目がくらむほどの眩しい陽光。
その輝きに負けないほどに輝いている男性(ひと)。
そしてその隣に佇む純白のドレスを着た女性(ひと)。
大勢の祝福に包まれる二人を、ラケシスは目を細めながら遠く離れた場所から見つめていた。
今日はラケシスの兄ノディオン王国エルトシャン王の挙式の日だった。
おめでたい日だと頭では理解しているのに、彼女の気持ちはかなり沈んでいた。沈んだ気持ちと同じくらい、表情にも冴えはない。
まだ「おめでとう」の一言を、一度も告げていなかったせいもあるのだろう。
レンスター王国出身のグラーニェがノディオン王妃となるため、ノディオン入りしたのは、ちょうど1ヶ月ほど前のこと。
すでに決まっていたこととはいえ、一度も逢ったことのない女性に、大好きな兄を取られるのは我慢できなかった。
どうにかしてグラーニェをレンスターに帰らせようと、ラケシスは彼女に 何度も意地悪をしかけた。
着いたばかりのグラーニェを広いノディオン城の奥へと連れていって置き去りにしたり、わざとらしく紅茶をドレスにこぼしたり、大切にしているという指輪を隠したり、普段使わない一室に一晩閉じ込めたりしたこともあった。
そんなラケシスの所行をエルトシャンは叱ろうとしたが、グラーニェはそれを止め、どれも何事もなかったようにラケシスを許した。
その態度がさらにラケシスには気にさわった。
大人の余裕とでもいうのだろうか。
確かにグラーニェはラケシスよりも5つ年上である。そんなグラーニェから見れば、1 2歳のラケシスの行動はただの子供のかわいいいたずらにしか感じないのかも
しれない。
母も父も亡くなった今、ラケシスの家族はエルトシャンただ一人であった。
先代ノディオン王である父は日頃から忙しく、話をすることも、顔を合わすことすらほとんどなかった。そのため、ラケシスは幼い頃からエルトシャンを頼りとしてきた。エルトシャンもラケシスの一番の理解者であり、親代わりとして彼女を守ってきた。しかしグラーニェの登場によってエルトシャンが第一に守るべき人が変わってしまった。これからは妻だけを大切にするのだと、ラケシスは思っていた。
ラケシスは一人ぼんやりと歩きながら、神殿から少し離れたところにある大きな樹に寄り掛かりながら深いため息をついた。
これからどうしようか、迷っていた。今だに二人を祝福する気分になれない。このまま神殿に戻り、不機嫌そうな顔をエルトシャンに見られるのも嫌だった。
ふと空を見上げる。
空は大きく、自分が小さく思える。この世でたった一人取り残された気になってしまう。
急に淋しくなって、うっすらと涙が浮かんできた。
その時。
「ラケシス様! お探ししました」
曇ひとつない晴れ渡った青空のような髪と瞳の少年が、ラケシスのそばに駆け寄ってきた。
慌てて涙をぬぐい取る。他人には涙を見せられない。
この自分と同じ年頃の少年に見覚えがあった。
言葉は交わしたことがなかったが、レンスター王子キュアンの共として何度かノディオン城に来ていたことをラケシスは思い出した。
「あなた、確かキュアン様と一緒にいた……?」
「騎士見習いのフィンと申します」
軽くフィンは微笑んで、会釈した。
フィンの好印象な微笑みを見て、ラケシスも思わず笑みを浮かべる。
「探していたと言っていたけれど、私に何か御用かしら?」
「エルトシャン様をはじめ、皆様がお探しです。挙式が済んだのでこれから披露パーティーが始まるそうです」
「……そう」
一瞬にしてラケシスの表情が再び曇った。
「ラ、ラケシス様?! ご気分でも悪くなられたのですか?」
フィンが慌てて声をかけた。誰が見てもすぐにわかるくらい、ラケシスの表情は暗く沈んだものだった。
「……大丈夫。あなたが気にすることではないから」
「しかし……」
困惑するフィンの表情が目に入った。
「本当に大丈夫なの。だから先に戻っていて」
「ラケシス様はお戻りになられないのですか?」
