『望美、今どこにいる? すぐ出て来られる?』
携帯電話から聴こえてきた声は、一週間ぶりに聞く大好きな人からのものだった。
「今すぐ行く!」
『じゃ、いつものとこで待ってるから』
短い電話のやりとり。
もっと声を聞いていたい、話がしたい、そんな思いがあるけれど、電話よりも直接逢って話しをした方がもっと嬉しい。
望美は電話を切ると、すぐに着替えを始めた。
「どうしよう、どっちの服の方が良いかなっ?!」
クローゼットから服を取り出しては身体に当てて鏡を見る。それを何度も繰り返す。
「今日こっちに来れるなら前もって言ってくれたら良いのに!」
それができないことを知っていながらも、望美はつぶやく。
白龍の逆鱗を使って熊野と望美の世界とを行き来をするヒノエ。
約束をして別れることもあるけれど、それができるのは稀である。むしろヒノエの都合に合わせて逢う方が多かった。
今日のように、突然電話が来て逢うことになる。
前もって逢う日がわかっていれば、服装、髪型はもちろん、アクセサリーや靴などにも気を配ることができる。
しかし、逢うのが突然決まったとなると、気ばかりが急いて、準備が万全にならない気がする。
逢える日が限られるのなら、やはりその日は一番綺麗な自分でありたい。
その瞳に可愛く映っていたい。
ベッドの上に広げられる服は一着二着ではおさまらなかった。
「これならあの靴で合うし……。よし! 決めた!」
望美はさんざん迷った末に、買ったばかりの桜色のワンピースを選んだ。
少し季節を先取りした洋服ではあったが、今一番気に入っているものだった。
洋服を決めたあとの望美の行動は早かった。
着替えた後はすぐさま家を飛び出して、ヒノエが待っている待合せ場所へと急ぐ。
ヒノエが言っていた『いつもの場所』とは、望美の家から一番近い駅だった。
駅構内に入るとその一角に大きな彫刻がある。その前が定番の場所であった。
望美は駅構内に入るとすぐにその定番の場所に向かった。
すでにヒノエはそこにいた。
しかし、望美はすぐに声をかけることができなかった。
よく見る光景が望美の瞳に映る。
「またか……」
期待に満ちた望美の顔はみるみううちに曇りだした。そして小さくため息をつく。
一人で待っていると思ったヒノエは一人ではなかった。
否、ヒノエは一人でここへ来たのは間違いない。
ただ、この場所に着いた後、ヒノエのまわりに人が寄ってきたのだろう。
見れば、ヒノエのまわりには20代半ばほどに見える女性が3人まとわりついていた。
どう見ても、ヒノエの知り合いには見えない。
均整のとれたスタイルを持ち、立っているだけで目を奪われるくらいのヒノエ。通りすがりにヒノエを振り返る女性は少なくない。そして、今ヒノエのまわりにいるように声をかけてくる女性は多いのだった。
望美は真直ぐにヒノエの元へは行かなかった。ヒノエのいる場所から少し離れたところの壁に寄り掛かる。
そこはヒノエから見える位置でもある。こうしていれば、ヒノエは適当に女性達をあしらってこちらに来てくれるはず。
恋人である望美の登場に自ら引いてくれる場合もあるが、そうならないことも経験済みである。
逆ナンパしてくる女性達の間に入っても良いことはないのだ。
こうしてヒノエが来てくれるのを待つ方がラクだった。
しかし、ヒノエはそこから動こうとはしなかった。
いつもなら、すぐに望美がいることに気づいてヒノエは来てくれる。
今日に限って、女達がしつこいのか、それとも話がはずんでいるのか、なかなかヒノエに気づいてもらえなかった。
次第に望美も不機嫌になってくる。
すぐ近くにヒノエがいるのに、他の女達に囲まれて近づけない。
ヒノエのそばにいていいのは自分であるのに、どうして自分じゃない女がヒノエのそばにいるのだろう。
こんな理不尽はない。
恋人は自分なのだから誰に遠慮する必要があるというのだろうか。
その時3人のうちの1人がふざけたように笑いながらヒノエの腕に自分の腕を絡ませた。ヒノエの肩に頬を寄せて密着する。
さすがにそんな状態を見過ごすことはできない。
望美の限界もここまでだった。
すたすたとヒノエの方へと歩いて行く。
「待った?」
望美は女達を無視して何事もなかったかのようにヒノエに声をかけた。
「少しね」
「早く来過ぎたんじゃない? もう少し遅くても良かったのに」
「そうだね、今度から気をつけるよ」
まわりを無視して望美とヒノエは普通に会話を始めた。
しかし二人の会話はすぐに途切れる。
「何よ、アンタ邪魔しないでよ!」
女達の一人が怒ったように望美に向かって言った。
「そうよ、今この人と話しているのは私達なんだから!」
女の一人が望美の肩を小突いた。
それまで手を出さずにいたヒノエだったが、さすがに望美に何かされては黙っているわけにはいかない。
望美が来る前に対処できなかったのは自分の非なのだから、自分が対処しなければならないとヒノエは思った。
そうして、望美を背にかばおうとした時だった。
それよりも先に、望美はヒノエの前に立った。
「あなた達こそ邪魔しないで。この人と待合せしてたのは私なんだから」
望美にしては珍しく強気な物言いだった。
