fatalite
(運命)

 どうしてこんなことになったのだ。
 いや、今さら考えても仕方がない。
 俺は捕われたのだ。
 あの美しき女神のような女性に、心を奪われてしまった。
 後悔などしない。
 出逢ったことは偶然ではない。
 逢うべくして出逢ったのだ。
 その先にどんなことがあろうとも、俺はこのまま進むしかない。
 これが俺の運命なのだから。

◇ ◇ ◇

「ジャムカ王子、報告いたします。マーファ城が敵に制圧されました」
「……兄貴はどうした?」
「城主ガンドルフ様は抵抗空しく討ち死にされたことのことです」
「そうか。しばらく下がっていてくれ。追って指示を出す」
「はっ」
 連絡係の兵士が報告を終え、下がったのと同時にジャムカはうなだれる。
 城が制圧されることも、兄の死も予想できたことだった。
 次兄、長兄と次々に命を落とした。しかし兄達の死を悼む気持ちはジャムカにはあまりなかった。彼等の所行は今回に限らず目に余るものがあった。城下の市民達からも評判は悪く、これ以上悪どいことをし、ヴェルダン王家の名を辱めるのなら自らの手で死を与えるところだったのだ。
 母違いの兄弟とはいえ、身内を殺さずにすんだことに、少しホッとした。
「……馬鹿だな。兄貴達が死んでホッとするなんて」
 自嘲ぎみに口元がつりあがる。
 次に前線に出るのは自分である。
 年老いた父王にはもう自分しかいない。国を、王家を守るものはもう自分しかいないのだ。今さら和平に話をもっていくことはできない。こちら側の不当な理由で始まったものであっても、戦いもせず、負けを認めることは自分にはできない。
「そろそろ行くか」
 手入れの行き届いた弓を手にする。ビンッと弦を指で弾く。この弓でいったい何人の敵を葬ることができるだろうか。
 ふいに1人の女性の顔が思い浮かぶ。
 彼女は無事にシグルド軍に合流できただろうか。
 彼女の身柄に対する交渉を敵がしなくなったということは、無事にたどりついたのだと思う。

『貴方だけが頼りです。どうか……』

 約束を守れなくてすまない。

◇ ◇ ◇

「どうして彼等は停戦を受け入れないんだ?!」
 マーファ城の会議室で、珍しくシグルドは声を荒げた。
 しかし、シグルドが声を大きくするのも当然であろう。
 先日ガンドルフに連れ去られたエーディンは無事に戻ってくることができた。
 グランベルに侵攻し、エーディンを連れ去ったその元凶であるガンドルフは、こちら側の停戦の申し出を受けることなく刃向かってきた。そのため、やむなくシグルドは戦い、他の抵抗するヴェルダン兵ともども葬った。
 もともとはエーディン救出のために進軍したシグルドなのだから、エーディンが戻って来たのならこれ以上戦いを続ける必要はなかったのだ。
 あとは、ヴェルダンが今後グランベルに侵攻しないと約束してくれさえすれば撤退するというのに、ヴェルダンからは申し出を受け入れる返事はいっこうに来る気配がなかった。
「やはり戦うしかないのか」
 半ば諦めて、次の戦に備えなければならないと思った時だった。
「わたくしが行きます」
「エーディン?」
 今まで何も言わずに話を聞いていただけのエーディンが突然立ち上がってシグルドに言った。
「わたくしが直接ジャムカ王子にお会いして説得してみます」
「敵陣へ行くと言うのか?! 何をバカなことを言っているんだ、エーディン」
「わたくしはジャムカ王子に救われました。彼は戦いを望んではおりません。停戦を受け入れないのには、何か、きっと何か理由があるはずです」
「一体どんな理由があるというのだ? 無益な戦いだとわかっているのに、戦いを挑んでくる相手に、これ以上何が望めるというのだ。ダメだ、そんな危険な役目をエーディンにさせることはできない」
 危険から逃れて来たばかりの彼女に、立場は違うとはいえ再び敵地へ向かわせる訳にはいかない。
 シスターであるエーディンに戦う力はない。か弱い女性である彼女に、戦場では自分の身すら守ることはできない。
 もちろん誰もがシグルドと同じ気持ちであり、エーディンの言葉に賛成はできなかった。
 まわりの仲間達の気持ちに気づきながらもエーディンは引き下がらなかった。
「このままでは無益な戦が始まってしまいます。お願いです。何もしないまま諦めたくはないのです。ジャムカ王子と話をして、それでも彼が戦うというのならもう諦めます。ですから、わたくしに機会を与えてください」
 エーディンは必死になってシグルドに頼み込んだ。
「……本当に彼を説得できるというのか?」
「わかりません。ですが、わたくしがしなければならないと思います」
 強い光をたたえる瞳。
 エーディンの決心は堅いものであった。

