待合せ

〜 scene 1 〜


 雪がちらちらと静かに舞っている。
 冬の最中には珍しく、冷たい風は吹いていなかった。
 それでも吐く息は真白く、指先は冷えていた。
「今日は余裕で出かけてきただったはずなのに、手袋忘れちゃうんだもんなぁ」
 自分の失敗にため息をしつつ、望美は待合せの場所へと向かった。
 駅に程近い地下街の広場。そこにあるからくり時計の前は待合せとしては定番の場所であった。
 腕時計を見ると、待合せの時間の10分前だった。
 少し早いかと思ったけれど、待合せの人物はもうそこにいた。
 待合せ場所よりも少し離れていて、たくさんの人が行き交っていたにも関わらず、望美にはすぐにわかる。
 襟元に白いファーの付いた黒いジャケットにジーンズ。
 華美ではないのに、つい目が向いてしまう。
 見とれてしまうほどに均整のとれたスタイルに、望美はしばし瞳を奪われる。
 どんなに人が多くても、その人しか目に入らない。
「……カッコ良いなぁ、ヒノエ君」
 知らず、本心が口からこぼれる。
 時々、どうして彼が自分を選んでくれたのか不思議になる。
 向こうの世界にいた時は、自分の意思でそうなったのではないけれど『白龍の神子』というただ一人の人物で興味を引く存在だったと思う。
 それなりに役にも立ててたと思う。
 けれど、この世界ではただの平凡な女子高生。
 人込みに紛れてしまえば、きっと埋もれて見つけられない存在ではないだろうか。
 あまりにも彼が素敵なだけに、自分の平凡さに気落ちする。
 いつか飽きられるのではないだろうか、いつか別の誰かに奪われるのではないか。
 本当に自分のことを好きでいてくれるのか。
 不安は消しても消しても浮かんでくる。
 冷たくなった指先のように、心にも冷たい風が当っているようだった。
 すぐそばに好きな彼はいるのに、足を動かして近づくことができない。 
「ねぇ、一人?」
「えっ?」
 突然肩をポンと叩かれ望美は振り向く。
 そこには見たこともない男が立っていた。年齢は望美よりも少し年上、大学生くらいだろうか。
「さっきからそこで立ったままだったけど、誰かと待ち合わせ?」
「え、えぇ」
「嘘、嘘。その顔、誰かを待ってるって顔じゃないぜ? 退屈してたんだろ? イイ店知ってるんだ、オレと行こうゼ」
 男は強引に望美の手をつかんで歩き出そうとした。
「ちょ、ちょっと、私は……」
 望美の返事を聞くことなく、いきなり歩き出した男に、望美が抵抗しようとしたその時だった。
 ふいにきつく握られた右手首が軽くなる。
 そしてどことなく感じる海の香り。
「オレの大事な姫君に触んないでくれるかな?」
「ヒノエ君!」
 男と望美の間に颯爽と割って入ったのはヒノエであった。そしてすぐさまヒノエはかばうように望美を自分の背中に隠す。
「なんだ、貴様?!」
「オレが誰かなんて、お前は知らなくてもいいことだと思うけど」
「なにぃ!」
 男は軽くあしらわれたことに腹を立て、突然ヒノエに向かって殴りかかった。
 ヒノエは軽く身体を傾けただけで、男の攻撃を避けた。
「て、てめぇ!」
 再度殴りかかろうとした男を、ヒノエは今度もまた軽くかわす。しかし今度はかわすだけでなく、かわすのと同時に男の首筋のあたりを軽く突いた。
「少しばかり顔が良いからって、カッコつけてんじゃねぇよ! 邪魔すん……な……あぁ?」
 勢いづいた男だったが、その言葉は最後まで言うことはできなかった。いきなり地面に膝をつけた。
「邪魔してんのはお前の方なんだけどな。それから、そう簡単に人に殴りかかったりしたらダメだぜ?」
「て、てめぇ、何したんだ……?」
 男は足がしびれているのか立とうとしても足が小刻みに震えて立つことができないでいた。
「別に? まぁ、15分も経てばしびれは取れるよ。じゃあね」
「ま、待てよぉ!」
「あぁ、一つ言い忘れてた」
 ヒノエは急に背に隠していた望美を自分の前に立たせると、望美の背後から腕を回してしっかりと望美をその腕の中で抱きしめた。
「オレの一番大事な女性(ひと)に2度と触れるな。彼女に触れて良いのはオレだけなんだからな」
 そう言うのと同時に、視線だけで射殺すくらいの強さで男を睨みつけた。
 その視線だけで、男は逆らう気力を奪われ、何もできないまま全身の力も抜けて座り込んだ。
 そして、ヒノエは望美の肩を抱いてその場から離れて行った。  

 

「ごめんな、オレが望美に気づかなかったせいでイヤな思いさせて」
 歩きながらヒノエは望美に謝る。
「そんなことないよ。ヒノエ君、すぐに助けてくれたんだし。それに……」
『オレの一番大事な女性』とはっきり言ってくれたのが嬉しかったから。
 口には出さずにそう心の中でつぶやく。
 心に浮かんでは消せなかった不安はこの一言だけで消え去った。
 不安に思うことなど何一つない。
 『どうして私を選んだのか』
 その理由など必要ない。
 彼が選んだのが私だという事実、そして大切に思ってくれるという真心、それがあれば十分なのだ。
 はっきりと『大事な女性』だと言ってくれたのが本当に嬉しい。
 でも、その嬉しい想いは今は口には出さない。
 嬉しいけれど、照れくさいから。
「望美、『それに』の続きは何?」
「ふふ、なんでもないよ」
 言葉にしない代わりに、望美はとびっきりの笑顔を向けた。
「ねぇ、望美、右手貸して」
 ふと立ち止まってヒノエは言う。
「右手?」
 ヒノエの言葉を不思議に思いつつ望美は右手をヒノエに差し出した。
 ヒノエは望美の右手を取ると、その手首に口づけた。
「ヒ、ヒノエ君、何してんの?!」
「ここ、あいつに触られただろ? だから消毒」
「消毒って……」
 望美は口づけされているのが恥ずかしくて手を振りほどこうとしたがヒノエは望美の手を離そうとはしなかった。
 それどころか、手首から甲に、そして指先にと唇を滑らせる。
 望美の顔がさらにどんどん赤くなる。 
「ヒノエ君、もうそのへんで……」
「他に消毒しておくところはない? ココとかもしとこうか?」
 そう言うと、ヒノエは望美の唇にも口づけた。



                                   終


<こぼれ話>

望美「人前でしないでって言っているのに〜」
ヒノエ「望美がすごく可愛い笑顔を見せるからいけないんだぜ?」
「もう……、ヒノエ君のバカ」
 

今回のテーマは独占欲。
『オレの女に触れるな』くらいの台詞にしようかと思ったのですが、
『オレの女』という言葉が私の好みではなかったので却下となりました。
うちでの設定ではヒノエ君はよく女性から声をかけられることにしていますが、
望美ちゃんも結構狙われてます(笑)
ヒノエ君の無言の攻撃があるので、一緒にいる時は問題ないですけどね。
望美ちゃんはそのへん無自覚だったりするので、惚れた男は大変です(笑)

   

 

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