新たなる光のために

 レックスを中心にしたおとり部隊が功を為し、シグルドは思いのほか簡単にジェノア城を制圧することができた。
 城内の敵兵の一掃が行われている最中、軍議室として使われていると思われる一室に、シグルドはレックスに呼び出された。
 シグルドがその部屋に入ると、手首に縄をかけられた一人の女性が佇んでいた。
「彼女は?」
「名前はアイラ。さっきの戦いで捕虜にした。傭兵として雇われたそうだが、どうやらヴェルダン軍とは直接関係がないらしい。それにこの城にどうしても助けたい人物がいるそうなんだ」
 レックスの簡単な紹介を聞いたあと、シグルドはアイラに向き直った。
「レックス、縄を解いてあげるんだ」
「えっ?」
 シグルドにそう言われたレックスは、一瞬戸惑う。初対面の、しかも捕虜として対面させた相手の身を拘束する縄を解けというのは、どういうことだろうか。剣を所持していないとはいえ、襲われることなど考えてはいないのだろうか。普通の指揮官であれば、まず話を聞くことを先にするはずである。
「レックス」
 早くといわんばかりに、シグルドはもう一度名前を呼ぶ。
「ん、あ、ああ」
 シグルドが何を考えているのかわからないまま、レックスは頷いた。
 心の中で、よくわからない男だ、と密かに思う。
 レックスはアイラの両手を縛っていた縄の片端をすっと引いた。その途端、パラッと縄がほどける。
「あっ!」
 その時、ずっと押し黙っていたアイラが小さく叫んだ。
「何? あ、お前、もしかして気づかなかったわけ? こんな縛り方、力入れればすぐにほどけたんだぜ?」
 レックスはくっくっと笑う。はなから逃げられることなど考えていなかったレックスは、形式としてだけアイラの両手を縛っていたのだった。
 もちろん自らアイラが逃げるつもりがないことも知っていた。ただ、アイラがヴェルダン軍として参戦した立場上、シグルドの元に連れていくには一応形だけはこうしなければならないとの判断だった。縛りはしたものの、本気で縛っていないことは、てっきりアイラもわかっているものだと思っていた。
「あんた、戦場には向かないな。そんなに素直だと、簡単にその命取られるぜ?」
 レックスは素早くアイラの背後に回り、羽交い締めする。 
「は、離せ!」
 突然背後を取られ、抱き締められるような形となったアイラは慌ててレックスの腕を振りほどこうとする。
「強がってもやっぱり女だな。ほら、すっぽりと俺の腕におさまっちまう」
 軽い気持ちのまま、レックスはアイラをからかう。
「レックス、いい加減に……」
「アイラから離れろ!」
 子供のじゃれあいのようにも見えるが、場が場だけに、見るに見兼ねたシグルドはレックスを止めようとした。がそれよりも早く、勢い良くシグルドの後ろから飛び出した小さな影がレックスに体当たりする。
「お、なんだ、このチビは」
「おまえみたいな男はアイラに触るな!」
 どこから入ってきたのか、黒髪黒い瞳、アイラが着ているものと同じ刺繍が施された衣装を着た10歳ほどの少年がレックスの前に立ち、睨んでいた。
「シャナン! 無事だったのね」
 一瞬レックスの力が弱まったのをアイラは見逃さず、思いっきり肘鉄をくらわせてレックスの腕から逃れた。
「げぼっ。ま、まったく乱暴な女だ」
「今のは君のやり過ぎだと思うが?」
 ぽんっとシグルドに肩を叩かれたレックスは、きまり悪そうにしながら少しうしろへと下がった。
「す、すみません、シグルド様。お邪魔してしまいまして……」
 遅れて部屋に入ってきたオイフェが、慌ててシグルドへ弁解する。
「あぁ、オイフェ。彼が言っていたのは、どうやら彼女だったようだな」
 シグルドは、オイフェに向かって軽く微笑む。
 アイラはしゃがみこんでシャナンを抱き締め、その無事を確かめていた。
「シャナン、怪我はしていない?」
「うん。大丈夫だよ。アイラこそ、大丈夫?」
「私も平気よ。それにしても、どうしてここにいるの、シャナン?」
