ずっとそばに


 

 望美の目の前でヒノエが倒れ込む。
 怨霊の激しい攻撃の前に、あのヒノエが破れた?
 あるはずのない光景に望美の意識は呆然となる。
「ヒ、ヒノエ君!」
 度重なる戦のせいか、呆然となったのも一瞬で、すぐさま望美は自分を取り戻してヒノエに駆け寄った。
 うつ伏せに倒れていたヒノエの頭に手を伸ばし、仰向けにする。その時望美の手に赤い色が広がった。
 頭から額に、そして頬を血が伝う。
「ヒノエ君! ヒノエ君?!」
「の……ぞみ、無事……か?」
 弱々しいヒノエの声に望美の声が震える。
「わ、私は大丈夫。ヒノエ君こそどうして……」
「油断、しちまったな。このオレがなんてザマだ」
「早く手当てしなきゃ……」
「うっ……」
 傷が痛むのか、ヒノエの表情が歪む。
「ヒノエ君!」
「好きな女を守って死ねるなら本望ってもんだ……よな」
「こんな怪我くらいで何言ってるのよ! ダメ! 絶対にダメ! 私よりも先に死ぬなんて絶対に許さない!」
「……ふ、いつにも増して厳しい事言うね、姫君は」
「だって、そうでしょう! 私を残してヒノエ君は逝けるの?! 今回はヒノエ君が守ってくれたから私は無事でいられた。でもヒノエ君がいなくなったらどうするの? もしヒノエ君が死んで、その1時間後、いいえ、1分、1秒後、私が襲われたらどうするの? そこで私が命を落としても良いっていうの? 私の身体が切り刻まれて二目と見られない身体になって、ボロボロになってもヒノエ君は良いっていうの?!」
 激しい言葉とはうらはらに、望美の瞳には涙が浮かび始める。
「それは困るな……。お前はいつだって綺麗でいて欲しいんだから」
「だったら! 約束したじゃない! ヒノエ君は私を守ってくれるって。そう言うのなら、明日、明後日と続く未来、ずっとそばにいて。私の前からいなくならないで!」
「望美……」
「イヤ。絶対にイヤだからね! ヒノエ君がいなくなるなんて許さないからね!」
「望美がそんなにオレのこと想っててくれてたなんて嬉しいね」
「当たり前じゃない! 私は、私はヒノエ君が好きなんだから。ヒノエ君は私にとって誰よりも大事な人なんだから! だから、だから……」
 ポロポロと大粒の涙が望美の瞳からこぼれ落ちる。
 その涙にヒノエは手を伸ばす。わずかに触れた指先が涙で濡れる。
「その言葉を聞けただけで十分だ。でも、望美、もう一度、最後に聞かせてくれるかい? オレのこと、どう想っているのか」
「最後だなんて言わないで。何度だって言うから! ヒノエ君が好き、大好き! あなたが一番好き!」
「ありがとう、望美……」
 そこでヒノエの瞳が閉じられる。わずかに微笑みを残し、その表情は穏やかだった。 
「ヒノエ君?! ヒノエ君!」
 意識を手放したかに見えるヒノエの様子に、望美は必死になって名前を呼ぶ。
 しかし、ヒノエの返事は聞こえなかった。
「ヒノ……ッ」
「望美さん」
 ポンと望美の肩に弁慶の手が置かれた。
「弁慶さん?! ヒノエ君が……、お願い、ヒノエ君を助けて!」
 弁慶の衣の裾を握りしめ、望美は懇願した。
「大丈夫ですよ」
「えっ?」
「ヒノエは大丈夫ですよ」
「で、でもこんなに血が……。それに意識が……」
「頭の怪我の場合、流れた血は大量に見えるかもしれませんが、実際の傷はそうでもないのですよ。もっとも打ち所が悪ければ後でぽっくり逝ってしまうこともありますけど」
「弁慶さん!」
「冗談です。見たところ、血が流れている原因は真空刃のような感じで切れたわずかな傷でしょう。それは手当てをすれば済む程度です。それからその時の衝撃を受け止められず倒れた拍子に多少身体を打ち付けたかもしれませんが、大事に至るようなことはないでしょう」
「本当に?」
「僕を疑うのですか?」
「あ……、ごめんなさい」
「いいえ、心中お察ししますよ。しかし望美さんがそんなに心配する必要はありませんよ。ヒノエが貴女を残して死んだりするはずがないでしょう?」
「そうですよね……」
 弁慶の言葉を信じるしかない。意識はなくても、ヒノエの身体はまだあたたかいぬくもりであふれているのだから。
「あとは僕にまかせてください。では、治療しますので向こうへ行きましょう」
「えっ? 『行きましょう』?」
 望美は弁慶の言葉の意味がわからなかった。
 その言葉は望美に言った訳ではなく、弁慶の視線はヒノエに向けられていた。気を失ったヒノエを『連れて行きます』ならわかるが、『行きましょう』では矛盾している。
「ヒノエ、いい加減にしなさい。狸寝入りは卑怯ですよ」
「……ばれてたのか」
「ヒノエ君?!」
 むくりと起き上がるヒノエに、望美の瞳が大きく見開かれる。
「ヒノエ君、大丈夫なの?!」
「ん、ああ。一瞬気が遠くなったのはホントだけど、たぶん平気」
「だって……、あんなに苦しそうに痛そうにしてて……。死んじゃうんじゃないかって……」
 起き上がったヒノエの様子に安心しながらも、望美の瞳に先ほどとは違う安堵の涙が浮かぶ。
「あんな熱烈な愛の告白を聞けたならいつ死んでも悔いはないかな」
 いつものヒノエらしいおどけた感じの物言い。望美はそれを聞いた途端にカッとなる。
「本気で心配したのに! ヒノエ君のバカ!」
 流れかけた涙をグッと袖でぬぐい取ると、顔を真っ赤にしながら望美はその場から立ち去った。
「ヒノエ、今のはタチが悪過ぎますよ。望美さんが可哀想です」
 望美の後ろ姿を見た後、弁慶は眉根を寄せて、そしてヒノエをにらみ付けた。
 しかしヒノエはそんな弁慶の様子に気を止めることなしなかった。
 額の血を自分で拭いながら、どこか勝ち誇ったような表情をする。
「望美を騙すつもりはなかったけれど、こんな時でもなきゃ、望美の気持ちなんて聞けないからな。ちゃんと聞いただろうな? 望美が誰を想っているのか」
 ヒノエは目の前の弁慶はもとより、まわりにいた他の八葉と白龍に聞こえるように少し大きな声を出して言った。

                                   終


<こぼれ話>

弁慶「ヒノエ、この傷、痕が残るかもしれませんねぇ」
ヒノエ「残っても髪で隠れるだろう?」
「治療次第ではハゲるかもしれませんよ?」
「……おい、わざと治療に手を抜くなんて事するなよ?」
「僕がそんなことするとお思いですか?(にっこり)」
「お前ならやりかねない」

 人前では絶対『好き』なんて言わないだろう望美ちゃんに、ヒノエ君は言わせたかった、と。
 ついでに恋人宣言になれば一石二鳥(笑)
 当分は望美ちゃんの御機嫌はなおらないかもしれませんけどね〜。

望美「あんなことするヒノエ君なんてキライ。でもハゲるのはイヤだから、
   弁慶さん、ちゃんと治療してね」
 

    

   

 

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