朝食が済んだ後の事だった。
その日、リーフは朝から何故かそわそわしていた。ナンナとフィンに何かを言いたげにしながらも、朝食の時には言い出せなかった。
なんて言ったらいいかな、と廊下を歩きながら考えていると、ちょうどナンナがこちらにやって来たのだった。
「あ、ナンナ、今日さ……」
「ごめんなさい、リーフ様。急いでいるのであとにしてもらえますか?」
「う、うん……」
リーフがそう言うと、ナンナは急いでフィンの部屋へと入って行った。
その場に立ち止まったまま、慌ててどうしたのだろうと思っていると、すぐに部屋からナンナが出てきた。しかしリーフに目もくれずにその前を素通りする。
その後に続いて、フィンも部屋から出てきた。
「あ! フィン、今日さ……」
「申し訳ありません、リーフ様。お急ぎでないのでしたらあとにしていただけますか?」
「うん……」
ナンナと同じように呼び掛けたものの、返事も同じでリーフは肩を落とす。
「申し訳ありません」
フィンはそう言い残してナンナの後を追った。
「ナンナもフィンも忘れてるのかなぁ、今日のこと」
2人を見送りながらリーフは小さくつぶやく。
ため息をひとつつき、家にいても特にすることもないので外へと出て行った。
空はまぶしいくらいに青空が広がっていた。
陽の光があたたかく降り注いでいる。
リーフは先日見つけた大木に登ってみることにした。ちょうどフィアナ村全体を見渡せる位置にその木はあった。枝を足場にどんどん高く登って行く。そしてちょうど座るにいい形の枝のところでリーフは止まった。
見渡せば、遠くの山々の稜線が目に入る。
視線を少し下げれば、フィアナ村の人々が農作業などをしているのが見えた。
のんびりとした風景が広がっていた。
「暇だなぁ……」
ぼぅっと空を見上げているうちに、リーフはだんだんと眠くなってきた。
あたたかい陽光はぽかぽかとしていて気持ちがいい。
リーフはうまく身体を木に預けると、瞳を閉じた。
◇ ◇ ◇
「リーフ様、どこに行ったのかしら……」
少し青ざめた顔でナンナがつぶやく。
「何も言わずに出かけてしまうとはリーフ様らしくはないが……。もう少し待ってみよう」
「でも、お父様、もうこんな時間ですよ」
窓の向こうを見れば、陽はすでに傾き、もうすぐその姿が隠れてしまいそうだった。
「あのリーフ様がお昼の時間になっても、3時のティータイムの時間になっても戻って来なかったんですよ。何かあったとしか……。どうしましょう、お父様」
ナンナは心配そうな色を瞳に浮かべ、フィンを見た。
「ナンナ、落ち着きなさい。リーフ様を心配する気持ちはわかるが……」
「私、やっぱり探してきます!」
フィンの言葉を途中でさえぎり、ナンナは外へと飛び出した。
◇ ◇ ◇
「……くしょんっ」
リーフは自分のくしゃみで目を覚ました。
「あれ、僕寝てたんだ」
木の上でリーフは大きく伸びをする。
「もうこんな時間なのか」
太陽が稜線に近い位置にあるのを見て、リーフは今の時間を悟る。
なんだかつまんない1日だな。
そう思いながら、リーフはため息をついた。
「今日はもっと楽しい1日になると思ったのに」
リーフはもう一度大きくため息をついた。
「……フ様!」
突然どこからか声が聞こえてきた。
「リーフ様!」
その声が自分を呼んでいるのに気がついて、リーフは見下ろした。
「リーフ様! どこですかぁ?!」
金の髪を揺らしながら、まわりをきょろきょろと見ては大きな声で呼んでいる少女の姿が目に飛び込んできた。
「ナンナ?」
呼んでいたのがナンナだと気づいたリーフは、するすると器用に木から降りた。
「ナンナ!」
降りる途中で声をかけると、ナンナは慌ててその木の下へ走ってきた。
「リーフ様! どこに行ってらしたんですか?!」
木から降りた途端、まるで怒鳴るかのように大きな声でナンナはリーフに言った。
