青の想い、金の夢

 それは春の晴れた日のこと。
 窓から差し込む日ざしが憎らしいほど、眩しい。
 ラケシスは不機嫌そうに窓の方をにらみながらベッドに体を横たわらせていた。
 本当なら今頃、レンスターで行われるキュアンとエスリンの結婚式に参列しているはずだった。
 それなのに、ノディオンを出立する当日、朝から熱が出て、急遽ラケシスの出席は取り止めとなってしまったのである。レンスターに行けるのを楽しみにしていたラケシスは出立ぎりぎりまで行くと言い張ったのだが、エルトシャンに止められ、結局行くことはできなかった。
「レンスター、行きたかったなぁ」
 何度かやりとりしたフィンの手紙に、レンスターのことが書いてあった。

『青空を映す美しい湖、緑豊かな森、色とりどりに咲き乱れる花々。ノディオンに負けない程レンスターには素敵な場所があります。いつか、貴女にも見ていただければと……』

 一度見てみたいと思った。
 手紙を読む度に思い描くレンスターの風景。ノディオンしか知らないラケシスにとってレンスターは、新しい何かがあるような、そんな心ひかれる場所だった。
「フィンにも会えると思ったのに……」
 ラケシスはぼそっとつぶやいた。しかしすぐに顔をしかめる。
「ああ、もうこの頭痛! 何も考えられないじゃない!」
 一人取り残された自室で、ラケシスは羽布団を頭からすっぽりとかぶった。 

◇ ◇ ◇

 その頃、レンスター王国では、王太子キュアンとシアルフィ公女エスリンとの結婚式がとり行われていた。
 国中をあげての祝福の中、神殿での挙式、レンスター城までのパレード、そして披露パーティーを終えたところだった。
 出席者への一通りの挨拶を済ませ、やっと主役の2人は解放され、レンスター城の一室にたどり着くことができた。
「疲れたぁ」
 長椅子に腰を下しながら、エスリンは純白のベールをはずした。
「さすがのエスリンも疲れたようだね」
 白を基調とした正装姿のキュアンがエスリンの向かい側に座る。お互いに目を合わせると、ふぅと大きく息をつく。
 エスリンだけでなく、キュアンもかなり疲労を感じていた。確かに朝早くからのことだったし、休む暇もなかった。
「キュアン様、エスリン様、お疲れさまでした。お茶を御用意いたしました」
 キュアンとエスリンが少し寛いだのを見計らって、フィンがティーポットと2つのカップを運んできた。
 レンスター産の甘いお茶の香りが漂う。
「ありがとう、フィン」
 エスリンは入れたてのお茶を受け取り、笑顔を向ける。
「あぁ、美味しい。フィンが入れてくれるお茶は絶品ね」
「そうだろう。フィンの入れるお茶は美味しいんだ」
 キュアンは何故か自慢げに言う。
「お気に召していただけてよかったです」
 フィンは少し照れたようにしながら、2杯目のお茶をエスリンのカップに注いだ。
 ふとフィンの手が止まった。
「フィン? どうかしたの?」
「あ、いえっ。その、ブーケがきれいだと思いまして……」
「これ?」
 エスリンは傍らに置いたあった白い花で作られたブーケを手に取る。
「だったら、フィンにあげましょうか? プレゼントにしたらいいわ。花嫁のブーケはしあわせをもたらすと言われているから、女性ならきっと喜ぶわよ」
「し、しかし、花ですから枯れてしまうのでは……」
「あら大丈夫よ。これは生花じゃないから、枯れることはないわ。ノディオンでも、どこでも届けることができるわよ」
 エスリンはにっこりと笑いながら、ブーケをフィンに差し出す。
「しかし……」
「せっかくだ、もらっておいたらどうだ? 今ならまだエルトもいるし、手紙でも書いて渡せばいい」
「キュ、キュアン様、何故そこでエルトシャン様の名前が……」
「ラケシス姫に渡すのだろう? 今回は体調を崩したとかで、来れなかったからな。病気ということなら見舞いもかねてプレゼントしたらいい。だったら、エルトに持っていってもらうのが一番早いぞ、なぁ」
「ええ。きっと喜ぶわよ。ラケシス姫」
「お二方とも、何故贈る相手がラケシス様だと……」
「違うのか?」
「いえ、その……」
 逆にキュアンに問われ、フィンは慌てる。確かにブーケを見た時、ラケシスのことを考えた。白いブーケを持つ彼女がふいに思い浮かんだ。しかし実際にブーケを贈ることまでは考えていなかった。ただ似合うだろうなぁと思っただけのだった。
「だったら、早く手紙を書いてくるんだ。私達からではなく、ちゃんとフィン、お前からだとわかるように書くんだぞ」
「は、はぁ」
 珍しくかなり顔を赤らめたフィンは、ぎこちない礼を2人にした後、その部屋を後にした。
「まだまだかわいいなぁ、フィンは」
「キュアン、あんまりからかったら失礼よ」
 そう言いながらもエスリンはクスクスと楽しそうに笑う。
「からかってなどいないさ。むしろその逆で応援しているんだぞ。今までなかなか女性に興味を示さなかったフィンが、ラケシス姫だけは気にしているんだ。手紙のやりとりというのもなかなか良いが、このへんでプレゼント攻撃に出るのもいいだろう。ぜひともうまくまとまって欲しいと思っているんだから。エスリンこそ、その笑い方はやめた方がいい」
 そう言われ、エスリンは肩をすくめて小さく舌を出す。それからキュアンの隣に移り、彼の肩によりかかる。
「ラケシス姫はなかなか手強そうだけどね」
「まあ、我々が応援していても、二人の気持ちの問題だからなぁ。あのぶんだと、まだまだだな」
「でも好きな人ができるのはいいことよ。好きな人を想うだけで嬉しくなるわ。それに私達みたいにしあわせになれるのだから」
 キュアンは妻となった最愛の彼女の肩をそっと抱く。
 2人は見つめ合い、そして微笑んだ。

