ユングヴィ城がヴェルダン軍に襲われている頃、早馬に乗ってきた使者がシアルフィ城にやっとのことでたどり着いていた。走り過ぎた馬はもう役には立たないほどに、使者は急いで主君の危機を知らせにきた。
使者より思い掛けない状況を聞いたシアルフィ公子シグルドは、迷うことなくすぐさま決断した。
「このままではエーディンが危ない。ノイッシュ、私は彼女を助けに行く。あとのことは頼んだぞ!」
そう言って、シグルドは部屋を飛び出し、厩舎へと向かおうとした。
慌てるシグルドを、彼の直属の部下であるノイッシュが行く手を阻む。
「お待ちください、シグルド様! まさかお一人で行かれるつもりですか?! それはいくらなんでも無謀です。今少し軍が整うのをお待ちください!」
「そんな悠長なことを言っている場合か?! ぐずぐずしていて、エーディンの身に何かあったらどうする気だ! それに我が軍の主力は父上とともにイザークへ遠征中だ。残っている兵は少なすぎて、ユングヴィに連れていってはこの城自体の守りが薄くなる。私ひとりが行ったところで蛮族達をどうこうできるかはわからない。だが私だけでも行かなくてはいけないのだ!」
普段は温厚なシグルドが声を荒げた。幼い頃から知っている幼馴染みのユングヴィ公女エーディンを、シグルドは妹同様に思っていた。そんな彼女の危機に駆けつけないわけにはいかないし、見過ごすことなどできない。
「お気持ちはわかります。しかし……」
家臣としてノイッシュは、危険だとわかっている場所に黙って主君を送りだすことはできない。
「シグルド様は言い出したらひかないぞ。ノイッシュ」
「アレク?! お前、主君であるシグルド様になんてことを言うんだ?!」
「昔からそうだったじゃないか。それよりもこんなところでぐずぐずしていないで、俺達もさっさと準備して行った方がいいと思わないか?」
「アレク、お前までそんなことを言うのか?」
慎重派のノイッシュと大胆な性格のアレク。昔からの忠実な家臣2人は反対の意見を述べる。そのやりとりに、シグルドは割って入った。
「アレクの言うように、私はユングヴィへ行くと決めた以上、それをくつがえすことはしない。だが、死ぬかもしれないこの出撃に、お前達まで巻き込むつもりはない」
「ばかなこと言わないでください!」
ノイッシュはすぐさま反論した。
「シグルド様お一人を行かせて、我々がここでのんびりしていられるとお思いですか?! 騎士として生まれた以上戦いで死ぬのは当たり前です。シグルド様がどうしても行くというのなら、私達も御一緒に参ります。アレク、お前も同じ考えだろう?」
「ああ、もちろんだ。それから、シグルド様、ユングヴィも城も大事ですが、今後のことを考えると近隣の村々をまわって守りを固めるよう指示した方がいいのではありませんか?」
「確かにそうだ。民を守ることも我らの義務。アレク、よく言ってくれた」
「あ、いえ、本当はオイフェの意見なんです。さすが名軍師といわれたスサール卿の孫。まだ子供なのにいろいろな事によく気がつきますよ」
「オイフェが来ているのか?」
今シアルフィ城内にいるとは思わなかった少年の名を聞き、シグルドが驚く。すると、柱の陰から、小柄な少年が姿を現した。
「シグルド様、勝手に来てしまいごめんなさい。でも出撃されるなら、僕も一緒に連れて行ってください!」
「おまえには出撃経験がない。大丈夫なのか?」
「僕ももう14歳になりました。確かにまだ戦うことはできませんが、僕にもできることがあるはずです。僕はシグルド様のお役に立ちたいのです。どうか、一緒に連れて行ってください!」
シグルドは一瞬どうしたものかと考え込んだが、熱意のある少年の瞳を見て、ここで拒む必要もないだろうと判断した。
「わかった。オイフェも連れて行こう。騎士見習いとしてここに来てからもう2年。そろそろ実戦を経験するのもいいだろう。ただし、戦うのはまだ早いからな」
「はい、ありがとうございます!」
オイフェは嬉しそうに返事をした。
「では、アレクとオイフェは村を回って注意を呼び掛けた上で、ユングヴィを目指してくれ。ノイッシュは私と一緒に来てくれ」
「城の守りはどうしますか? 主力部隊がいない上に我々も出撃したら……」
「城の守りならコイツしかいないだろう。な、アーダン」
「なんで、俺なんだよ?!」
今まで後ろで控えていたアーダンがアレクに詰め寄る。アーダンは、先の2人に同じく、シグルドの直属の部下である。
「固い、強い、遅いの三拍子揃っているお前が適任だよな」
「固い、強いってのはいいけれど、遅いっていうのは気に入らないなぁ」
ぶつぶつと文句を言うアーダンに、シグルドは真面目な顔で話し掛けた。
「アーダン、今、城を任せられるのはお前しかいない。大役だが引き受けてくれるか?」
「も、もちろんです! シグルド様のお役に立てるのなら、たとえ火の中水の中。必ず主命果たさせていただきます!」
「アーダンが水の中に入ったら、沈んだままだよなぁ」
「アレクッ」
ちゃかすアレクをノイッシュが諌める。
「では、城の守りはアーダンに任せることとする。頼んだぞ」
「はい!」
「では、出立!」
シグルドのかけ声を合図に、居合わせた者達は駆け出した。
のちに、『悲劇の英雄』と呼ばれるシアルフィ公子シグルド。
真面目で実直であり、裏表のない真直ぐな心を持ち、民からも慕われる公子。彼はシアルフィを大切に思っていた。
しかし、この日を最後に、数奇な運命を辿ることとなる彼は、二度とシアルフィの土を踏むことはできなかった。
Fin
|