内緒の想い

 その日、城内の一角は女のコ達でにぎわっていた。
 代わる代わる女のコが来ては立ち去っていく。
 ふと偶然通りかかったラケシスは何ごとかと足を止めた。
 ちょうどその時、その場にいたエスリンがラケシスに気づいた。
「あ、ラケシス! あなたも占ってもらわない?」
「えっ?」
 エスリンが手招きしてラケシスを呼ぶ。
 そこにはアイラも立っていた。
「恋占いだって。ね、ラケシスも占ってもらったらいいわ」
 そう言ってエスリンはラケシスを前へ追いやる。
 見ると、ディアドラがイスに座り、そしてその正面に白いあごひげの長い老人が1人座っている。
 そして老人とディアドラの間には小さな台があり、その上には透明な水晶の玉が乗せられていた。よく磨きあげられた水晶玉がきらきらと輝いている。
「ラケシス様、さぁ、どうぞ」
 良い結果が出たのか、ディアドラは嬉しそうな笑顔で席を譲った。
「私が好きなのはエルト兄様だけよ。恋占いなんてしても……」
「まぁ、いいから。座って座って。さ、始めて」
 戸惑うラケシスを無理矢理に座らせて、エスリンは占い師に促した。
 ラケシスは、兄様以外に好きな人なんて……、ともう一度口には出さずに文句を言っていた。
 そんなことをラケシスが思っているとは誰も知らず、占い師はそのまま占いを開始した。
「どれどれ、映ってきおったぞ。ほほぉ。そなたは青い髪の男性が好きなようじゃな」
 その途端、3人の女性の声が重なった。
「シグルド様?!」
「レックスなのか?!」
「フィンじゃないわ!!」
 3人が三様に想いを乗せて叫んだが、ラケシスの声が一番大きかった。
 そばにいたエスリンはその様子を見て一瞬驚き、そしてクスクスと笑った。
「お義姉さまったら、ラケシスの想い人が兄様なわけないじゃない。アイラだって、どうしたらレックスとラケシスに接点があるというの? 兄様はお義姉さまに、レックスはアイラに一筋じゃないの」
 エスリンの言葉に、ディアドラとアイラはほんのりと頬を赤く染める。
「そうよね。シグルド様とラケシス様がそんなことになるはずないわよね」
「わ、私は別にレックスとは……」
 アイラはそう言ってその場から離れて行った。
 青い髪と聞いてそれぞれに思いを巡らせたが、それぞれにホッとしたようである。
 しかし、占われた当のラケシスは2人以上に真っ赤になっていた。
「わ、私だってフィンじゃないわよ! 私が好きなのはエルト兄様なんだから!」
「でも、占い師様は名前を出さなかったのに、どうして青い髪ってだけでフィンの名前が出たのかしら?」
 エスリンは少し意地悪そうな表情をする。
「!」
 ラケシスの顔がさらに真っ赤になっていく。
「ち、違うわよ、青い髪の人って言うからフィンのことを思い出しただけで、別に好きだからじゃないんだから!」
「あら、お義姉様もアイラも好きな人のことを思い出したのに?」
 さらにエスリンは返事に困るようなことを続ける。
 こんなに真っ赤になっていては、否定すればするだけ好きだと言っているようなものである。しかしラケシスはそう簡単には認めようとしない。
「ホ、ホントに違うんだから。私が好きなのはフィンなんかじゃないんだから!」
 ラケシスはそう叫ぶと、その場から逃げ出すように駆けて行った。
「あらあら、ちょっといじめ過ぎたかしら?」
「エスリン様は知っていらしたのかしら? ラケシス様がフィン殿をお好きだったこと」
「見ていたらわかるでしょ。ラケシスったらあんなにムキになって」
 エスリンはクスクスと楽しそうに笑う。
「そうでしたの。あのお2人なら歳の頃もちょうどお似合いですわね」
「そうなの。そうなんだけど、ラケシスはあんなふうに気持ちをごまかすし、フィンもねぇ」
 そんなふうにディアドラと話をしていると、背後から誰かが近づいて来た。
「エスリン、何しているんだ?」
「あ、キュアン♪」
 エスリンの顔がパッと明るくなる。すぐ側によって腕を組む。
「あのね、占い師が来ているの。なかなか当る占い師よ」
 そう言いながら、ふと夫の少し後ろを見る。一歩下がったところに、フィンがたたずんでいたのにエスリンは気がついた。
「あら、フィンもいたのね。ちょうどいいところに来たわ! 貴方も占ってもらいなさい」
「占いですか?」
 きょとんとした瞳でフィンはエスリンを見る。
「そう。好きな人がわかる恋占いよ」
「こ、恋占いですか?! わ、私は遠慮します。キュアン様、どうぞ!」
「エスリンがいるのにどうして今さら私が恋占いそしなければならないのだ? いい機会だから、占ってもらえ」
 拒むフィンをキュアンとエスリンが強引に占い師の前に座らせる。
 主君である2人から攻め立てられては逆らえるはずもない。フィンは大人しく占われることにした。
「おや、これはさきほどのお嬢さんの……。ふむふむ。どれ、占ってみましょう」
 何やら細い目をさらに細め、そして何かをつぶやきながら占い師は水晶玉に手をかざした。
「ほほう。これはまた良い結果が出たようじゃのう」
「早く結果を教えてよ」
 エスリンはわくわくしながら占い師に結果を迫った。
「そなたが好きなのは、黄金色の髪の……」
 そう占い師が言いかけると。
「ラケシス様に想いを寄せるなんて、恐れお多いことです!」
 フィンが突然そう言ったかと思うと席を立った。
「フィン、まだ結果はちゃんと告げられていないぞ」
 吹き出しそうになるのを我慢するキュアンがそう言って、フィンの肩をポンッと叩く。
「そうよぉ。ラケシスの名前なんて誰も言っていないわよぉ」