しかし、だからといって、黙って引き下がるような相手ではなかった。
「生意気な女ね。口答えするんじゃないわよ!」
女が右手を振り上げ、そのまま望美の頬めがけて振り下ろす。
しかしそれは空振りに終わる。
数多の戦場を切り抜けてきた望美にとってはそこでの経験から、女の振り下ろす手のスピードなど簡単に避けられるものだった。
「女性が暴力を振るうなんてみっともないよ! それに……」
一瞬そこで間を置いて大きく息を吸う。そして望美は叫ぶ。
「この人は私のものなの! 横から手、出さないで!」
ふいに拍手が聞こえてくる。
ハッと気づけば、いつの間にか周囲に人だかりができていた。
人通りの多い駅構内である。言い争っていれば人目につくのは当然だった。
周囲の野次馬はおもしろがって、『負けるな、彼女!』などとはやし立てたりしている。
本命の彼女と逆ナンパしてきた女とではどちらが有利か一目瞭然である。
幸い、女達もこの状況を理解できたようで、見せ物にされるのは我慢できず『バカバカしい』と一言もらしその場から逃げるように去って行った。
見事(?)ヒノエを奪い返した望美だったが、その望美もまた人だかりの中心にいることが恥ずかしくなり、ヒノエの腕を引いて歩き出した。
背後から『しあわせになれよ!』などと場違いな声援が聞こえてきたが、当然無視して先を急いだ。
しばらく早足で歩いていた望美達だったが、かなり駅から離れたので速度を落とした。
少しの間無言だったが、急にヒノエが声を殺しながらクックッと笑いだした。
「……ヒノエ君、なんで笑ってるのよ?」
「いいや、姫君も強くなったなぁと思ってさ」
ヒノエの言葉に望美はついカッとなる。
「ヒノエ君が悪いんだからね! いつまでも私に気がつかないで来てくれないから!」
「気づいていたさ。でも、3人寄ればっていうか、しつこくて、なかなか言うこと聞いてくれなくてね。望美が来る前に対処出来なかったのはオレの不手際だった。それは悪かった。謝るよ」
「ベタベタとヒノエ君に触ってすごくイヤだったんだからね」
声をかけられるのは仕方がないとしても、知らない女が大事な人に無意味に触っているのは我慢できるものではない。
「もうこんなことにはならないようにするから。機嫌直してくれないかな?」
「……」
「一週間ぶりなんだからさ、笑顔を見せて? 望美」
「……またすぐに帰っちゃう?」
前回逢った時は半日ほどしか一緒にいられなかった。短い逢瀬はやはりつらい。どれだけ一緒にいられるのか、それはなにより一番気になる事だった。
「いいや。今回は1週間はこっちにいられるよ」
「ホントに?!」
パァッと花が咲いたように望美の顔が明るくなる。
「やっと笑ってくれたね。その方が可愛いよ、オレの姫君」
「姫君なんて呼ばないで」
「はいはい」
「ふふ」
望美は久々にゆっくりとヒノエと過ごせることがわかり、上機嫌になった。
そんな望美の喜ぶ顔を見ることができて、ヒノエもまた嬉しくなる。
二人で仲良く手をつなぎながら、綺麗に施されたイルミネーションの中を歩く。
「それにしても、さっきの台詞、良かったなぁ」
ふいにヒノエがつぶやいた。
「さっきの台詞?」
望美が不思議そうに聞き返す。
「『この人は私のものなの』ってやつ」
「あ、あれは!」
望美の顔が急に真っ赤になる。
自分が言った言葉なのに、改めて言われるとすごく恥ずかしい言葉を言ってしまった気になる。
「もう一回言ってくれる?」
「も、もう、言わない!」
「そんなこと言わずにさ。ね、お願い」
甘くささやくように『お願い』とヒノエに言われると、望美はそれに逆らえなくなる。
「ね、望美?」
ダメ押しに覗き込むように顔を近づけられる。
微笑むその顔を曇らせるようなことは望美にはできなかった。
「1回だけだからね。えっと……、ヒノエ君は、私の……私だけのもの、だよ」
言うと決めたけれど、それでもやはり言いにくいのか、少しだけ言葉を区切り、そして耳まで真っ赤にしながら望美は告げた。
その瞬間、ヒノエの心が温かさで満たされる。
独占欲は自分の方が強いと思っていた。けれど、同じように望美にも独占欲があるのだとわかり嬉しくなる。
好きな女に独占される心地良さはなんとも言えないくらいに快感だった。
「ありがと、望美。これは嬉しいこと言ってくれご褒美」
ヒノエは極上の笑みを浮かべると、望美の唇に自分のそれを重ねた。
終
<こぼれ話>
望美「だから、人前でしないでって言ってるのに〜」
ヒノエ「嬉しかったんだから、仕方がないだろう?」
望「だからって……」
ヒ「このご褒美はお気に召さないようだね。じゃ、人のいないとこで、もっとすごいご褒美あげようか?」
scene1同様にテーマは独占欲。
こっちでは望美ちゃんに『私のもの』宣言してもらいました。
望美ちゃん的には人前でいちゃいちゃ(笑)するのはキライなのですが、
たまには強気で言ってみたり。
頑張れ、望美! ヒノエを狙っているコはたくさんいるぞ! 負けるな!(笑)
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