「私は……、もう少しここにいるから」
「でしたら僕もここにおります。ラケシス様お一人を残しては戻れません」
「私のことなら気にしないで。そのうちちゃんと戻るから」
「いくらノディオン領内とはいえ、いつ何が起こるかわかりません。警護の者も連れていらっしゃらない時に、もしラケシス様の身に何かあったら大変です。微力ながらここはラケシス様警護の任につかせていただきます。ですからお戻りになられるまで、僕もここに一緒にいます」
真面目な顔つきでフィンは申し出た。
「大袈裟ね。でも、ちょっと一人でいたくなかったから、ちょうどよかったかも」
そう言いながら、ラケシスは樹の根元に腰を下ろした。
フィンも同じくラケシスよりも少し離れた場所に腰を下ろした。
「良い天気ね……」
「そうですね」
そう言ったっきり、二人は無言になった。
しばらくラケシスは青空を見上げていた。その間、フィンはラケシスの横顔をずっと眺めていた。
「私ね……」
「えっ?」
それまで黙っていたラケシスがつぶやくようにそっと話し出した。
「素直に兄様の結婚が喜べなかったの。結婚された兄様はもう私だけの兄じゃなくなると思うと淋しかった。グラーニェ……義姉(あね)上と新しい家族を作って、そこにはもう私の居場所はなくて……。兄様にはもう私は必要ないのだと思ってしまうの」
「……」
「そして私は誰からも忘れられて、たった一人になってしまうんじゃないかとこの1ヶ月ずっと思ってた」
「ラケシス様……」
「フィン、私今日から本当に一人ぼっちになってしまう……」
自分で自分の身体を抱き締めるようにして、ラケシスは身を小さくした。
「そんなことはないと思います」
心配そうに見つめていたフィンがきっぱりとそう言い切った。
「フィン?」
今にも涙があふれになるのを必至で堪えながらフィンを見る。そんな瞳に映ったのは優しい優しい微笑み。
「先ほどラケシス様のお姿が見えなかった時、たくさんの方々が心配しておられました。ことにエルトシャン様はご自分で探しに行くとさえ言っておられました」
「でも……」
「それに御結婚されたからといって、ラケシス様の兄上であることは変わりないのではありませんか?」
「えっ?」
「兄として、エルトシャン様はこれからもラケシス様の味方だと僕は思います。兄妹という事実は変わることのないものだし。それなのにラケシス様ご自身が壁を作ってしまっては、それこそ一人ぼっちになってしまいます。兄妹なのだから、甘えたい時に甘えて良いのではありませんか?」
その言葉を聞いた時、ラケシスの中でつかえていた何かがすっとなくなったように感じた。
一瞬ぼぉっとフィンの顔を見つめる。
「ラケシス様? 何かお気にさわることを言いましたでしょうか?」
「そう、ね。そうなのよね。兄様が私の兄様であることはずっと変わらないのよね」
呪文のようにラケシスはつぶやいた。
当たり前のことなのに、フィンに言われてはじめて気がついた気がした。
よく考えれば、グラーニェが来たからといって、この1ヶ月、エルトシャンの態度には何の変化もなかった。グラーニェに仕掛けた意地悪に対して怒っただけで、それ以外はこれまでと同じように接してくれていた。
自分が一人になってしまうなどと思ったのは、勝手な思い込みで、それはただの思い過ごしだったのだ。
ついさっきまで心細そうにしていたラケシスの表情が、落ち着きを取り戻したようだった。
「ありがとう、フィン。私、兄様にちゃんと『おめでとう』が言えそうよ」
ラケシスは思いっきりの笑顔をフィンに向けた。
そのかわいい笑顔にほっとしたように、フィンも笑顔を見せる。
初夏の青一色が広がる空の下、ラケシスとフィンは二人並んで、エルトシャン達が待つ場所へと歩き出した。
Fin
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