◇ ◇ ◇

 マーファ城の東の森の中。高く伸びた木々は葉がうっそうと生い茂り、陽光を通さない。そんな薄暗い森の中、ヴェルダンの最後の頼みのつなとなる部隊が野営の陣を構えていた。
 どれも小型の天幕ではあったが、その中でも一番大きな天幕に1人の兵が入って行った。
「ジャムカ王子! 敵方は使者を派遣したいとのことです。いかがいたしますか?!」
「使者だと?」
 今さら何を話し合うというのだろう。
 火蓋はすでに切って落とされているのだ。
 徒歩部隊の弓兵にとって、森の中での戦いは有利であった。ここで戦いを続ければ、ヴェルダン側の勝利は間違いないとジャムカは確信している。
 敵は自分達が不利となったために使者を遣わせたのだろうか。いろいろと思いを巡らせてはみるけれど、決定的な理由に思い当たらなかった。
「罠の可能性もないこともないが……。いいだろう。何かあればその使者を人質に、戦いを続ければいいだけのこと。話を聞くだけは聞いてやろう」
 そうして、しばらくした後、兵に案内されて使者はジャムカの前に連れてこられた。
 ジャムカは一目その使者を見て、呆然となった。
 姿勢を正し、毅然とした態度の長い金の髪の女性。その後ろには緑色の髪の青年が一緒だったのだが、ジャムカの瞳にはその姿が映っておらず、金髪の女性しか見えなかった。
「ジャムカ王子、話に応じていただきありがとうございます」
 シグルド軍の代表として訪れたエーディンが丁寧に頭を下げた。
「本当にエーディンなのか……? 使者とは君なのか?!」
「ええ。わたくしがシグルド軍からの使者です。この戦いを止めさせるために、わたくしはここへ来ました」
 ジャムカはとても信じられないといった瞳で、彼女を見つめている。
「バトゥ王を説得に帰った筈のあなたが何故こんなことをなさっているのです?!  この戦いに何の意味があるというのですか?! ジャムカ王子、ヴェルダン城でいったい何があったのです?!」
 エーディンは続けざまに質問をくり返した。
「何故、ここに来た?! 戦場は女が来るところではない!」
 エーディンの質問にジャムカは答えず、帰れと言い放つ。
「いいえ、わたくしは帰りません。貴方がこの戦を止めると言うまでわたくしはここを動きません」
 エーディンは目をそらさずにジャムカを見据える。ジャムカもまた視線をそらさずにエーディンを見据えた。2人は真っ向から見つめ合う。しばらくのあいだその場には沈黙が流れた。
 先にその沈黙を破ったのはジャムカの方だった。
「……確かに俺は親父を説得するためにヴェルダン城へと行った。しかし、城にいた親父は人が変わってしまった。俺が何を言っても、もう聞こうとしない。親父が変わったのはあのサンディマとかいう魔道士がきてからだ。親父も兄貴達もアイツの言いなりになってしまった……」
