと近づける。
「オレはこの先もずっと望美を愛し続けるよ。望美への想いは永遠に消えることなく変わらない」
そう言い終わると、ヒノエは指輪に口づけた。
終
<こぼれ話>
望美「私も何かヒノエ君にお礼したいな」
ヒノエ「じゃあ、ひとつお願いしようかな」
望「なあに? 私で用意できるものなら何でも良いよ」
ヒ「この指輪の雪がとけてしまうくらいの熱い夜を望美と過ごしたい」
望「えっ、あ、熱い夜?!(///)」
シルバーの雪がとけてしまうくらいがご希望なら、相当熱い夜になることでしょう(笑)
本当はクリスマス用に書こうと思っていたネタ。
こっそり後をつけるストー●ーなヒノエ君でした(^^;)
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