「えっ、どこってこの木の上に……」
「こんな時間になっても帰って来ないから心配したじゃないですか!」
「ちょっと木に登ってひなたぼっこしてたら眠くなって……」
「私がどれだけ心配したか……」
「ナンナ?」
何故かナンナは今にも泣きそうだった。
「突然いなくならないでください。リーフ様がいなくなったら私……」
いつもであればどこか行く時は必ず告げていた。それが今日はなかったために、ナンナはすごくリーフの身を心配していた。
どこかで戻れない何かが起こったのではないか、怪我でもしたのではないかと悪い方ばかりに考えがいき、心臓がしめつけられそうだった。
そして、そばにいるはずの人が突然いなくなるのではないかと思い、恐かった。
たかだか数時間のことではあったが、ナンナはすごく不安だったのである。
「ごめん、ナンナ。心配かけるようなことして、ごめん」
リーフは素直にナンナに謝った。
泣きそうなナンナの頭を優しく撫でながら。
そうしてもらっているうちに落ち着いたのか、ナンナの表情に笑みが戻ってきた。
「今日でもう15歳になられたんですから、心配させないでくださいね」
「今日で15って、ナンナ、僕の誕生日覚えてたの?」
朝から忙しそうでぜんぜん構ってはくれなかったので、てっきり忘れているものだと思っていた。
「もちろんじゃないですか! たくさんリーフ様の好きなもの作ってたのに、お昼になってもお茶の時間にも帰って来ないから……」
グゥゥ。
その時、リーフのお腹が空腹なのを告げた。
「朝食のあとから何も食べてないから……」
リーフは恥ずかし気に顔を少し赤らめた。
「今日はたくさんリーフ様の好きなものを用意たんですよ。私が一生懸命作ったんですから、早く家に戻りましょう」
「うん」
リーフは笑顔でうなずいて、そして2人は歩き出した。
「そうだ、リーフ様、誕生日のプレゼント何がいいですか?」
「プレゼント?」
「誕生日ですから何かリーフ様の欲しいものを用意したかったんですけど、思い当たらなかったから。何がいいですか? リーフ様の欲しいもの、何でもおっしゃってください」
ナンナはにっこりと微笑む。
「欲しいものかぁ……」
そう言われてリーフは考え込む。するとリーフの頬が何故か赤く染まった感じがした。
「そうだなぁ、えっと、何でもいいって言うなら、その、ナンナの、ファーストキス、が欲しい、かな」
リーフは思い切って、でも照れてしまったせいか、聞き取れるかどうかの小さな声でつぶやいた。
「えっ? よく聞こえなかったんですけど、もう一度おっしゃってくれますか?」
ナンナはさらににっこりと極上の微笑みをリーフに向けた。そんな微笑みを見せられては、決死の台詞も2度は言えない。
「えっ、えっと、ナンナのね、そう、作った料理とかお菓子とか欲しいかなって言ったんだ!」
リーフは慌ててそう言った。
「それはもう用意していますよ。あ、でもちょっと失敗しそうになってお父様に手伝ってもらいましたけど」
ナンナは小さな下をぺろっと出した。
もしかしてあの時の。
リーフは今朝のナンナが慌ててフィンを呼びに来た時のことを思い出した。
あの時からもう自分のためにナンナは用意をしていたのか、とリーフは思った。
「プレゼント、ホントにそれだけでいいんですか?」
「う、うん。ナンナが僕のために作った手料理をたくさん食べられたらそれでいいよ」
本当に欲しいプレゼントはまた今度だな……。
リーフはそっと心で思いながら苦笑する。
「じゃ、夕食も張り切って作らなきゃ」
楽し気な足取りで少し先を行くナンナが振り返る。
「リーフ様、お誕生日おめでとうございます!」
ナンナのその微笑みが何よりのプレゼントだと、リーフはその時思った。
Fin
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