「アイラの声が聞こえたから部屋の中を覗いてみたら、アイラがこいつに襲われていて、だから助けようと思って!」
 再びレックスを睨み、今にも向かって行きそうなシャナンをアイラはたしなめる。
「そうではなくて、どうしてこの城を自由に歩いていたの?」 
「牢に入れられていた僕が斧を持った奴に殺されそうになったのを、この人が助けてくれたんだ。事情を聞かれて、全部話したんだ。僕が……、イザークの王子だということも」
「そう……。話してしまったの」
 すっとアイラの肩が下がる。
「だってアイラのことが心配だったから! 事情を話せば助けてくれるって……」
「いいのよ、シャナン。怒っている訳ではないから」
 そう言ってアイラは、大切な人を見るかのような優しい瞳で、シャナンに微笑む。
「彼からだいたいのいきさつは聞いたよ。こんなところまで大変だったね、アイラ王女」
「王女?!」
 大人しくしていたレックスが思いっきり驚いて叫ぶ。
「どうせ王女には見えないとでもいうのだろう? だが、私は正真正銘イザーク王マリクルの妹アイラだ。そしてこの子が兄の息子であり私の甥にあたるシャナン王子だ」
 アイラはすっと立ち上がり、シャナンの肩に手をかける。それに合せて、シャナンも姿勢を正す。
 着ているものは王族のそれとは遠いものだったが、どこかしら気品さが漂っているようだった。目には見えない何かが2人のまわりに現れているかのように感じられた。
 何かを言いたそうにしながらも、呆けた表情のレックスに、シグルドは黙っているよう目配せすると、アイラに向き直った。
「この戦いは君たちには関係のないものだ。我々も無関係な人物を巻き込むつもりはない。行く当てがあるのなら2人でこのまま行くのもいいだろう。だが、このへん一帯はまだ我々とヴェルダン軍の戦いが続いている。もし君達さえよければ、戦いが落ち着くまで我が軍にいてもかまわないがどうだろう?」
 シグルドの意外な申し出に、アイラは一瞬驚いた。
 行く当てのない自分達にとって、願ってもない申し出ではある。しかし……。
「シャナンを助けてくれたことには礼を言おう。だが……」
「グランベル国軍がイザークへ遠征してい今、君がグランベルを憎み、我々もその対象であることもわかっている。しかし、君はこの幼い王子を守らねばならない筈だ」
「……」
「こんなつまらない戦とはいえ、2人で逃げ切るのは大変だろう?」
「私は死を決意された兄王からシャナンを託され、この国まで落ち延びてきた。シャナンが成人し、立派な王になるまで、私は生きてシャナンを守らねばならない」
「ならば信じて欲しい。私も光の戦士バルドの末裔だ。君の信頼を裏切るようなことはしない」
「……わかった。貴殿の言葉を信じよう。そういうことになると私も貴殿の恩に報いねばならない。それがイザークの戦士の掟。しばらくの間は貴殿にこの剣を捧げよう。だが、グランベルが憎い敵であることは変わらぬ。いずれは剣を交える日が来ると言うことを覚えておいて欲しい」
「できれば君と剣を交えたくはないな。とにかく今はシャナン王子とともに休むといい。私はこのままエーディン救出へ向かう。君達のことはエーディンを救出してからだ」
 そう言い残し、部屋を出ようとしたシグルドに、オイフェが引き止める。
「しかし、シグルド様。我が国は今イザーク王国とは戦争の真っ最中です。国王に御報告しなくともよいのですか?」
「今我々が第一に優先すべきことはエーディンの救出だ。彼女達の件に関しては、その後でも良いだろう。それにずいぶんと彼女達は苦労してきたように見える。今はゆっくり休養した方がいいだろう。じゃあ、あとはよろしく頼むぞ、オイフェ」
「はい! シグルド様、お気をつけて」
 オイフェは笑顔でシグルドを見送る。その心の中では、シグルドの寛大な心に感服していた。
「じゃ、俺も行くぜ。大人しくしてな、チビ」
 レックスは自分の腰ほどの身長のシャナンの頭をぐりぐりとなで回した。
「待て。私も行くぞ」
 レックスを引き止めたは、思いがけずもアイラだった。