「だからといってあなたまで戦ってどうするの? お願い、一緒にヴェルダン城へ行きましょう。そしてもう一度、戦争をやめるよう王に話をするのです。シグルド公子はこの国を侵すつもりはありません。彼はわたくしを助けるために戦ってくれただけ。そしてグランベル侵攻を防ぎたかっただけなのです。ヴェルダンがグランベルに対して謝罪の言葉を述べ、これ以上戦を続けないと宣言すれば、この戦いは終わるのです。お願いです、ジャムカ王子! 今一度考えを改めてください!」
「しかし、もう事は始まってしまった。いまさら謝罪したところでどうにもならないだろう」
「あきらめないで!」
「!」
「あきらめてはいけないわ。わたくしが捕われていた時、あなたがわたくしを救い出してくれたように、あきらめなければ、きっと何かが変わるはずです! 希望が残されているのなら、あきらめないでください!」
 必死になって説得をくり返すエ−ディンの姿が、ジャムカにはまぶしく見えた。こんなにもまぶしい光に逆らうことなど到底できない。そしてこの光を失いたくはなかった。
 ジャムカ個人の意見としては、こんな無駄な戦はしたくないと思っている。しかし、ヴェルダンの王子という立場からは今さら休戦を承諾できるはずもなかった。
「ここで死にたくなければ、帰るんだ!」
 ジャムカは突然自分の弓に矢をかけたかと思うと、その矢じりをエーディンへと向けた。
 とっさに、後ろに控えていたミデェールが主君を守るべくエーディンの前に立ち、背にかばった。
「ミデェール、下がっていて」
 意外にも落ち着いた声で、エーディンは告げる。
「しかし!」
「まだジャムカ王子との話は終わっていないわ」
 エーディンはかすかに微笑んで、静かにミデェールを制した。ミデェールはそれに逆らうこともできず、仕方なく元いた位置に戻った。
 それからエ−ディンはさらに一歩前に歩み寄った。
「この命は貴方にすくわれた命だと思っています。貴方が望むのであればこの命は差し上げます。その代わり、戦はもう終わりにしてください」
 今にも矢が放たれそうなほどに弓はしなり、弦が引かれている。
 その弦を引くジャムカの腕が震え出した。そしてだんだんと表情が苦し気になっていく。
「ジャムカ王子、どうかもう一度考えを改めてください。貴方だけが頼りなのです」
 その言葉が述べられた瞬間に、ついにジャムカは弦を緩め、ジャムカは弓を下ろした。
「……わかった。きみがそこまで言うならもう一度ヴェルダン城へ行こう」
 その表情にはどんな戦の後よりも疲労の感が伺えた。エーディンの無事を誰よりも願っていた自分が彼女へ弓を向けてしまった。たとえ矢を放つことなどするつもりはなかったとしても。真似だけとはいえ、弓を向けたことを後悔していた。そして、脅しにも屈しなかったエーディンの態度に対し、自分のしたことを恥ずかしく思った。
「ジャムカ王子、ありがとうございます!」
 ジャムカの心の内を知らないエーディンは笑顔で感謝の意を現し、ジャムカの手を握りしめた。