◇ ◇ ◇

自室に戻ったフィンは、ペンを手に取ったものの、なかなかいい文章が書けずに困り果てていた。

『……結婚式は無事滞りなく済みました。そしてエスリン様は御自分がお持ちになられた花嫁のブーケをラケシス様にお渡しするよう私におっしゃられました』

「……これではエスリン様からの贈り物ということになってしまう。キュアン様からは僕から贈るような文章に、と仰せになったのに」
 フィンはくしゃと紙を丸める。
 何故かいつもの手紙のようには進まない。どう書いても長い説明になってしまい、うまく伝えることができない。
 早く書かなければ……。
 気ばかりが焦っていた。
 何か良い言葉がないか、フィンは一生懸命頭を悩ませていた。

◇ ◇ ◇

 ノディオン城の上階、南向きの一番眺めの良い部屋がラケシスの自室だった。
「ラケシス姫様。お目覚めでしょうか?」
「……ええ。起きているわ」
「もうすぐエルトシャン様がレンスターよりお戻りになられるお時間ですが、お迎えの御用意をなさいますか?」
 侍女はレースのカーテンをサッと開ける。
 眩しい日ざしが、部屋に差し込む。
 ラケシスはゆっくりと身を起こした。
 頭痛も発熱もおさまっている。すっかり体調はよくなっていた。
「そうね。お帰りになられたらレンスターのお話を聞きたいし。いつもの服を用意してくれるかしら」
 そう侍女に言い、ベッドから降りる。その時ふとラケシスは窓の向こうを見た。
 青空が広がり、そして白い雲がところどころに浮かんでいる。
「……白い花」
「何かおっしゃいましたか?」
「夢を見たわ。誰かが私に白い花をくれるの。とっても綺麗な白い花を」
 ラケシスは青空を見上げながら、そっと呟いた。


 

         Fin

ちょっとフリートーク

 14歳の頃のフィンとラケシスです。初めて会った時から2年の月日が流れています。
 とはいえ、それほど恋愛感情を持ってもいないようですね(^^;)
 何気ない時に思い浮かぶ程度。でもそれも大切ですよね。無意識に想っているような感じで。
 結局フィンは、ラケシスへどんな手紙を書いたのでしょう。思い悩んだあげく、長々とは書かずに、一言だけだったとか。それは皆様の想像におまかせいたします。