「シグルドの話を聞いていなかったのか? お前が参戦する必要はないだろう。このチビと休んでいればいい」
「シグルド公子にも言ったが、私は彼に剣を捧げがのだ。このまま黙って世話になるつもりはない。私ができることといえば、剣を振るうことのみ。この軍にいる間は自分ができることをしよう」
「わざわざ好んで戦場に出る必要などないだろうに。ま、別に止めはしないけど」
 あきれながらも、レックスはそれ以上引き止めはしなかった。
「それにしてもできることが剣を振るうことのみねぇ。確かに料理や裁縫は苦手そうだな」
「な、なんだとっ?!」
 アイラの顔が一瞬にして朱に染まる。
「怒ったところをみると、図星か? いくら王女とはいえ、少しはできないと嫁のもらい手がなくなるぜ」
「余計なお世話だ! それにどんな間違いが起ころうとも、お前の嫁にだけはならないから、お前が心配する必要などない!!」
 顔を真っ赤にして怒りをあらわにしたアイラはそう怒鳴ると、これ以上はつきあっていられないといった感じで、スタスタと先を急いでこの場から立ち去った。
「あ〜あ、軽い冗談なのに本気にしちゃって」
 頭をかきながら、レックスは楽し気にアイラの後ろ姿を見ていた。
 その時、突然すねのあたりに痛みが走った。
「いてっ! 何すんだ、チビ!」
 痛みの原因は、思いっきりシャナンが蹴ったためだった。しかも1回では終わらず、もう一度思いっきり蹴る。子供の力とはいえ、痛いことには変わりがない。
「アイラの悪口を言ったら僕が許さないぞ!」
 シャナンは、首を後ろに反らして見上げながらレックスを睨んでいた。子供ながらに敵意のこもった視線だった。
「悪口を言った憶えはないぞ」
「嘘だ! アイラがあんなふうに怒った言い方をするところなんか、見たことないんだ! アイラを怒らせて何が楽しいんだ?! 」
 さらにシャナンのにらみつける瞳に力が入る。
「楽しいかって、そうだな、あんなに素直に返ってくるのは、楽しいかもしれないな」
 そう言った途端に、再びシャナンはレックスを蹴りあげようとした。しかし今度はレックスの身体にはかすりもしなかった。
「そう何度もくらうかって。俺は忙しいだ。そんなたわごとにつき合っている暇はないんだ。わかったか、チビ」
「チビ、チビって、僕はチビじゃないぞ! シャナンって名前があるんだ!」
「アイラの背中に守られているような子供には、チビで十分だ。名前で呼んで欲しけりゃ、俺を負かすくらいに強くなりな」
  その言葉に挑戦するかのように、シャナンは続けて体当たりしようとする。しかしレックスはシャナンの頭を軽く片手で押さえ込んだ。
「このっ! 放せ!」
 じたばたと暴れるも、シャナンはレックスに近づくことさえできない。
「オイフェ、こいつを抑えておいてくれ。俺もそろそろ行かないとまずいからな」
「は、はい。レックス殿もお気をつけて」
 ぐいっと押し付けるようにシャナンをオイフェに預けると、レックスはドアを開け放したまま部屋を出た。。
「アイラには近づけさせないからな!」
 オイフェに肩を押さえられながらも、シャナンはレックスの背中に向かって怒鳴る。 
 レックスは特に気にするふうでもなく、ひらひらと右手を振っていた。
「アイラは僕が守るんだ!」 
 レックスが廊下の角を曲がり、その姿が見えなくなる寸前、シャナンは大きな声で怒鳴った。
 



 

         Fin

ちょっとフリートーク

 アイラとシャナンの再会がメインのお話、と思って書いていたのですが、レックスがアイラにも
シャナンにもちょっかいを出して話が進んでいるあたり、真の主役は彼かも(でも、2人ともに嫌われているし/笑)
 この話にはいろいろと伏線はっているんですよね。
 アイラの口調とか、レックスがシャナンを名前で呼んであげないとか。
 その伏線を考えているうちに、シャナンがイザークへ逃れる時の話まで出来てしまいました。
 かなり先の話なので、ネタ忘れしないようにしないと(笑)
 ところで、アイラとレックスの間に、この先間違いは起きるのでしょうか?(笑)