小春日和の午後。
差し込む日差しがほんのりと頬をあたためていく。
さえずる声に耳を傾けているうちに、意識は次第に深いところへと落ちていく。
「こんなところに可憐な花が咲いているとはね」
ヒノエは足下に視線を落としてつぶやく。
視線の先にいるのはもちろん本当の花ではない。
どんなに綺麗に咲き誇る本物の花よりも、ヒノエの心を引きつけて話さない存在、望美だった。しかも、長い髪を床に広げて縁側で横になって寝ている望美。
こんなに側まで近づいているのに、何も気づかずに望美ははやすらかな寝息を立てている。
戦場のピリピリした雰囲気の中では絶対にありえない光景だった。
平家との戦はまだ続いており、いつ危険が襲ってくるかわからない。
そんな緊迫した雰囲気を忘れさせるように、望美は穏やかな顔で瞳を閉じている。
ヒノエは寝ている望美の隣に腰を下ろした。
気配を消すような静かな動作とはいえ、やはり望美は気づかず目を覚ますことはなかった。
こんなところで一人でうたた寝なんて、他の奴らが先に見つけなくてよかったぜ。
偶然望美を見つけたヒノエは心の中でつぶやく。
こんな無防備な寝顔を見て、心を揺り動かされない男はいないだろう。
「寝顔を見せるのはオレの前だけにして欲しいもんだな」
ふいにヒノエの指先が望美の頬へと伸びる。
白く柔らかな頬に触れる指先。それでも目覚めない望美。
ふいについ力が入り、ツンとヒノエの指が望美の頬を突いた。
「ん〜、……だ……き……」
「うん?」
ヒノエの指が頬を突いたと同時に、望美が何かをつぶやいた。
その言葉を聞き取れなかったヒノエは、もう一度そっと望美の頬を突いた。
「大好き……、はちみつプリン……」
今度ははっきりと聞こえたが、聞こえた言葉にヒノエは吹き出しそうになった。
「寝言、だよな。一体どんな夢をみているのやら」
ヒノエはまた何か言わないかと思い、再度頬を突いた。
ツン。
「苺大福……」
ツン。
「みたらし団子……」
ツン。
「抹茶パフェ……」
ツン。
「あんみつ……」
ヒノエが頬を突くたびに、面白いように望美は次々に単語を口にする。
一部意味がわからない単語も出て来たが、どうやら望美の好きな食べ物についてつぶやいているのだとヒノエは気づく。
「望美といるとホント退屈しないよな」
ヒノエは望美が起きないように気をつけながら声を殺して笑う。
「次は何が出てくるかな?」
ヒノエは楽しく思いながら、望美の頬を突く。
ツン。
「……ヒノエ君……」
思わずヒノエの心が高鳴った。
間違いなく、望美は今ヒノエの名前を口にした。
この瞬間、望美の口からこぼれる『大好き』の中にヒノエも含まれていたことになる。
とはいえ、これは意識のない時のただの寝言。
望美の意思で『大好き』と言われたわけではない。そう頭で理解はできても、心が騒ぐのは押さえられない。
「オレの名前をつぶやいてくれるとはね。譲のはちみつプリンよりも後っていうのが気に入らないところだけど」
ヒノエの顔に柔らかな笑みが浮かぶ。
「お前に食べられるなら願ったりってね。でも、その前にオレがお前をいただくぜ」
そう言って、ヒノエはそっと静かに望美の頬に口づけた。
終
<こぼれ話>
ヒノエ「姫君は苺大福って好きかい?」
望美「うん、大好きよ」
ヒ「じゃ、みたらし団子やあんみつも?」
望「うん、好き」
ヒ「抹茶ぱふぇっても好きだろ?」
望「どうして私の好きなもの知ってるのぉ!」
ヒ「オレは何でも知ってるよ。姫君がオレのことを好きだってこともね」
望美ちゃんは和菓子派?
ヒノエ君にもわかる食べ物を考えてて浮かんだのは和菓子系でした(笑)
『想ひ寝』の『想ひ』は古文読みで『おもい』とお読みください。
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