晴れない空

 エバンス城を落としたシグルド達。
 エーディンがこの城ではなく、他の城に連れ去られたことを知ったシグルド軍は、この城を拠点にして再び出撃することにした。
 小数の軍である以上、作戦は綿密にとらねばならないと、作戦会議を行っていた。
 そんな時、思い掛けない人物の来城がシグルドに伝えられた。
 その人物は、謁見の間として使われている部屋に通されているようで、シグルドはその部屋に向かった。
 部屋のドアを開けてその人物を見た時、シグルドはやはり驚きを隠せなかった。
「アルヴィス卿?! 本当に貴方だったのですか? しかしどうしてあなたが……」
「シグルド公子、久しぶりだな」
 シグルドの驚きとは逆に、アルヴィアは落ち着いた様子でシグルドに右手を差し出した。
「アズム−ル陛下が心配されてな。直々に私に様子を見てくるように命じられたのだ」
 ヴィルトマー城主であり、グランベル王国近衛軍指揮官でもある彼が王都を離れること
など、今までにないことであった。彼の突然の来城に少々驚きながらも、シグルドはアルヴィスの右手を取って再会を確認した。
「それで早速尋ねるが、今の状況はどうなっているのだ?」
「はい。ユングヴィのエーディン公女がヴェルダンに捕らわれてしまいました。その後、彼女を楯に要求などはないようです。しかしグランベルの要となる一国の公女が捕らわれた以上、黙って見過ごすわけには参りません。先に侵略されたとはいえ、他国への介入はどうかと思いますが、我々はこのままヴェルダンへ公女を救いに行く所存です」
「そうか。ユングヴィ公女が捕らわれたままというのなら、貴公には救出の役目を果たしていただきたい。陛下に代わり、その役目を貴公に与えよう。無事に公女を救い出して欲しい」
「ありがとうございます。この剣にかけて、役目を果たさせていただきます」
 鞘から抜いた銀色に輝く剣を掲げ、シグルドは誓いを立てた。
 それを見て、アルヴィスはゆっくりと頷いた。
「ところで、シグルド公子。我が弟アゼルが君の軍に加わったと聞いたが、それは本当なのか?」
「はい。アルヴィス卿には黙って来たようでしたが、追い返すことは出来ませんでした。できればしばらく我が軍にいて、彼の協力を得たいと思うのですが」
「そうか、やはり来ていたのか。あれほど言ったのだが、勝手に抜け出して……。いや、無事ならいいのだ。アゼルは母親こそ違うとはいえ私にとってはたった一人の大切な弟だ。できればバーハラの王宮で私の側にいて欲しいのだが、やむを得ぬだろう。シグルド公子、アゼルのことを頼む。今のままではまだ力不足かもしれぬが、いろいろと教えてやってくれ」
「お任せください。エーディン公女を救い出し、この戦いが終われば、私からも戻るように説得してみます」
「それを聞いて安心した。では私は王都へ戻ることにする。陛下をお守りせねばならぬからな。シグルド公子、陛下の期待にそうよう、後は頼んだぞ」
「心得ました。陛下には御心配なさらぬようお伝えください」
 二人はもう一度握手を交わした。

◇ ◇ ◇

 
「シアルフィのシグルド公子か……。以前と変わらず、思っていた以上に堅物で真面目な男だな」
 わずかに口元がつりあがる。皮肉や嘲笑とでもいうような、それでいて自嘲じみた感じの、微妙な表情。
 今アルヴィスが何を思い、何を考えているのかは誰にも読み取ることは出来なかった。
 外で待たせていた自分が乗ってきた馬車へと向かい出した時、突然目の前の空間が歪んだ。
 黒い何かが現れたかと思うと、それはすぐに人の形へと変わっていった。
「アルヴィス様」
 低めの無気味な声。それは全身を漆黒のローブに身を包んだ初老の男のものだった。
 今ここにいるはずのない人物が、空間を渡ってアルヴィスの前に現れた。
「……マンフロイ。何用だ?」
「少々計画からずれたことになっておるようなので、様子を伺いに参りました。して、いかがするおつもりですか?」
「……」
 アルヴィスは返事をせずに、マンフロイをにらみつける。
「まあ、これくらいの思わぬ出来事がなければ、つまらぬというもの。先が楽しみですなぁ」
 マンフロイはそう言って、くっくっくっ、とくぐもった笑いをする。その無気味な笑い方に、アルヴィスはさらに眉を寄せ、顔をしかめる。
「そんなことを言うためにだけに来たのか? 用がないのなら失せろ。ここはお前が姿を現して良い場所ではない」
「我々の計画は動き出したのですぞ。御自分の立場をお忘れなきよう。御身に流れる血はファラだけでなく、ロプトの……」
「黙れ! 貴様に言われるまでもない!」
「ほっほっほっ。まあ、今は大人しくしておりましょう。貴殿も早くバーハラへ戻られるがよい」
 マンフロイはそれだけ言うと、呪文を唱え始めた。すぐに黒い闇がその身体を包み込み、そして霧散するかのように消えていった。
「マンフロイ、お前の思う通りにはさせぬ。例え、この身に忌まわしき血が流れているとしても、私は私の理想を追うのだ。そのために、私がお前を利用するのだ」
 こぶしを思いっきり握り締め、マンフロイが消えた場所をにらみ付ける。
 しばらく立ち止まっていたアルヴィスは、すっとこぶしの力を抜き、空を見上げた。
「雨でも降りそうだな」
 どんよりと黒い雲が空に広がるのを見つめながら、アルヴィスはつぶやいた。




 

         Fin

ちょっとフリートーク

 アルヴィスの話をちょっとだけ書いてみました。
 タイトルの『晴れない空』、シグルドが言うなら『晴れない空はない!』といったところで
しょうか。
 結局は敵となる彼ですが、どこか憎みきれないところがあります。
 ある意味、運命に翻弄され、一番不幸だったのかも。
 う〜ん、今後アルヴィスの話を書くとすると、暗い話になってしまいそう(^^;)
 ディアドラになんとかしてもらおうかな。