月映し


 

 勝負は一瞬にして決まった。
 勝算があるからこそ実行したヒノエの計画だ。失敗するはずもない。
 しかし、その手際の良さには予想以上で、圧倒されるものがあった。
 海の上に現われた突然の炎は平家軍の指揮系統を狂わすのに十分すぎる効果があり、為す術も、何が起きたのかもわからないまま平家軍は炎を恐れて逃げ出した。
 そして、圧倒的な数を誇る平家所有の船団は源氏のものとなった。

 

◇ ◇ ◇

 

 ヒノエの一計で平家の船を源氏方へと奪ったその後、祝勝会代わりの簡単な宴が内輪で催されていた。
「こんなところにいたんだ、姫君」
 宴の中心から少し離れた波打ち際で、望美はひとり空を見上げていた。
「あ、ヒノエ君。なんかみんな酔っちゃってて大変なんだもん、逃げ出してきちゃった」
 少しだけ肩をすくめて望美は答えた。
「じゃ、二人だけでこっそり祝勝会でもしようか」
 ヒノエはスッとどこからか盃ひとつと酒を取り出した。
「なら、私が注いであげる。なんたって今日の主役はヒノエ君だもん!」
「嬉しいねぇ。美しい姫君の酌で酒が飲めるなんて。それだけで酔ってしまいそうだ」
 望美は小さな盃から溢れ出さないように気をつけながら、トクトクッと透明な酒を注いだ。盃に酒が満たされると、ヒノエは美味しそうに飲んだ。 
「さっきはすごかったね、ヒノエ君! ほんとに平家の船団をまるごと盗んじゃうだもん」
 望美が嬉しそうに笑顔を向けた。
「なに、船を盗むくらいなんて簡単なことだ。要は時期を見逃さないこと。それさえ間違わなきゃたいていのことはできる」
「『できる』って言い切れるところがヒノエ君のすごいところだよね。でも、何事もタイミングって大事だよね」
「たいみんぐ?」
「あ、今ヒノエ君が『時期を見逃さないこと』って言ったでしょう。そういうこと」
「ふぅん、タイミングね。覚えておくよ」
「それにしてもホントにヒノエ君ってすごいね! ヒノエ君だったら何でも手に入れちゃいそう」
「そんなふうに期待されると嬉しいねぇ。なんなら、姫君のために天の月でも盗んでみせようか?」
 ヒノエは少しだけ挑戦的な瞳をした。
「月を? 本当にぃ?」
 いくらなんでもそこまではできないだろうと、望美は思う。
 しかし、あっさりヒノエは承諾した。
「ああ、いいぜ。姫君のお望みなら。ちょっとこの盃を持ってな」
 ヒノエは手に持っていた盃を、望美が持っていた酒とを交換する。そして、望美が手にしたその盃に酒を静かに注ぐ。
 何をするのかと不思議そうな顔をしていた望美。盃に酒が満たされていくのと同時に、望美の表情が歓喜へと変わっていった。
「うわぁ、きれい……。盃のお酒の中に月が映ってる」
 小さな盃の酒のさざ波がおさまると、そこには真珠色の真円が残っていた。
「どうだい? 嘘じゃなかっただろう? お前のためだけのお月様さ。気に入ったかい?」
「うん、とっても」
 盃の月を見ながら望美は顔をほころばす。
 こんな方法で月を盗むとは、望美は考えもつかなかった。
 しばらく盃の月に見とれていた望美だったが、ふいに盃を口元に持っていった。かと思うと、くいっと一気に飲み干した。
「お、おい、望美!」
 まさか、酒を一気に飲み干すとは思っていなかったヒノエは少し驚いた。
「お前、酒、飲めたのか?」
「う〜んとね、甘酒は大好き」
「甘酒って……」
 子供でも飲める甘酒と、ヒノエが注いだ酒の種類が同じであるはずもなく。
 一気にあおったせいか、望美の顔はあっという間に紅く染まった。
「飲めないなら無理することないのに」
 ヒノエは望美の手に持っていた盃を取り上げた。
「だってね、せっかくヒノエ君が私にくれたお月様よ。ちゃんと自分のものにしたかったの」
「望美……」
 飲めもしない酒であるのに、そんな思いで飲み干したのだと知ると、ヒノエは嬉しくなった。
「ヒノエ君……、ありが……とね」
 ヒノエに向かって笑顔を見せていた望美の瞳がとろんとしだしたかと思うと、急に身体が傾いた。
「お、おい!」
 慌ててヒノエは望美を受け止める。
 ヒノエの腕の中には頬を紅く染めた望美が眠りについていた。
「望美? 寝てるのか?」
 ヒノエの問いかけに望美は応えない。
 慣れない酒を一気に飲んで、急に酒が回ったのだろう。その寝息は静かなもので、悪酔いしているふうでもない。本当にただ酒が回って酔いつぶれたようだった。
「まったく、この姫君はオレの予想外のことばかりする」
 ヒノエはなんだか楽しくなって笑いをもらす。
「本当に、お前は可愛い姫君だね、望美」
 ヒノエは望美の額に軽く唇を押し当てた。

                                   終


<こぼれ話>

 ヒノエのバッドEDを見たくて最初からやりなおしたところ、先を急ぎ過ぎて絆が低すぎて
うっかり間章の絆イベントを失敗してしまったんですよね。
 せっかくなので(笑)そのまま進めてみたら間章ラストでこんなストーリーが登場してきました。
 いや、びっくり。
 ゲーム中は盃の水に月が映ったことになっていますので、お酒は私のオリジナルですが、
ヒノエ君のイキな計らいに感動でした。
 ま、もっとも絆イベント失敗しているので、このままではED迎えられませんけれど(^^;)

 

 障子の向こうで気配を殺して望美を見るヒノエ。
ヒノエ(やっと起きた) 
望美「あれ? 私いつの間に布団に入ったんだろう?」
(全然覚えてないんだね)
「昨日は……っと、あっ、もしかして盃一杯で酔いつぶれちゃった?!  
 おかしいなぁ。子供の頃は甘酒飲んでも全然平気だったのに」
(甘酒なんて酒じゃないだろうに)
「こんなんじゃダメだよね。ヒノエ君、お酒強そうだし、ちゃんと相手ができるように、
 私もお酒強くならなきゃ!」
(そうそう。今度先に酔いつぶれたら何するかわからないからね)