 さきほどラケシスをいじめたのと同じ瞳でエスリンはフィンを見る。
「えっ、あ、その……」
 フィンの顔が急に真っ赤になる。
 その場にいたディアドラまでもがクスクスと笑い出した。
「し、失礼します!」
 フィンもまたラケシスと同じように席を立つと、ラケシスが逃げ出した方へ、まるで彼女を追って行くかのようにフィンもそちらへと向って行った。
 その場に残ったエスリン、キュアン、ディアドラは、お互いに顔を見合わせて楽しそうに笑う。
「フィン殿もラケシス様を想っていらっしゃるねの」
「『フィン殿も』ってことは、ラケシスの占いもフィンのことが好きだという結果だったのか?」
「そうなのよ。フィンが来る前に占ってもらったんだけど、懸命に否定していたわ。フィンもラケシスも今さら隠したって仕方がないのにねぇ」
「お互いに好きなら問題はないだろう? いくら両親が亡くなって家名が一時王家に預けられているとはいえ、フィンはレンスター屈指の名門の家柄出身だ。ノディオン王女を迎えるのになんの心配はないというのに、何をこだわっているのだか。ぐずぐずしていてラケシスを他の男に取られでもしたらどうする気だ」
「ここはやっぱり私達がまとめてあげなくちゃいけないわね!」
「私もそのお話にまぜてくださいませ。私でできることなら力になりますわ。ふふ、ラケシス様とフィン殿なら素敵なカップルになれますわね」
「そうね、こうなったらみんなでフィンとラケシスの仲を取り持ちましょう!」
 半ばいいおもちゃを見つけた子供のようにはしゃぎながら、エスリンとディアドラは手を握りあった。
 強力な味方、当人にとってはどうなのかはわからないのだが、とにかく2人の仲を望む声が一つにまとまった頃。
 そんなことなど全く知らない当人達が顔を合わせていた。
 フィンが慌てて逃げ出した先の回廊の途中で、ラケシスがたたずんでいたのである。ラケシスは窓から外を眺めていた。
「あ、ラケシス様?!」
 フィンは駆けていた足を急に止める。
「フィ、フィン?!」
 ラケシスはフィンの顔を見ると、驚いて声が一瞬高くなる。やっと気持ちを落ち着かせたというのに、再び顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。
「ど、どうかなさったのですか? お顔が赤いようですが……」
「フィンこそ、か、顔が真っ赤よ」
「えっ、えっと」
 2人の視線が一瞬からまるが、すぐにうつむいて視線をはずす。
 お互いに何があったかは言えず、ただ顔を赤くする。
 そしてお互いに相手が気になるのか、同じタイミングでちらりと顔を上げては目が合い、慌てて逸らす。
 それを何回か繰り返していた。
 ここにエスリンがいたなら、そんな2人がもどかしくて、何をしているの!と一喝したであろう。しかし今はそう言う人は誰もなく、2人は何かを言いたげにしながらも言えず、向い合せに立ったままだった。
 そんなふうにしている間も、2人の心の内ではさきほどの占いのことでいっぱいだった。
 見事に言い当てられた占い師の言葉。
 自分の気持ちに気づいていながらもまだ口には出せず、相手に想いを伝えられない2人には、いい刺激になったのかもしれない。
 とはいえ、当の2人はまだ今のままで十分だと思っていた。まわりは早くまとまって欲しいと思っているかもしれないのけれど、2人はただ一緒にいられるだけで良かった。
 一緒にいる時の、あの何か心地よい感じ。
 ただそれだけで幸せな何かを感じる。そんなふうに過ごせるだけで良かった。
 しばらく沈黙したままだったが、ラケシスが先に話を切り出した。
「……ねぇ、フィン」
「は、はい」
「なんだかのどが乾かない? 何か冷たいものでも飲みたくない?」
「そ、そうですね! いいお茶が入っていたようなので、それをいれましょう。私が焼いたお菓子もありますが、いかがですか?」
「フィンの焼き菓子? もちろんいただくわ!」
 ラケシスは嬉しそうな笑顔になる。
「フィンの焼き菓子は美味しいから楽しみだわ」
 2人はそんな会話を続けながら歩き出す。
「ところで、ラケシス様の手作り菓子の方は上達されましたか?」
「そ、それは……」
 良い返事ができないラケシスに、フィンは苦笑する。その途端、ラケシスは拗ねたように大きな声を出した。
「いいの! もう少ししたらフィンに負けないくらいの美味しいお菓子を作るんだから。いい? もう少し待っているのよ!」
 ラケシスは力強くそう言う。
「はい、いつまででもお待ちします」
「ひどーい。そんなに待たせたりはしないわ!」
 穏やかに笑うフィンと少し拗ねるラケシス。2人はお互いに顔を見合わせ、そして笑う。
 まだ内緒の想いをそれぞれの胸に隠しながら。
 並んで歩く2人が、手をつないで歩くようになるまで、そう時間はかからないようである。

 

 

ちょっとフリートーク

 フィン×ラケシスのお話です!
 別館の本編ではまだ再会しておらず(^^;)、なかなか書けなかった2人のSS。
 やっぱりこのカップルが一番好きですねvvv
 まだお互いに好きだと告げられない2人。
 こんな調子で2人の仲はずっと続きそうですが、端から見てると、じれったい、ですねぇ(笑)
 本編も早く2人を逢わせて、もっとたくさんのSSを書きたいと思います。
 サイト開設2周年記念ということで、書かせていただきました。

 

  

 

 

 


 

 

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