◇ ◇ ◇

 ヴェルダン側が停戦を受け入れたことはすぐに全軍に伝わった。
 そしてジャムカはエーディンの案内でマーファ城にいるシグルドに対面した。
 和解の話はスムーズに執り行われ、ジャムカと彼が率いるヴェルダン軍一行は、その夜マーファ城に留まることになった。
 兵士達には食事や別室が与えられ、もうすでに休んでいる頃である。
 ジャムカも疲れているはずではあったが、なかなか寝つけずにいた。1人、廊下の奥でぼんやりと窓から外を眺めていた。
 暗闇で見えないが、視線の先にはヴェルダン城がある。これからどうなるのだろうかと漠然と考えていた。
「まだお休みになられていなかったのですか?」
 ふいに声をかけられて、ジャムカは振り向いた。
「エーディン……。君こそまだ寝ていなかったのか?」
「ええ。なんだか寝つけなくて。綺麗な月夜ですわね」
「そうだな」
 エーディンはジャムカの横に並び、同じように窓から外を眺めた。
「ジャムカ王子、何を考えていらしたの?」
「親父のことだ」
「……」
 エーディンは何と言っていいのか言葉が見つからなかった。
「グランベル侵攻は親父が指示したことになっているが、それはサンディマに操られてのことだ。あいつさえいなければ、以前の和平を望む親父に戻るだろう。だからヴェルダン城で争うことになっても、それはサンディマを倒すためであって、親父には指一本ふれさせない。そのつもりでいてほしい」
「わかりました、それはお約束します。戦いを望まぬ人の命を奪うことを、神はお許しにはなりません。貴方のお父上ですもの、きっと神の御加護のもと、貴方の知っているお方に戻りますわ」
「ありがとう、エーディン」
「ジャムカ王子、あなたは本当にいい人ですね」
「いい人?」
「ええ。あなたはちゃんと正しき道を選んでくれました。誰も傷つくことのないように」
 そんなエーディンの言葉に、ジャムカは首を左右に振った。
「俺はヴェルダンを裏切った」
「そんなこと……」
「いや、シグルド公子にヴェルダン城へ行く道を開けてしまった。どんな理由があるにしろ、ヴェルダンの王子がすることではない。しかし、後悔はしていない」
 エーディンに弓を向けたことは後悔しても、停戦を受け入れたことは後悔していない。これが最良の道だと思っている。
「わたくしにはお礼の言葉しか言えませんが、言わせてください。ジャムカ王子、シグルド公子のためにありがとうございました」
「エーディン、俺はシグルド公子のために停戦を受け入れたわけではない」
「えっ?」
「俺はエーディンの頼みだから、決断することができたのだ。君のためだからこそ裏切り者の汚名も着ようと思ったのだ」
 そう言ったかと思うと、ジャムカはエーディンの細い手首をつかみ自分の胸へと引き寄せた。
「あ……」
 拒む間もなく、ジャムカに抱きすくめられる。
 強弓を引く太く力強い腕の中にエーディンの細い身体がすっぽりとおさまる。
 あの時、もう一度会えたらこうしたいと思っていた。もしかするともう2度と会うことのない人かとも思った。
 夢にまで見た愛しいと思える人をこの腕に抱き、そのぬくもりを感じることがやっとできた。
「エーディン、俺は君が忘れられなかった。俺は君に捕われてしまったのだ」
「は、はなしてください!」
 振りほどこうとするけれど、エーディンの力ではとてもジャムカに抵抗できるはずがない。びくともしない腕はしっかりとエーディンの身体を抱いている。
「誰か言い交わした人でもいるのか?」
「わ、わたくしは……」
 唇をキュッと噛みしめ、エーディンは身体を堅くする。
 言い交わした人はまだいない。けれどエーディンの脳裏に一人の男性の顔が浮かぶ。それは目の前にいるジャムカではなかった。
 ジャムカはこのままもっと強く抱きしめたいと思った。しかし彼女の身体がかすかに震えていることに気づき、そっと腕の力を抜いた。 
「エーディン、俺がここにいるのは君のためだ。君がここにいるから俺もいるのだ。そのことを覚えていて欲しい」
 ジャムカの真直ぐな視線を、エーディンは受け取ることはできなかった。
「……失礼します」
 かろうじてそう言い残して、エーディンは早足でその場を後にした。
 すぐに金の髪は暗闇にとけて見えなくなる。 
 ジャムカはエーディンが消えた方を見つめたままその場に立ち尽くしていた。
 やがて、ため息をひとつつき、窓の向こうの夜空を見上げた。いつの間にか月は雲に隠れてしまっていた。
「今夜の風は冷たいな……」
 複雑な思いを心に残したまま、ジャムカはつぶやいた。


 

         Fin

ちょっとフリートーク

ちょっと長くなってしまったかな。
エーディン、敵地に乗り込んで行きました。
私のイメージにあるエーディンは、か弱そうだけど芯の強い女性です。
総じてFEの女性陣は精神的に強いとは思っていますけれど。
ジャムカ、手、早過ぎですよね〜(^^;)
でもエーディンの場合、強引にいかないと気持ちは気づいてもらえそうにないです。
だからアゼルは……(^^;)
結果としてエーディンは別の男性のことを想い浮かべてしまったわけですが、ジャムカもそう簡単に諦めそうにないですね。
一応ライバルとも対面しているのですが、きっと気づいていないでしょう(笑)
タイトルの『fatalite(ファタリテ)』はフランス語で運命という意味です。
ほかに、必然、不運という意味もあります。
運命と不運が同じ単語……、ジャムカの運命は不運なのでしょうか?(^^;)

 

 

  

  

 

 

 

 

 

●感想はこちらからでもOKです。ひとことどーぞ♪     

お名前(省略可)            

感想