Precious Smile
〜Nanna〜

 こんがりと焼き上がった甘い香りが部屋中に漂っていた。
 ナンナの好きな父お手製の焼き菓子が出来上がったところである。
「お父様」
 ナンナはひょいっと顔だけを厨房の中に覗かせる。
「ナンナ、ちょうど今焼き上がったところだ」
「わぁ、良い香り」
「食べるか?」
「う〜ん、じゃ、ちょっとだけ」
 フィンは焼き菓子の端をひと口大に切ると、ナンナの口に入れてあげた。
 まだあたたかさが残っている焼き菓子の、ちょうど良い甘さが口に広がる。
「やっぱりお父様のお菓子が一番好き」
 ナンナは嬉しそうにそう言った。
「ねぇ、お父様。リーフ様、どこにいるか知りませんか?」
「いや、知らないな。そういえば姿がずっと見えないが……。一緒ではなかったのか?」
 フィンは焼き菓子を冷ますために金網の上に並べながら訊く。
「ええ。てっきりお父様のところでつまみ食いでもしているのかと思ったのだけど……」
 最近ではお菓子を作るのはナンナの役目であった。
 しかし今日は特別である。久しぶりに作るフィンのお菓子を楽しみにしていたのはナンナだけではなかったはずだ。
「もうすぐ3時だ。そろそろ帰ってくる頃だろう」
「そうですね」
 ナンナは後片付けを手伝いながらうなずいた。

◇ ◇ ◇

 ナンナは落ち着かない様子で部屋の中をうろうろしていた。
「落ち着きなさい、ナンナ」
 イスに腰を下ろしたフィンがナンナに注意をする。
「でも、お父様! リーフ様がこんな時間になるまで帰って来ないなんて、何かあったとしか思えません。どうしましょう、お父様……」
 ナンナは心配そうな色を瞳に浮かべて窓の外を見た。すでに陽は傾き、夕焼けのオレンジ色が空を染めている。
「ナンナ、リーフ様を心配する気持ちはわかるが……」
「私、やっぱり探してきます!」
 フィンの言葉を途中でさえぎり、ナンナは外へと飛び出した。

◇ ◇ ◇

 リーフの行きそうな場所を手当りしだいに当ってみるが、その姿を見つけることはできなかった。
 もうすぐ陽も隠れてしまう。
 こんな時間まで何も言わずにでかけることは今までになかった。
 本当に戻って来られない何かが起こったのではないかと、不安がどんどんとふくらんでいく。
 マリータやエーヴェルにも頼んで一緒に探してもらおうかと思い始めた時だった。
 東の森に続く小道を、見慣れた服を着た人物がこちらに歩いてくるのが、ナンナの瞳に飛び込んできた。 
「あれ、ナンナ? どうしたんだい? そんな顔して」
 のんびりとした口調でリーフは声をかけた。
「リーフ様! こんな時間までどこに行ってたんですか?!」
 ナンナは急いでリーフのそばに駆け寄った。
 慌てるナンナとは対照的に、リーフは何事もなかったかのようにいつも通りであった。
「ちょっと探し物をしに森に行ってたんだ」
「探し物?」
「ナンナ、はい、これ」
 リーフは白くて小さな花を一輪ナンナに差し出した。
「誕生日おめでとう、ナンナ」
 突然リーフはそうナンナに告げた。
「リーフ様、知って……」
「もちろんだよ。ナンナの誕生日を忘れるわけないじゃないか。この花、ナンナの好きな花だよね。ホントはたくさん集めて花束作ろうと思ったんだけど、まだ全然咲いてなくて。結局これしか見つけられなかったんだ。ごめんね」
「ごめんだなんて……」
 一輪だけの花。
 まだこの花の時期ではないのに、探しに行ってくれたことが、ナンナにはすごく嬉しかった。
 花を受け取ろうとした瞬間、リーフの右手の甲に擦り傷があり、うっすらと血がにじんでいたのにナンナは気がついた。
「リーフ様、怪我してるじゃないですか?!」
「あ、ホントだ。いつ怪我なんかしたんだろう。でもこれくらい平気だよ」
 ぺろっとリーフは傷口を舐めた。
「ダメですよ。ちゃんと手当てしなきゃ。早く家に戻りましょう」
 ナンナはリーフの手を引っ張りながら歩き出した。
「お父様が久しぶりにお菓子を作ってくださったのに、お茶の時間になってもリーフ様が戻って来ないからお父様も私も心配したんですよ」
「ごめん。せっかくのナンナの誕生日だから大きな花束作って驚かせようと思ってずっと探すのに夢中だったんだ」
「お気持ちは嬉しいですけど、何かあったかと思ってずっと心配したんです。せめて行き先くらいお父様か私におっしゃってください」
「ナンナもフィンも、親子揃って心配性だなぁ」
「リーフ様!」
「わかった。今度からはちゃんと行き先を言ってからにする」
 リーフはそう言ってひとつうなずいた。
 しかし、内心ではンナを驚かせることをしたい時は黙ってでかけてしまおうとこっそりと思っていた。
「ねぇ、ナンナ」
 リーフはふと歩みを止めた。
「何ですか?」
「誕生日のプレゼントをちゃんと用意できなかったから、何か欲しいもの言ってよ。何でも用意するから」
 ナンナの誕生日祝いに、リーフは花束以外のものを用意してはいなかった。たった一輪の花のプレゼントではあまりに淋しい。
 何かちゃんとしたプレゼントを用意したいと思った。
「私はそのお花で十分ですよ」
 大好きな白い花。
 リーフはこの花言葉を知っているだろうか。
「でも、それじゃ僕の気がすまないよ。何でもいいから、言ってよ」
「それじゃぁ……」
 ナンナは少し頬を赤く染める。
「来年の私の誕生日はどこへも行かずにずっと一緒にいてください。再来年も、その先もずっと一緒に過ごしてください」
「それがプレゼント?」
「そうですよ。ダメ、ですか?」
 上目遣いに見上げられ、その可愛い仕種にリーフはドキリとする。
 ついこの間までは目線が同じような気がしていたのだが、いつの間にか自分の方が大きくなったようである。
 ナンナとは産まれた時から一緒だった。初めは小さな妹で、いつしか異性として意識し、そして今では誰よりも大切な少女である。
 これから先もずっと一緒にいたいと思う。何があろうとナンナのそばを離れず、ナンナを守るのは自分だと、リーフはこの時強くそう思った。
「いいよ。来年も再来年も、その次の年もその次も、ナンナの誕生日は必ず僕が一緒に過ごしてあげるよ」
 リーフのお日さまのようなあたたかい笑みが向けられ、ナンナの心にもあたたかい何かが染み入るようだった。
「良かった。ありがとうございます、リーフ様」
 そして2人は並んで歩き出す。
「ナンナ」
「はい?」
「誕生日おめでとう」
 リーフは採ってきた白い花をナンナの髪飾りの横に差した。
 白い清楚な花がナンナによく似合う。
 この白い花の花言葉は『いつまでも一緒に』。
 花言葉の通り、いつまでも一緒にいたいと思った。
 リーフの笑顔を一番近いところで見ていたいとナンナは強く思った。

         Fin

ちょっとフリートーク

 こちらはナンナの誕生日編。
 リーフ編と対なので、シチュエーション的には同じ感じです。
 誕生日、やっぱり大好きな人と過ごすのが一番嬉しいですよね。
 そしてリーフくんの笑顔。好きな人の笑顔が一番のプレゼントではないでしょうか。
 それにしても、フィンの手作り焼き菓子、食べたい……。


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